──

太田さんの作品集の序文を書かれている
福原義春さんは、
太田さんが在籍当時の社長さんですよね。

太田

そうです。

経営、イメージ構築、海外進出、文化事業など、
今の資生堂をつくった。
文化人、読書家としても知られ、
ご自身の著作も多く、文化功労賞も受賞された。
今は第一線を引退されています。

──

はい。現在は名誉会長でらっしゃいますね。

太田

人間的にも、すごく尊敬しています。

──

どういう点で、ですか。

太田

こちらの顔を真っ直ぐに見て、
「本当のことを言ってください。
嘘やごまかしは聞きません。
本当のことを言ってくれれば、
わたしは全力で答えます」
という、
たいへんに人間のきれいな方なんです。

資生堂では、月に１回、その月の制作物を、
社長に見せる場が、あったんです。

──

ええ。

太田

福原さんは宣伝部長に向かってではなく、
かならず振り向いて制作者に直接感想を言う。

ぼくの番が来て、
真っ直ぐに顔を見ておっしゃった言葉が、
グサリと来た。

──

どんなことを？

太田

それは、花の写真を大きく使ったポスターで、
自信はあったんです。

福原さんは
「いいですね、
アーヴィング・ペンの写真を連想させます」と。
じつは意識していたんです。

──

アーヴィング・ペンの写真を。

太田

「どきっ」として、
その後に
「しかし、広告としての強さがちょっと足りないね」
と続けた。

──

おお‥‥。

太田

図星。うなだれるしかなかったです。

福原さんが入社早々の平社員のとき、
ある買物袋のデザインを
まだ若い仲條さんにお願いしたら、
とてもよいものができて嬉しかったのを忘れないと、
あるところで書かれていますが、いい話だなあと。
お二人はまさに肝胆相照らす、でしょう。

──

資生堂に在職中の太田さんは、
もちろん目立っていたとは思いますが、
でも、
資生堂という大きな会社の名誉会長さんが、
個人の作品集の序文を書いてくださることって、
すごいなあと思ったんです。

太田

退社して十数年も過ぎてあれをつくったとき、
福原さんに文章をいただきたかったんですが、
ボツになった作品も載ってるし、
断わられて当たり前と思っていました。

──

ええ。

太田

そしたら、すぐにお返事があり
「わかりました。何を書いたらいいの？」
とおっしゃって。

──

わあ。

太田

「私の作品についてではなく、
以前述べられていた、
資生堂には異端的な仕事をしている
デザイナーたちがいた‥‥という、
あの話を書いていただけませんか」とお願いした。

そしたら、そのことを、書いてくださった。
あれは、うれしかったなあ。

──

とってもおもしろくて、素敵な文章でした。

仲條さんや太田さんをはじめ、
いろんなデザイナーさんのお名前が出てきますが、
みなさんに対する
経営者からの尊敬心を感じるような。

太田

資生堂に２０年在籍して辞めるときに、
どうしても福原さんに挨拶をしたくて、
社長室に申し出ていたんです。

一介の平社員が
独断で社長に退職挨拶に行くなんて、
ふつうあり得ないですが。

──

ええ、ええ。

太田

そしたら、会ってくださり、
何も言えない私に、激励の言葉をくださった。
感激し、これで名実ともに
資生堂を離れると実感しました。

ぼくの作品集のいちばんの名誉は、
福原さんの序文が載っていること。
タイトルの「異端の資生堂広告」は、
自分でつけたんだけど、
福原さんが序文を書いてくださったおかげで、
オーソライズできたんです。

──

はい、ぼくも、同じように感じました。

資生堂の名誉会長であられる福原義春さんが
「異端である」と認めることで、
かえって全体を認めているんだな‥‥って。

太田

そういうことです。

そのうえ仲條さんには推薦コピーをいただいた。
こんな幸せな作品集はないですね。

──

今日はもう、太田さんのまわりにいた
素晴らしい方々のお人柄の話を、
えんえん
気持ちよくうかがっている気がします。

太田

そうですか。

──

その思い出の話の端々に、
仲條正義さんをはじめ、石岡瑛子さん、
十文字美信さん、福原義春さん‥‥にたいする、
太田さんのリスペクトを感じます。

聞いているこちらも、何だかうれしくなります。

太田

ちょっとこれ見て。（と、写真を出す）

──

わ、いつのですか（笑）。

太田

５、６年前かな。

仲條さん、平山さんと中野に飲みに行ったんですよ。
ぼくも仲條さんもよく行く居酒屋があって。
その後、立ち飲みにも行った。
たしか、仲條作品集の編集で苦労していると聞いた
葛西（薫）さんにも声をかけたんだけど、
都合がつかず来れなかった。
あれは葛西さん、損したね（笑）。

──

とっても、いい写真です。

というか、
太田和彦さんといっしょに行く中野の居酒屋って。
ぜいたくというか、うらやましい‥‥。

太田

私は居酒屋の本も書いてますからね（オホン）。

仲條さんは本当に人柄がすばらしいから、
みんながファンになっちゃうんだ。

──

太田さんをはじめ、ですよね。

太田

ぼくは「ファン」ではなく「信徒」です。

──

はい（笑）。

太田

資生堂っていい会社だったなあ。

そこでいろんな傑出した人に出合えた。
これ以上の幸せはないですね。

「タクティクスデザイン」ポスター　1986

──

あこがれます。みなさんのご関係に。
お辞めになった会社を
しみじみいい会社だったと言える、太田さんにも。

仲條さんには、最近はお会いされてますか。

太田

去年の個展のときかな。

仲條展の初日は、ギャラリー前の路上で
ちょっとしたオープニングをするんですが、
その後、仲條さんが予約しているところへ
飲みに行くのが恒例。

──

わあ、そうなんですね。

太田

蕎麦屋の２階とか地下の中華屋とか。

デザイナー仲間のつきあいなんて、
とてもつまらないんだが、
この席はぜんぜんちがって和気あいあいそのもの。

──

楽しそうですね（笑）。

太田

仲條さんも、ニコニコしながら、
席をあっち行ったりこっち行ったりしてね。

ここにだけ来たのがいて、
「君は会場にいなかったね」と言うと
「てへへ、明日いきます」と頭をかいていた。
個展のたびに、それが楽しみで。
そんなデザイナー、他にいません。

──

はい。

太田

作品はすごいし、人柄はいいし、
気前はいいし‥‥（笑）。

──

やっぱり、好きになっちゃいますね（笑）。

太田

中島（祥文）さんなんかも大ファンで、
終わるころになると必ず、
「フレー、フレー、仲條！」って、
応援団長やってます（笑）。

──

みんながそういう気持ちなんでしょうね。
「フレー、フレー！」というような。

太田

作品、人柄、活動。
それらが、ぜんぶ素晴らしいんです。

資生堂の代表事業は化粧品ですが、
その底には、
化粧品は顔だけをきれいにするものではない、
心や生き方を美しく豊かにするためのひとつ、
という確固たる哲学がある。

──

はい。

太田

それを表現し続けているのが、仲條さんなんです。