
先日、糸井重里は、
六本木にあるNetflixのオフィスを訪れました。
「Netflixの坂本さん」に、会うために。
ご存知ですか、「Netflixの坂本さん」。
『全裸監督』、『今際の国のアリス』、
『First Love 初恋』、『サンクチュアリ-聖域-』をはじめ、
数々の「Netflixオリジナル実写作品」を企画し、
世界的なヒットに導いてきた、日本コンテンツ部門のトップ。
それが、Netflixの坂本和隆さんです。
糸井は、『サンクチュアリ-聖域-』の江口カン監督など、
たくさんの方が「Netflixの坂本さんが進めてくれたいい仕事」
について話すのを聞いていて、ずっと、
「その人に会って、話を聴いてみたい」と思っていたのです。
「日本のNetflix」というチームは、
どうして一緒に仕事をした人たちから信頼されるのか。
「コンテンツを生む」ことを生業とするふたりの対談は、
互いに何度も頷きあうように進んでいきました。
全7回、どうぞ最後までおたのしみください。
坂本和隆(さかもと・かずたか)
坂本 和隆 (Kaata SAKAMOTO):1982年9月15日生 / 東京都出身
Netflix コンテンツ部門 バイス・プレジデント
Netflixの東京オフィスを拠点に、
「Devilman Crybaby」「リラックマとカオルさん」「
- 糸井
- 僕、『全裸監督』を観ていたときに、
「ああ、このシリーズは、
映画会社にも、テレビ屋にも、広告屋にも
できなかったことをやってのけた」
と感じたことが、ひとつあるんですよ。
- 坂本
- えっ、なんでしょう。
- 糸井
- 「汚さ」です。「汚さ」の表現です。
- 坂本
- 「汚さ」?
- 糸井
- そう。
ちょうどいい汚さ、ちょうどいい成金ぶり。
「日本で本当に見かけそうな汚さ」とか、
「金持ったやつが、本当にやりそうなこと」をやるんですよ。
もう、めちゃくちゃうまかった。 - 僕は昔広告をやってたとき、
広告の世界で表現される「きれいさ・汚さ」が
ものすごく気になってたんです。 - 例えば、恋人と仲良くなりはじめた人が部屋に招くときに、
どういう部屋が映し出されるかといったら、
小綺麗な洋風の部屋なわけですよ。
家具があんまりなくて、
ドアを開けながら「狭いけど」と言うんだけど、
その狭さはやっぱり「広告の狭さ」なんです。
実際にはそんなきれいな部屋じゃない。
マンガの本が散らばってたり、
食べかけのゴミがそこらにあったり、
そういったもの全部片づけたとしても
CMやテレビドラマの部屋のようにはなかなかなんない。 - 一方で、そういう部屋に住めない人の貧しさを描くときには、
急に『おしん』の世界までいっちゃうんですよ。
思いっきりボロボロにする。裸電球をぶら下げたりしてね。
僕には、どっちも嘘のようにしか思えなかったんです。
「きれいさや汚さを表現する」ことについて、
クリエイティブがなかったんですよね。 - 『全裸監督』はそこが本当にうまくて。
監督も役者もヘアメイクも背景大道具も、
どうしてみんながみんな同じ世界観を共有して
表現することができたんだろうって、
ずっと気になってました。
- 坂本
- ああ、なるほど、おもしろい。うれしいです。
あの、もちろん、
監督の強い引き出しというのはまず大前提として、
そのあたりは、映画にしてもドラマにしても、
僕らが「準備」に相当の時間をかけている、
というところがあるかもしれません。
とくに企画の立ち上げから制作に入る前の期間は、
相当潤沢に設けていると思います。 - 僕らはテレビドラマのように
撮りながらコンテンツを出していくわけではなく、
全部の脚本を整えて、全部の撮影工程を終えて、
全話に各国の字幕をつけて、というプロセスで動くので、
走り出す前の段階で
「どういうおもしろさを、どうつくるのか」が
具体的に見えている必要があるんですよね。
- 糸井
- 「そこは全部、準備の段階でできてるよ」
ということが、走り出す保証になるわけですね。
- 坂本
- おっしゃるとおりです。
なので僕たちは脚本に入る手前の段階で、
「ストーリーバイブル」という
「作品の教科書」のようなものを用意して、
作品のトーンだったり、キャラクターごとの背景だったりを、
それぞれ数ページにわたって言語化したりしているんですね。
- 糸井
- はあー、作品ごとに。
- 坂本
- はい。
少なくとも僕らから発案する企画においては
そうした資料を用意するようにしています。
一つの作品をつくるとなると、
宣伝部含めて何百人、何千人の人が
関わることになっていくので、
どんな立場の人でもそれを見れば
「この作品はどういうことやりたいのか」がわかるような、
ビジョンの意思統一のための資料をつくるために、
相当時間をかけさせていただいているというか。
- 糸井
- それは言ってみれば、
「ここまではオーソライズしてあるから直さないでくれ」
っていう、建築の骨組みですよね。
- 坂本
- そうですね。わかりやすく言うと、はい。
- 糸井
- そのうえで、
「ドアノブは変えていいよ」みたいなことは、
山ほどあるわけですよね。
- 坂本
- もちろん、そうです。
そこはもう、本当に現場でどんどんアップデートして。
- 糸井
- 「決められたセリフを
ちっともそのまま言ってくれない役者さん」とか、
そういう人の居場所はあるんですか?
- 坂本
- もちろんです、もちろんです。
コンテンツって本当に「水もの」で、
そのときの環境とコンディションで
いろんなことが変わりますし、
その変化に合わせて常にアップデートしていくべきなので、
ストーリーバイブルが全てということでは全くありません。
逆にチームにもよく話すんですけど、
ガチガチにルール化しすぎると、やっぱりダメなんですよね。
- 糸井
- そうですよね。
昔のマンガで、
平井和正さんと石森章太郎(石ノ森章太郎)さんの
『幻魔大戦』ってものすごくおもしろいのがあるんだけど、
最終的には、収拾がつかなくなって終わったりしていて。
でも、そんなことは多々あるんですよね。
赤塚不二夫さんのマンガとかも、
どうなるのかご本人もわからずに描いてたり。
僕なんかは案外その時代の人たちの影響受けてるから、
「主人公が動いちゃったんだよ」
みたいなことってやっぱり大好きなんですけど、
そういう良さも、混ぜ込んでいるんでしょうね。
- 坂本
- そこのバランスは、すごく気をつけるようにしています。
やっぱり過去のNetflixのヒット作も、
多くは「予測がつかないもの」だったので。
視聴者の「想像を超えていく瞬間」をつくっていくためには、
僕ら自身も想像の範疇に収まらないものを
つくっていかなきゃやっぱりダメで。 - なのでストーリーバイブルもあくまでも、
「自分たちがやりたいことの提示」という役割ですね。
僕らは撮影前にカメラテストとかもして、
どういうカメラアングルで、レンズで、照明の暗さで、
みたいなことも全員が事前に理解したうえで
本番に入っていくようにしているんですけど、
そういう意思疎通をとにかく丁寧にやるためにも、
目指す世界観を共有できる資料を用意しよう、という意識で。
- 糸井
- 言ってみれば、
みんなが「同じ辞書」を持ってるわけですよね。
それを照らし合わせて、
「俺にとってのこの言葉、おまえのそれだけど、どうする?」
みたいなやりとりが行われていくような。
- 坂本
- そうなんですよ。
それこそベテランのカメラマンになると、
「ふざけんな、そんなことやらせんのかよ」
って怒られたりすることもあったんですけど、
「いや、でもちょっと1回やってみましょう」
ってことで一緒にシミュレーションしたりして。 - 「その作品に求める世界観」を実現するために、
いきなり打席に立って打つんじゃなくて
事前に「同じイメージ」を共有することに時間をかけようよ、
という価値観に会社として重きを置いているのが、
糸井さんに汚さの表現をご評価いただけた
一番の理由なんじゃないかなと思います。
- 糸井
- はい。ものすごく、納得です。
(つづきます)
2025-04-10-THU