競技かるたの世界を描く大ヒット漫画『ちはやふる』
宇宙を目指す兄弟を描く大人気漫画『宇宙兄弟』
ふたつの物語から生まれた
「ちはやふる基金」と「せりか基金」。
漫画の主人公たちに背を押され、
一歩を踏み出した女性たちは、
どこから力を得て
どのように道を切り開いていったのか。
それぞれの基金の代表おふたりに
語り合っていただきました。
決して簡単ではないNPOの運営を進めていく
希望に満ちた現在進行形の物語です。
モデレーターには、ツイッター界で知られる
「たられば」さんをお迎えしました。
ふたつの基金に熱いエールを送る応援団長です。
*漫画『ちはやふる』『宇宙兄弟』については
こちらのページをご覧ください。
本保美由紀(ほんぽみゆき)
「ちはやふる基金」理事長。小6小3の二児の母。子育てをしながら電子機器メーカーにてパート勤めをしていたが、10年来の友人である『ちはやふる』作者・末次由紀さんの熱意に押され、気づいたら基金の理事になっていた。パートや末次さんのサポートの傍ら、子育てに関するNPOに複数関わってり、その経験が基金での活動の礎になっている。人生の歩み方は8割マンガから教えてもらった、というくらいのマンガ好き。
黒川久里子(くろかわくりす)
「せりか基金」代表。「物語のちからで、一人一人の世界を変える」をミッションに掲げるクリエイターエージェンシー株式会社コルクの取締役副社長でもある。NYと東京を往復して暮らす。
第2回
悩ましいのは
「どこにお金を使うのか?」
●きっかけは「冷たいトイレ」だった
- たられば
- 先行する「せりか基金」を見て、「ちはやふる基金」も
4年遅れでスタートするわけですよね。
最初は作者の末次由紀さんと、
どんな話し合いをされたんですか?
- 本保
- 「ちはやふる基金」の立ち上げのきっかけは
基金ではなかったんです。
最初は末次さんが『ちはやふる』という漫画の中で、
競技かるたの世界にすごくお世話になっている。
それに恩返しがしたいと言っていたのが始まりです。
競技かるたの聖地があるんです。
滋賀県大津市にある近江神宮。
そこに、かるたのトップ選手の試合をしたり、
高校生の大会がある近江勧学館があります。
そこのトイレが当時冷たい便座だったのを、
末次さんは温かい便座に替えたいと言う。
それがきっかけでした(笑)。
- たられば
- 競技かるたの名人・クイーン戦って、
お正月にあるんですよね。森の中の神社の真冬。
めちゃめちゃ寒いんですよ。
かるたは頭脳戦でもあり、体力戦でもあるので、
ヘトヘトになった時に、温かい便座ぐらいないと、
しんどいなっていうのは、よくわかります。
- 本保
- そうなんです。「ちはやふる基金」の始まりは、
「温かいトイレにしてあげたい」なんです。
だけど、やっぱり、それだけでいいのかな?
と思いはじめました。継続的に、競技かるたと、
そこに関わる人を応援し続けるためには
何をすれば良いかと考えて、基金になりました。 - 競技かるたの現場では、
他にもご苦労なさっているところがあったんです。
『ちはやふる』のブームと共に、競技人口が急に増えて、
大会が大きくなっても運営スタッフが間に合わないとか。
それをサポートしようということになりました。
そして、基金立ち上げの時にまずやったのは、
黒川さんをご紹介いただいて、
「せりか基金」の活動について聞きに行ったことでした。
基金を作るなんてできるのか、
前例として活動しているところで、
お話を聞かせてくださいって訪ねて、
教えていただきました。
そこで、作れるという希望をいただいて、あとは、
気にしなきゃいけないところも教えてもらいました。
●先輩基金からまず見せてもらった物は?
- たられば
- ご両名でどんな話をしたんですか?
- 黒川
- えっと、まず定款?
- 本保
- そう(笑)。すごい具体的な話。組織を作る上で……。
- たられば
- 大事、大事!
- 黒川
- 定款これです、みたいな。
- 本保
- サンプルをいただいて、
大いに参考にさせていただきました。
- 黒川
- 非営利で、収益に税金がかからないようにするとか、
理事の決め方とか、私たちも
どこから考えればいいのかわからなかったから。
定款のサンプルがあったら使えると思ったんです。
- 本保
- そのまま参考にしました。基金と名がついていても、
運用の仕方もさまざまなので、
「せりか基金」を参考にさせてもらえて助かりました。
●何をするための基金なのか?
- 黒川
- あとは、『ちはやふる』は大好きな漫画だし、
「基金で何やるんですか?」って聞きました。
基金を作って支援するのはいいんですけど、
すごく迷うんですよ。「せりか基金」でも、
ALSひとつとっても、「どこにお金を使うのか」
という支援先がたくさんあるから、
かるたもきっとあるだろうと思ったんです。
私自身そのことでずっと悩んでいたから、
「どこを中心に据えるかを決めたほうがいいですよ」
と言いました。僭越ながら。
- 本保
- すごく参考になりました。
全部をカバーすることはできないんですよね。
ALSもそうですよね、
患者さんが必要としているところもあるし、
研究者も必要としている。競技かるたでも、
若手選手も高校生の大会も支援が必要だし、
大人のトップ選手も必要だし、初心者のサポートも必要と、
いくつもの分野があるなかで、
どこにお金をかけていくのか選ばないといけない。
それは、基金の運営をはじめる段階でも、
今でも、悩みどころです。
それを最初に黒川さんから聞いていたので、
覚悟が決まったところがありました。
●お金という厄介なもの
- たられば
- ちょっと前提の知識をお話をしますね。
競技かるたの世界は、基本、みなさん、
ボランティアで働いていらっしゃいます。
お金がほぼ介在しない。
僕もなんとなく、『ちはやふる』を読むまでは、
競技かるたって、将棋の世界と近いのかと思っていたんです。
プロがいて、スポンサーがいて、メディアが応援していて、
お金が回っているのかと思ったら、全然違う。
かるたで生計を立てている人は誰もいないし、
そこらじゅうで大会をやっているのに、
基本的にはみなさんボランティアでやっている。
これは一般論ですけれども、
お金が絡まないでやってきていると、
お金に対して「いや、そういうのはちょっと……」
という不思議な感覚が生まれることが多いんですよね。
その気持ちもわかるんです。
「俺たち、お金のためにやってるわけじゃない」と
何十年もやってきたら、そういう感覚になると思います。
とはいえ、お金って大事じゃないですか。
お金がないと解決できない問題がある。
お金は大事だけど、たかがお金、でもある。
お金で解決できることは、解決したほうが
いいに決まっているんだけど、
お金がないとそれが解決できない。
さっきから同じことを何度も言ってますね(笑)。
おふたりは、そこを動かしにかかったので、
すごいと思うんです。
ところで、黒川さんはコルク、
つまり作品としての『宇宙兄弟』に関わる会社にいた。
本保さんは、どうして「ちはやふる基金」に
関わることになったのですか?
- 本保
- 作者の末次さんと、もう13年ぐらい、
友だち付き合いをさせてもらっていて。
- たられば
- 友だち?
- 本保
- はい、友だちっていう感じですね(笑)。
それまで全然違う仕事をしていたんですけど、
仕事しながら子育て支援のNPOに首を突っ込んだり、
医療啓発のための社団法人をお手伝いをしていたのを
彼女は知っていて、「だったら」というので、
声をかけていただきました。トイレで(笑)。
- たられば
- トイレ大事だな――。
- 本保
- ほんとに大事だと思います。あとは、
私自身がそれまでの会社にずっと勤めていくのか、
社会貢献をちゃんと仕事にしたいみたいな
迷いがあった時期だったので、末次さんが
引っ張り込んでくれたんだと思うんです。
やりたいことをやらせるために、
声をかけてくれたような気がする。
末次さんは、人の背中を押してくれる人なので。
「喜んで関わらせてください」って参加しました。
●最初のお金と
継続していくためのお金
- たられば
- 生々しい話で恐縮ですけど、お金は?
最初、お金が集まるという目算はあったんですか?
スタッフの給料ぐらいは出せるとか。
- 黒川
- 私たちのお給料はコルクから出ているので、
基金としてはお給料ゼロです。
寄付金が集まるかどうかは、『宇宙兄弟』の
ファンクラブがちょうど立ち上がっていた頃で、
この人たちには響く、この中の何人かは
「いいね」って言ってくれるという自信がありました。
- たられば
- 「自分たちの給料はまあなんとかなるか」
ぐらいで始めたわけですね。
- 黒川
- そうです。10万でも20万でもいいと思っていました。
まさか今みたいに、毎年数百万円単位で
研究助成ができる規模の寄付が集まるとは
思っていませんでした。
- たられば
- 「ちはやふる基金」は、最初は?
- 本保
- 最初は、末次さんの「私財を投じてでも、
かるたの世界を応援したい」という熱意で
スタートしました。
スタッフの給料は基金からは出ていません。
みなさん他のお仕事と掛け持ちしていたり、
末次さんの事務所のお手伝いという形でやっています。
なので、入ってきたお金は、全部
かるたの世界に拠出する。
ただ、運営を継続的に長期的にやっていくためには、
ちゃんと自分の団体からお給料を出せるように
なっていくといいなと思っています。
- たられば
- 基金の立ち上げについてちょっとまとめると、
まず、黒川さんと本保さんたちみたいに
「自分がやる」って手を挙げる人が必要なこと。
あともうひとつは、最初の一歩ですよね。
たぶん、あまりお金のことを考えてない。
回り出してから考える。
「最初のひと転がり」が必要っていうことですね、たぶん。
- 本保
- ただ、ほんとは良くないと思う。
そこから給料が出ないようなはじまり方は。
- たられば
- なるほど。
- 本保
- でも、なにかをやりたい時に、
スポンサーがいないと始められないっていう
ことでもないと思うんです。
黒川さんが「10万でも20万でも」って
おっしゃっていましたけど、そういう規模ではじめて、
大きくしていくのも健全だと思います。
●作品は誰のものか?
- たられば
- 「ちはやふる基金」は
出版社との交渉はどうでしたか?
- 本保
- 最初に相談したときから、
末次さんのやりたいことはできる限り応援したい、
こういった社会貢献活動は素晴らしいですね、
と言ってくださっています。 - ただ、基金の活動で「ちはやふる」という名前や
イラストなどを使わせていただく上で、
権利とか管理の面で難しいところもあります。 - 「ダメです」みたいな話ではないんですけど、
漫画の世界観とかキャラクターを大切にしたいので、
それに背くようなことは絶対にしてくれるなと
言われました。キャラクターグッズを販売するときも、
漫画の世界観とズレるようなものを
作って欲しくないということはあったので、
ライツ担当にチェックさせてくれというのは、
ありました。今もあります。出版社は、
手放しで「全面的に応援します」みたいな姿勢では
ありませんでしたが、
それは作品を大事にしてくれているからこそだ
というのはよくわかっています。
- たられば
- いわゆる「作品は誰のものか問題」ですね。
出版社の言い分がわかりづらいかもしれないので、
ちょっと代弁しておきます。
作品は作者のものか、読者のものか、という話があります。
出版社はもちろんここで、
「自分たちのものだ」と言いたいわけではありません。
作品は、作者のものでもあるけれど、
読者のものでもありますよね、と。
その間を考えるのが出版社の仕事なんです。
そういう気持ちからすると、作者の側から、
「こういうことをやりたい」と言われたときに、
その気持はよくわかるけれど、
「それはほんとに読者のためですか?
作品のためですか?」と言いたくなる、
編集者の気持ちもあるわけです。
あれ? なんで俺、こんなに必死なんだろう。
いや、編集者の立場がよくわかります。
- 本保
- 難しいですよね。
- 黒川
- でも、安心ですよね。
こっちは「いい」と思うと突っ走りがちなので。
それを冷静にちゃんと見ていてくれるために
編集者や出版社があります。
- たられば
- そう言っていただけると、ありがたいです。
●いっぱい買うゲーム
- たられば
- 基金を運営してきて、これは大変だったな
ということはいろいろあると思うんですが、
最初からお金は集まったんですか?
- 黒川
- おかげさまで、お金はびっくりするほど集まりました。
たらればさんも、「基金が立ち上がりました!」って、
その日ぐらいに、グッズのリストバンドを
いっぱい買ってくれました。普通、1本じゃないですか。
何本もいらないじゃないですか、リストバンド。
だけど、「すごいいっぱい買いました!」って
SNSで拡げてくださった。そしたら、有名な方たちが、
「いっぱい買うゲーム?」みたいな感じで次々と。
「俺もいっぱい買った!」みたいな感じで、
最初の1週間か2週間で200万か250万くらい、
ボンと集まったので、
「あ、これ、いけるかも?」と思いました。
- たられば
- あれはね、誰かが最初に「10本買った」って
言ったんですよ。「じゃあ、11本買うか」って、
うっかりつぶやいたら……。
- 黒川
- どんどん、「じゃあ、12本」
みたいなことをやってくださった。
- たられば
- 一人、北海道に住んでいる仲のいい医者がいて、
そいつが相場をグッと上げて、
「14本」とか言う(笑)。
そういうことがありました。
リストバンドが届くと、冷静になるんですよ。
「どうするんだろ、これ。腕2本しかないよ」って。
- 黒川
- ありがとうございました。
- たられば
- お金はさっと集まったわけですね?
- 黒川
- そうです。集まって、当初、立ち上げの時は、
今ある団体に寄付することにしていたんです。
寄付をして「全額研究者に届けてください」と
お願いするつもりだった。
でも、当たり前なのですが団体の運営には
それぞれの理念がありますから
こっちが色々指定できるわけではなくて、
私たちの思い通りに寄付金をそのまま研究者に
渡してくださる団体はなかった。
- たられば
- おお……それぞれの理屈があるんでしょうね。
- 黒川
- あるんです。わかるんです。
研究だけが大事なわけではないので。
先ほども言ったとおり、ALSの患者さんが
どういうふうに生きていくかとか、
どう楽しめるかとか、本当に大変な課題は
たくさんあるので、研究のためだけに
使途を限定するのは無理でした。
でも、もう私たちは、
「全部研究費に使うから寄付してください」って言って、
そのつもりでやっている。寄付者との約束です。
これが寄付でよく問題になるパターンですね。
研究者に届くと思っていたら、違うところに使われている。
ソーシャルグッドで一番、炎上するケースなのかなと。
最初からそう言っていればいいんですけど、
私たちはもう研究費に! と言っていたので。
「寄付、研究者に届いてないの?」みたいなことになります。
それは避けようと決めていました。
- たられば
- ファイティングポーズがすごいな(笑)。
- 黒川
- 集めたお金を研究者にそのまま渡すために、
寄付を集めるだけじゃなくて、
助成をする部分の機能を作らないといけなくなりました。
誰のどんな研究に寄付をお渡しするのか
審査しないといけない。どの研究に寄付するか、
それが妥当なのか、審査して、
1年後にレポートしてもらって、
きちんと公正に寄付を使ってもらえたのかという
審査は専門家じゃないとできないので、
お願いをして、京大の教授を含め
5人の先生方に研究の審査をしてもらっています。
●寄付を必要とするところは
たくさんある
- たられば
- 「ちはやふる基金」は、
最初から寄付は集まりましたか?
- 本保
- はい。立ち上げて最初に
チャリティのポストカードを作ったんです。
幸い、みなさんSNSとかで広めてくださって、
最初ちゃんと集まりました。
でも、継続していくのが大変というのを、
今、実感しているところです。
お金のお渡し先は今も悩んでいるところです。
必要としているところがいろいろあるので。
- たられば
- 「ちはやふる基金」は、
どんなところにお金を出しているんですか?
- 本保
- 競技かるたには、全日本かるた協会という
総本山みたいなところがあります。
選手のみなさんは、そこに会員として登録して、
選手として活動するので、
そちらの支援のために使おうと決めて。
ただ、そのなかでも、「どの大会に」とか、
「何のために」というのは、
研究費みたいに決められなくて……、
今は、高校選手権と、毎年2月に開催される
「ちはやふる小倉山杯」という
トップ選手が集まる大会のふたつを軸にして、
お金の出し先と決めています。
ただ、「もっとこうして欲しい」
「ここにお金を出して欲しい」という要望が
あるんですよ、やっぱり。
その判断がとても難しいと思っています。
- たられば
- お金は必要とされるけれど、
お金が集まった時の出し先を
決めるのが大変ということですか?
- 本保
- そうです。金額的なことも難しいです。
ほんとに足りないので。
- たられば
- どこも足りていないっていうのは辛いですね。
- 本保
- そうなんです。高校選手権は
去年はできなかったんですけど、
おととしだと、2500人ぐらい集まる大会で、
会場を押さえたり、スタッフも入れて、
ものすごくお金がかかるんですが、とても足りない。
会場費を安くしてもらったり、企業協賛を得たりして、
なんとか開催してきているけれど、
まったく十分ではありません。
- たられば
- あー……、それは全日本高校選手権の話ですよね?
もう40回以上やっている伝統の高校選手権を、
ずっとそんなふうにやってきたわけですか。
- 本保
- 私もそう思いました(笑)。
でも、そんな規模になったのが、
『ちはやふる』がはじまってからなので……
- 黒川
- 参加者が増えちゃったんだ(笑)。
- たられば
- ああ、なるほど。責任をとらないといけない。
- 本保
- そうなんですよ。
- たられば
- 広げちゃったから。これはしょうがない(笑)。
- 本保
- そうなんですよ。なので、「ちはやふる基金」が
がんばろう、というところなんです。
(つづく)
2021-07-21-WED