先日、糸井重里は、
六本木にあるNetflixのオフィスを訪れました。
「Netflixの坂本さん」に、会うために。
ご存知ですか、「Netflixの坂本さん」。
『全裸監督』、『今際の国のアリス』、
『First Love 初恋』、『サンクチュアリ-聖域-』をはじめ、
数々の「Netflixオリジナル実写作品」を企画し、
世界的なヒットに導いてきた、日本コンテンツ部門のトップ。
それが、Netflixの坂本和隆さんです。
糸井は、『サンクチュアリ-聖域-』の江口カン監督など、
たくさんの方が「Netflixの坂本さんが進めてくれたいい仕事」
について話すのを聞いていて、ずっと、
「その人に会って、話を聴いてみたい」と思っていたのです。
「日本のNetflix」というチームは、
どうして一緒に仕事をした人たちから信頼されるのか。
「コンテンツを生む」ことを生業とするふたりの対談は、
互いに何度も頷きあうように進んでいきました。
全7回、どうぞ最後までおたのしみください。

>坂本和隆さんのプロフィール

坂本和隆(さかもと・かずたか)

坂本 和隆 (Kazutata SAKAMOTO):1982年9月15日生 / 東京都出身
Netflix コンテンツ部門 バイス・プレジデント
Netflixの東京オフィスを拠点に、日本発の実写とアニメ作品のコンテンツ制作及び、ビジネス全般を統括。日本における最初の作品クリエイティブ担当として2015年に入社後、Netflixシリーズ「今際の国のアリス」「First Love 初恋」「サンクチュアリ -聖域-」「幽☆遊☆白書」など、多くの実写作品を担当。
「Devilman Crybaby」「リラックマとカオルさん」「アグレッシブ烈子」などの幅広いアニメ作品も仕掛け、日本市場におけるNetflixの作品群拡大に貢献。2021年6月より現職。

前へ目次ページへ次へ

第5回 「ナメた人たち」が 追い抜かれていくゲーム。

糸井
いまって「うまくいく」とか「うまくいかない」とか、
そういうことを「事前に全部わかってましたよ」みたいに
振る舞う社会になってますけど、
Netflixはそっちの構造の中に、
「どうなるかわからないもの」をどう取り入れるか、
ということをやってきたというお話ですよね。
だから、「想像を超えていく瞬間」が生まれるわけで。
坂本
はい。
それこそ、この間企画のラインナップを発表したときも、
ある方に言われてものすごくうれしかった言葉は、
「Netflixの編成の戦略は、意味がわからない」
だったんですよ。
糸井
ああ、いいなあ。

坂本
不動産詐欺事件を扱う『地面師たち』で来たかと思えば、
次は、女子プロレスラー・ダンプ松本を描く『極悪女王』。
「いったい、どういう基準なんですか」と。
それは僕の中で最高の褒め言葉で、
すごく大切にしたいところなんですよね。
「次は何が出てくるんだろう」というワクワク感というか。
糸井
そこは、僕も似たようなことを思ってますね。
自分のスケジュール表を見ると、
誰に会って何をしてっていうのが、
もう、本当にむちゃくちゃなんですけど、
僕はそれがすごくいいことだと思うんです。
雑草の先生に会いに行って畑を見て、
帰ってきてあそこの何々を食べて、
そのあとまた全く違う分野の人と対談をして、
「こんなにむちゃくちゃにやれてる人いないぞ」と思うと、
僕はまだやっぱり仕事したほうがいいなって。
坂本
憧れます、そういうむちゃくちゃさに。
ただ、僕にとっていますごくチャレンジなのは、
人がやりたがっている企画に対して、
僕がこれまでしてもらってきたのと同じように
「じゃあ、やってみなよ」と言えるかどうか、
というところなんです。
「自分がわからないおもしろさ」を、
どう信じるかっていう。
糸井
ああ、いま坂本さんは、
誰かから出てきた企画に対して
「聞かせて?」という立場になってきてるんですね。
坂本
そうなんです。そういうときに、
「いやそれもう、既視感しかないじゃん」
みたいなことを思う瞬間は、やっぱりあるじゃないですか。
糸井
ある。
坂本
でも、それは僕がそう感じただけで、
もしかしたら観たい人たちはいるかもしれないし、
それこそ作っていく過程で
全然違うものに化けるかもしれない。
そこをどういうふうに尊重して
ジャッジしていくかというところが、
いま、自分のなかでの最大の面白さでもあり、
チャレンジなんです。

糸井
あの、恥をしのんで言いますけど、
僕は自分が「大したことない」と感じたものに対して、
ちょっと「ナメる」ときがあるんですよ。
それはもう、人生の中でずっとやってきていることで。
たとえば歌のヒットチャートを見ていても、
「新しく出てきたもの」って、
「自分が好きだったもの」に対して
大したことなく見えるんです。
で、「いや、べつに俺聞かないよ」とか言ってるうちに、
ヒットチャートは
「僕にしてみれば大したことないやつら」に
全部入れ替わってるんですよね。
「ユーミン、72歳で72公演やるんだって!」
みたいな話も、もちろんそのすごさはあるけど、
やっぱりヒットチャートは新しい人たちばかりなわけで。
音楽以外のことも全部、こんな現象だらけです。
坂本
おもしろい。
糸井
僕が一番見逃し三振をやったのは、『ポケモン』なんですよ。
僕は、あのゲームのチームが
『ポケットモンスター』を開発しているとき、
その制作の過程を見る機会があったんですね。
そのときに、なんでも100体くらい
モンスターが出てきてそれを集めるって聞いて、
大丈夫かな、って思ってたんです。
社内のデザイナーがものすごくたくさんの
キャラクターを起こしてるらしいし、
名前もなんだかそのまんまな感じがしたし、
まあ、でも、すごく情熱は感じたので、
当時の僕はそれを、中学生でも見るかのように、
「頑張れよ」ぐらいに思ってたんです。
生意気ですけど、中学生が文化祭やってるのを、
大学生が見てるみたいな気持ちで。
坂本:
なるほど。
糸井:
ホワイトボードに若いスタッフたちが
マジックで絵を描いて、
「ピカチュウ、いいよね」とか言ってるのを、
「へえ」とか思って見てた。
「いいよね」と盛り上がってる人たちの仲間に、
僕は入らなかったんですよね。
それはやっぱり、「ナメてた」んですよ、明らかに。
その後、ご存知のように
『ポケモン』はしっかりと1歩ずつ前に進んで、
アニメとか、漫画とか、カードゲームになって、
世界中で愛されるコンテンツになった。
そういう見逃しを、何回経験したかわからない(笑)。
もしかしたらNetflixが世の中に出ていったときも、
映画会社にそう思ってる人はいたかもね。
『火花』のときとかに、「あれなあ(笑)」って。
「時代」という概念はいつもそうやって、
「ナメた人たちが追い抜かれていくゲーム」なんですよ。

坂本
いや、おもしろいです。そうかもしれません。
エンタメに限らず、そうかもしれないですね。
糸井
限らず、そうですね。
だからこそ、
『マガジン』『サンデー』が本流だったなかで
『少年ジャンプ』がデビューしたとき、
当時『サンデー』で描いてた手塚治虫さんが
俺はお前たちには負けない、追い抜かれるまいと、
『ジャンプ』をナメずにとんでもなく
一生懸命いろんなことをやったみたいな、
ああいうのはやっぱりものすごいことなんですよね。
僕はやっぱりそのときも、
クラスで「『ジャンプ』読んでる」ってやつを見て
「こいつは漫画がなんたるかをわかってないな」
と思ってたので。
そうやって、自分のジャッジが
「あれ、思った通りじゃないな」という結果に
なることはもう本当にいっぱいあるので、
「自分の価値観が追い抜かれていくゲーム」っていうのは、
僕はいまではもう、ある意味好きなんですよね。
「俺はダメだ」と、ちょっとマゾになってるというか。
坂本
その、新しいものをジャッジするときの嗅覚は、
「年齢を重ねるにつれどんどん遠のいていく」
と感じるのか、
逆に「引き出しが増えて少しずつ研ぎ澄まされていく」
と感じるのか、糸井さんはどういう感覚なんでしょうか。
糸井
研ぎ澄まされはしないと思いますね。
強いて言えば、「寛容になる」というんでしょうか。
自分が間違うことにも寛容になるし、
まだまだできてないような気もするけど、
「ここいいな」っていう面が見つかったら、
「じゃあ、やっちゃえば?」
と思えるようにもなるというか。
その人が一生懸命な目をしてると、
「損してもいくらだな」みたいなことは
言いたくなりますよね。
僕はそれで逃げてきてるんじゃないかなあ。

坂本
ああ、なるほど。
ありがとうございます。
いまの僕には、ものすごく刺激的なお話でした。

(つづきます)

2025-04-11-FRI

前へ目次ページへ次へ