それぞれの写真家が
ファインダーの先に対峙してきたもの‥‥
についてうかがう連載・第13弾は
パリを拠点に活動する、ヤジマオサムさん。
とりわけ、クルマの写真で知られています。
ヤジマさんの作品には、
人とクルマの「いい関係」が写っています。
クルマが、まるで家族のようにも、
友だちのようにも見えてくるんです。
それはきっと、ヤジマさんのお人柄が
関係あるんじゃないかなあと、感じました。
ときおり挟まる「おもしろい余談」も、
あわせてお楽しみください。
全5回、担当は「ほぼ日」奥野です。
矢嶋修(ヤジマオサム)
1962年生まれ、神奈川県出身。
大学卒業後、3ヶ月勤めた会社を退職後、
はじめて買った一眼レフを手にニューヨークへ遊学。
帰国後は、自動車写真家の但馬治氏に師事。
1987年、フォトグラファーとしての活動をスタート。
自動車関係以外にも、雑誌や広告など
幅広いジャンルでの撮影を手掛け、
世界のいろいろな文化を体験する。
2001年以降は、パリを拠点として活動。
- ──
- このクルマ、すごくかわいいです。
何という名前のクルマなんですか。
- ヤジマ
- パナール。
- フランスの大衆車で、
ぼく世代の人たちが子どものころ、
パリでは、
このクルマに乗って、
親が学校へ迎えに来てたんですよ。
- ──
- イルカさんがベロ出してるみたい。
- そんなポピュラーなクルマなのに、
はじめて見たような気が。
- ヤジマ
- 日本に入ってきたのが1台だとか、
まあ、そういうクルマなんで。 - こっちもパナールですけど、
何人で乗ってんだって感じでしょ。
こういうイメージを指して
「クルマが家族だった時代」って、
ぼくは言ってるんですけど。
- ──
- 家族の一員感、あります!
- ヤジマ
- 長い休みに入ると
家族でバカンスへ行くわけですが、
そのときは、
このパナールくんも一緒なんです。 - で、これはいまだにそうですけど
ヨーロッパの人って
どんなに大きなクルマでも、
後ろが見えないくらい、
たくさんの荷物を積むんですよね。
ほら、1ヶ月は休むから。
- ──
- なるほど。
- ヤジマ
- でね、こういう光景を見たときに、
ああそうか、昔は
クルマも家族の一員だったんだと。
- ──
- パナールって、メーカー名ですか。
- ヤジマ
- そうですね。
- ──
- そういうメーカーがあるんですね。
- ヤジマ
- もうないです。
- ──
- ああ、そうなんですか。
- かつてのパリでは、
こんなクルマがバンバン走ってた。
- ヤジマ
- 遊園地から
そのまま出てきちゃったみたいな、
そんな感じするもんね(笑)。
- ──
- 本当に。
また遊園地へ帰っていきそうです。
- ヤジマ
- このジャガーとかもすごいでしょ。
うしろに
現代のスマートが停まってるけど、
ほとんど2台ぶんありますから。
- ──
- 長い! そしてカッコいい‥‥。
- ヤジマ
- デカいエンジンを積んでいるから
こんなに長いんだけど、
必要な長さなんですよ。
ル・マンとかでも速かったクルマ。 - 1960年代に、アメリカで売って
もうけたくてつくった
ジャガーEタイプというクルマで、
これは4シータかな。
2シータは、もっと短いんですが。
- ──
- これは、パリの街中で見かけて?
- ヤジマ
- そうですね。撮りました。
- でね、こっちのクルマは、
世界にたった1台しかないんです。
- ──
- おおお‥‥アルファ・ロメオ?
- ヤジマ
- そう。アルファ・ロメオの
カングーロって伝説のクルマです。 - カンガルーって意味なんですけど、
何回か話に出てきた
ジウジアーロさんがまだ若いころ、
つくったクルマなんです。
それが、テスト走行中に、
クラッシュしちゃったんですよね。
- ──
- ええ。
- ヤジマ
- 大破してぜんぜん直せなくなって、
そのまま放っとかれちゃった。 - つまり、
世に出る前に死んじゃったクルマ。
そのクルマの残骸を見て、
日本の有名なコレクターの方が
買い取って、
現代の最先端技術で直したんです。
- ──
- へええ!
- ヤジマ
- ものすごーくお金がかかったはず。
- ──
- もともとクラッシュしたクルマを。
ここまで美しく‥‥!
- ヤジマ
- 完璧に、何のひずみもなく直した。
ジウジアーロさん、
もう、涙を流してよろこんだって。 - ふつうの人には
写真も撮らせてくれないんですが、
なぜか
「ヤジマなら、撮ってよし」って。
- ──
- なんと! 選ばれし人がここに。
- ヤジマ
- ぼくの写真を、気に入ってくれて。
写真が必要になったとき、
ぼくを呼んでくださるんですよ。 - (※世界に1台しかないカングーロの姿は
ヤジマさんの写真集『Phosphènes』で
見ることができます)
- ──
- 自分もクルマには乗ってますけど、
こういう時代の話を聞くと、
やっぱり
家族の一員というより、
道具として乗ってきた世代かなあ。
- ヤジマ
- 愛情を感じたことはないんですか。
- ──
- いや、自分の車には感じてます。
- ヤジマ
- だったら
ただの道具じゃないんじゃない。
- ──
- そうですかね。
- かつてのうちの父のことを思うと、
やっぱり、ぼくらよりも
クルマを慈しんでいたような‥‥
「ブタ目」っていうんですかね、
丸いヘッドライトのマークⅡに、
ずっと長いこと乗っていたんです。
- ヤジマ
- LGツーリングじゃないですか。
ぼくも一瞬、乗ったことがある。
- ──
- あ、ホントですか!
- そうです、ビリジアンっていうか、
青みがかった緑色でした。
友だちのお父さんとかは
角ばったデザインのセドリックに
乗ってたりしたので、
当時は
古くさいクルマだなと思っていて。
でも、いま見ると、
なかなかカッコいいなと思います。
- ヤジマ
- はい、はい。
- ──
- あのクルマを頭に思い浮かべると、
たしかに
家族の一員だった時代のにおいが
漂ってくるような気がします。 - ところどころ塗装がはげてたけど、
みんなで大事に乗っていたので。
- ヤジマ
- クルマに愛着を感じる時代が
終わったとは、
ぼくも思ってはいないんです。 - でも、
家族全員でかわいがってた時代は
ちょっと遠くなっているかな。
地方に行ったら、
ひとり1台とか持ってたりするし。
- ──
- 家族の一員って感覚からは、
たしかに離れてるのかもしれない。
- ヤジマ
- でも、「親友」ではあるというか、
そういう付き合い方をしてる人は、
まだまだたくさんいると思います。
- ──
- うちの父親の姿で覚えているのは、
鳥の羽がついた棒みたいなので、
なんか、
車体のホコリを落としてたんです。
- ヤジマ
- ああ、やさしく撫でて(笑)。
- ──
- 自分は、あれほどわかりやすくは
大事にしていませんし、
まずもって、
あの鳥の羽の棒を持ってませんし。
- ヤジマ
- きっと、いい関係だったんですよ。
お父さんと、そのマークⅡ。
- ──
- 自分自身のことで言うと、
以前、乗っていたクルマを売って、
サヨナラするとき、
えも言われぬ寂しさを感じました。
- ヤジマ
- ああ、わかります。
- これ、プロヴァンスの農家だけど、
荷台つきのシトロエン、
もう動かないのに‥‥
サヨナラするのが嫌だって言って。
- ──
- ああ‥‥。
- ヤジマ
- 年老いた犬みたいに、
ずっと庭先に置いているんですよ。 - だからやっぱり、家族なんですよ。
- ──
- クルマというものに対する、
あの愛着の心って何なんでしょう。 - 前のクルマとサヨナラをした日も、
運転席に座った知らない人に
キーを渡して、
乗って持っていかれちゃうときの、
あの寂しさ‥‥。
- ヤジマ
- だから、そう思うと、昔もいまも、
どんな時代でも、
「いなくなったら寂しい」んです。 - やっぱりそういう存在なんだよね。
クルマって。
(つづきます)
2023-11-17-FRI
-
ヤジマオサムさんの写真展
Merci!
神保町のTOBICHIで開催中ぼくたち人間と
家族や友だちのようだった時代の
カッコいい、かわいい、
魅力的なクルマたちに出会えます。
クルマの写真って、
こうして大きなプリントで見ると
ちょっと別次元な感じがします。
ボディの光沢や質感‥‥
眺めていると、うっとりします。
展示作品すべてに、
ヤジマさんの解説コメントつき。
へええと、いろいろおもしろい。
19日(日)までなので、
ヤジマさんの撮ったクルマたちに、
ぜひぜひ、会いに来てください。
会場ではヤジマさんの最新写真集
『Phosphènes』も販売中。
展覧会についての詳細は、こちら。会期:11月19日(日)まで
場所:TOBICHI
住所:千代田区神田錦町3-18
時間:11時~19時