裸で、出っ歯で、鼠。
だからハダカデバネズミ(通称:デバ)。
名前もすごいが、見た目もすごい。
さらにもっとおどろきなのが、
なんと「老化しない」生き物だったんです!
がんにもほとんどならず、
寿命はネズミの10倍以上と驚異的。
そんなデバ特有のメカニズムが解明できれば、
ヒトの老化もコントロールできるかも‥‥。
そんなSFみたいな話、ほんとうなんでしょうか?
日本のハダカデバネズミ研究の第一人者、
「くまだいデバ研」の三浦恭子さんにお会いして、
うわさの真相をたっぷりうかがってきました。
ちょっと変化球かもしれませんが、
老いない動物から「老いと死」について考えます。
担当は「ほぼ日」の稲崎です。

>三浦恭子さんのプロフィール

三浦恭子(みうら・きょうこ)

ハダカデバネズミの研究者。
熊本大学 大学院生命科学研究部
老化・健康長寿学講座教授。

1980年神戸市生まれ。
2003年奈良女子大学理学部化学科卒。
2010年京都大学大学院医学研究科の
山中伸弥研究室にて博士課程修了。
慶應義塾大学医学部生理学教室
(岡野栄之研究室)などを経て、
北海道大学遺伝子病制御研究所へ。
2017年より熊本大学准教授、2023年より現職。

・くまだいデバ研のホームページ

前へ目次ページへ次へ

第5回 ハダカデバネズミのiPS細胞。

──
物理学者の方に取材したとき、
小さなミクロの世界だったら、
時間は逆戻りする可能性があると
教えてもらったことがあるんです。
三浦
ほう。
──
細胞レベルであれば、
時間を巻き戻して若返りさせることも
不可能ではないそうです。
三浦
その方針で研究してる人はいますよ、いま。
──
えっ!
三浦
分野は違うかもしれませんが、
まさに「iPS細胞技術で若返り」を試してる人はいます。
──
iPS細胞というと、
山中伸弥先生が有名ですよね。
三浦
山中先生のiPS細胞って、
iPS細胞へと変化させる遺伝子
「山中4因子」を体細胞に導入することで、
その細胞を初期化させるというものです。
つまり、細胞が若返りますっていう方法。
遺伝子改変したマウスで、
「山中4因子」を導入することで
若返りを成功させたと報告している人もいます。
──
ええと、その‥‥すみません(笑)。
三浦
実験的にマウスの遺伝子を改変して、
ある薬剤を投与したときだけ
「山中4因子」を発現させるようにするんです。
その薬剤を与えたときだけ、
「山中4因子」が体内でちょろっと活性化する。
──
ちょろっと活性化する‥‥と?
三浦
すると、それに反応した細胞が
いい感じに若返って、
例えば、視力が回復したり、
いろんな臓器が若返ったりするんです。
──
おぉー、すごい。
三浦
そういう最新研究は
何年もかけて検証していくものなので、
まだどうなるかわかりませんが、
とてもおもしろいトピックだと思います。

──
三浦先生はもともと
山中先生の研究室にいらしたんですよね。
三浦
そうです。
iPS細胞の安全性や
脊髄損傷への治療効果を研究していました。
卒業後、当時の経験を生かして、
ハダカデバネズミから
iPS細胞をつくったりしていました。
──
ヒトのiPS細胞とは違うんですか。
三浦
iPS細胞っていわゆる万能細胞なんですけど、
細胞が初期化することによって、
「腫瘍化能力」もゲットしちゃうんです。
安全性という意味では、
その「腫瘍化能力」はどちらかというと
要らない能力でもあるわけですが。
──
iPS細胞を実用化するときは、
そこが課題だと聞いたことがあります。
三浦
ヒトの場合はそうなんですが、
デバからつくったiPS細胞は
そのあと、実験した限りでは
まったく腫瘍化しなかったんです。
──
腫瘍化しない?
三浦
それってすごい特殊なことで、
なぜなんだろうって調べてみると、
細胞の「がん化」に影響する
2つの遺伝子が変化していたんです。
腫瘍化に関わる「がん遺伝子」のひとつが、
デバではもともと失われていたんです。
同時に、ある「がん抑制遺伝子」も活性化していました。
──
がんの遺伝子がなかった。
三浦
正しくは「機能が失われていた」ですね。
遺伝子として機能しなくなっていました。
つまり、ちょっと変わった
腫瘍化耐性メカニズムがあった。

──
それは進化の過程で、
そうなっていったってことですよね。
三浦
おそらくそうだと思います。
最初の話に戻りますけど、
やっぱり過酷な環境に適応する過程で
遺伝子が変化していった可能性を考えています。
──
やっぱり環境が影響しているんですね。
三浦
環境に適応する過程での進化と、
デバの老化耐性・がん耐性が
どんなふうに関係しているのか。
そこをもっと明らかにしたいというのは、
私の基礎的な研究の興味としてずっとあります。
なぜ哺乳類の中で、
ハダカデバネズミだけ老化しないのか。
そこへの興味はすごくあります。
──
その興味が研究者としての原点なんですね。
三浦
デバの老化耐性・がん耐性の仕組みを明らかにして、
願わくばそこでの発見から、
人間の健康長寿にかかわるような薬やサプリ、
機器などを開発できたらうれしいですね。
まあ、やりたいことがほんとうにたくさんあって、
すべての研究をやろうとしたら、
120歳ぐらいまでがんばらないとですが(笑)。
──
三浦先生のような
ハダカデバネズミの研究者は、
いま日本に何人くらいいるんでしょうか。
三浦
研究に関わっている人でいえば、
日本で40~50人ぐらいでしょうか。
ただ、みなさんはデバ専門というより、
別の研究の一環としてやってる方が多いです。
ハダカデバネズミの研究一本でやっているのは、
日本だとわれわれだけですね。
日本以外だとアメリカやドイツ、イギリスなど、
世界で10研究室くらいあるのかな?
サンプルをあげたりもらったり、
世界と協力しあいながら研究をつづけています。

▲「くまだいデバ研」の飼育施設 ▲「くまだいデバ研」の飼育施設

──
ハダカデバネズミを飼育する研究施設は、
日本では「くまだいデバ研」だけですか?
三浦
はい、ここだけですね。
──
何匹くらい飼育されているんですか。
三浦
2024年の時点で、
約1600匹にまでふえました(笑)。
──
えーっ、そんなに!
三浦
デバを飼育してる数としては、
ここは世界最大規模だと思います。
いちばん最初は30匹からの
スタートだったんですけどね(笑)。

(つづきます)

2024-09-07-SAT

前へ目次ページへ次へ