競技かるたの世界を描く大ヒット漫画『ちはやふる』
宇宙を目指す兄弟を描く大人気漫画『宇宙兄弟』
ふたつの物語から生まれた
「ちはやふる基金」と「せりか基金」。
漫画の主人公たちに背を押され、
一歩を踏み出した女性たちは、
どこから力を得て
どのように道を切り開いていったのか。
それぞれの基金の代表おふたりに
語り合っていただきました。
決して簡単ではないNPOの運営を進めていく
希望に満ちた現在進行形の物語です。
モデレーターには、ツイッター界で知られる
「たられば」さんをお迎えしました。
ふたつの基金に熱いエールを送る応援団長です。
*漫画『ちはやふる』『宇宙兄弟』については
こちらのページをご覧ください。
本保美由紀(ほんぽみゆき)
「ちはやふる基金」理事長。小6小3の二児の母。子育てをしながら電子機器メーカーにてパート勤めをしていたが、10年来の友人である『ちはやふる』作者・末次由紀さんの熱意に押され、気づいたら基金の理事になっていた。パートや末次さんのサポートの傍ら、子育てに関するNPOに複数関わってり、その経験が基金での活動の礎になっている。人生の歩み方は8割マンガから教えてもらった、というくらいのマンガ好き。
黒川久里子(くろかわくりす)
「せりか基金」代表。「物語のちからで、一人一人の世界を変える」をミッションに掲げるクリエイターエージェンシー株式会社コルクの取締役副社長でもある。NYと東京を往復して暮らす。
第3回
元気の自給自足
●エネルギーを与えてくれる人
- ほぼ日・ワクシマ
- おふたりのお話を聞いていると、
基金の運営は難しそうなのに、すごく一生懸命で、
前向きにパワーを持ってやっていらっしゃる
印象を受けました。その姿勢や力、くじけない心は、
どこから出てきたんだろうと考えると、
それぞれの作品と呼応している感じがします。
『宇宙兄弟』や『ちはやふる』という漫画が
あったからこそ、力をもらったり、
背中を押されたということはあるのでしょうか?
- 黒川
- もともと、自分でも、
困っている人の助けになることをやりたい、
みたいな気持ちは持っていたと思うんです。
ALSってご存じない方も、もしかしたら、
いらっしゃるかもしれないんですけど、
神経の病気で、筋肉を動かす運動神経が
徐々に動かなくなってくる。
- たられば
- 筋肉を動かす運動神経?
- 黒川
- そうです。呼吸とか皮膚とか、知覚、内臓など、
知覚神経で動くようなものは動き続けるんだけど、
筋肉を使って動くところだけが衰えていく病気です。
熱いとか寒いとか痒いとか、汗かいて嫌だな
みたいなことや、頭の働きはそのままだけれど、
口が動かせなくなると声も出せなくなったりする。
そんな辛い病気が世の中にある。
もう、なんとかしたい!
ALSをテーマのひとつにしている『宇宙兄弟』で
何かしたいと思って、
バアーっと走り出したんですけど、
今、そのエネルギーやモチベーションを
継続していられるのは、まず、患者さんがいるから。
パワーがあるというか、
会う度に「今月、忙しくて、吐きそう」って
笑いながら言うぐらい活動的な患者さんばかりと
私はお会いしていて、患者さんに会って慰めてもらう、
愚痴をこぼしたり、弱音を吐くと、
患者さんの方が私を助けてくれる。
それがエネルギーのひとつになっています。 - もうひとつは、研究者と直接お会いするようになって、
研究者もまた、果てしのないようなことを
やっているのに気付いたことが大きかったです。
研究者のみなさんは、ある意味、
ものすごく物理的に小さい、目に見えないことを
ちょっとあれがこうなった、
もしかしたらこうかもしれないと、
何年もずっとやっているんです。
ALSの治療法をみつけるために。
そのお話がまたすごくおもしろいんです。
応援することによって、患者さんと研究者、
そのふたつの方面から、
「あ、ヤバっ、今あたし、エネルギー量が落ちてたな」
みたいなことに気づかされて、
「応援したい!」っていう気持ちを
もらう感じで回っている気がします。
- たられば
- 本保さんは、どうですか?
- 本保
- 『ちはやふる』という漫画が大好きなので、
そこからエネルギーをもらっています。
そして、『ちはやふる』に描かれているのと
同じようなことや、漫画以上のドラマチックさが、
実際の競技かるたの世界にある。
選手のみなさんのがんばりとか、
支える運営の方々の努力とか。
競技かるたの選手って、
一癖も二癖もあるおもしろい方が多くて、
会ってお話を聞くと、ほんと千早ちゃんみたいな
愛すべき「かるたバカ」がいっぱいいる。
そういう人たちがひたむきにがんばっているのを、
微力ながら支えることができるのは、
私の楽しみにもなっています。 - でも、こんなふうに誰かを支えたり、応援したりって、
どうして始めたかというと、
もともとそういう性質だったわけではないんです。
私が子育て中に、子育てで波があったりした時に、
子育て支援の団体の人にすごく
支えてもらった経験があるんです。
それが、後にちょっとお手伝いしたNPO。
すごいことをしてくれなくても、
「応援してるよ」っていってくれる存在があると、
一歩前に出られる経験を自分自身がしたので、
もしもそんな風に誰かの背中を押すようなことが
できたらうれしいという気持ちが
できたのかもしれません。
●応援体質
- ほぼ日・ワクシマ
- ありがとうございます。
たらればさん、今、フンフンって聞きながら、
自分には質問が来ないと思っているでしょうけれど、
質問があります。私たちがたらればさんのことを
存じあげたのは、ほぼ日の學校が2018年に
『枕草子』をめぐる対談を企画したとき。
国文学者の山本淳子先生と
対談していただいた時なんですけど、
その時すでに、たらればさんはツイッターで、
『枕草子』や清少納言を推す。
ご自分の好きな漫画や作品を推して、
ものすごく応援していらした。
応援すること自体が楽しいことであり、
世の中を良くすることだと考えていらっしゃる
「応援体質」を私は感じました。
応援体質のたらればさんが、
「応援する基金」を応援しているのが
おもしろいと思うのですが、
たらればさんの応援体質はどこから来たのですか?
- たられば
- えっと……、たまたま向いていたんだと思います(笑)。
急に質問がきて、答えを用意してなかったんですが、
今、聞きながら「なるほど」と思ったことがあります。
たぶん最初から、おふたりとも、
そんなにパワーがあったわけでもないし、
これくらいのお金を渡せるという目論見も
なかっただろうし、私も、みなさんの前で
お話するような人間になるつもりもなかった。
なんとなく「やったほうがいいな」と思うことを
やってみたら、どうも向いていた。
たぶん、それはみなさんの中にもあることなので、
ちょっとやってみると、それ向きの体力が
ついてくるんですよね。たぶん。
それは良いことですよね。
もうひとつ、応援し始めると、やっている当人にも
応援の照り返しがあるというか、
「元気の自給自足」みたいなことはあると思います。
それは大事ですよね。
栽培的というか、農耕社会的というか。
「美味しいトマトができたね。じゃあ、
来年も植えるか」というような話だと思います。
●できることしかできない
- たられば
- 少し話題を変えて、嫌だったことはありますか?
- 黒川
- 嫌だったことではないんですけど、やっぱり難しいのが、
できることしかできないこと。当たり前ですけど、
病気ってALSだけじゃないんですよ。
『宇宙兄弟』ファンの中にも、
いろんな病気で苦しんでいる方がいらっしゃる。
「なぜ、ALSだけなんですか?」とか、
「なぜ研究費だけなんですか?」とか
言われることがある。もちろん、
ALS以外の病気も治ったほうがいいし、
ALSにしても研究費以外にもお金が必要なところが
たくさんあると思っているけれど、
われわれは、今、
できることしかできないということが、
一番辛いというか、
それ以外の答えを持ち合わせていない。
ALSだけが治ればいいとは1mmも思っていません。
全部できればいいですけど、そうもいかない。
それが一番、辛いところですね。
文句言われることよりも、
やるべきことが他にもあるのがわかっているのに、
今はそこはやらないと決めていることが、
キツイかな。
- たられば
- 本保さん、どうですか?
- 本保
- 同じです。できることには限りがあるので、
全部は無理なんです。やりたいことはいっぱいある。
トップ選手も応援したいし、高校生も応援したいし、
初心者も応援したい。でも、できることは限りがあるし、
要望に応えきれない時もある。
それがやっぱり苦しいと思います。
あとは、競技人口が短期間で急増して、
競技かるた自体がメジャーになっていく過渡期に、
今、いるんですけど、その中で
どこに支援をしていくのか、
何が本当に未来のためになるのかということは、
よく考えます。 - 「ちはやふる小倉山杯」で賞金(優勝100万円、
準優勝50万円、3位25万円、4位10万円、
奨励賞5万円)を出しているんですけれど、
いままで大会でおおきな賞金が出るようなものが
なかったんですね。
賞金が出ること自体に対しても賛否があったんです。
お金のために競技をやり始めると、
「不純」になってしまうのではないか
という意見が出ました。
でもトップ選手の努力が讃えられて報われる世界を
末次さんは作りたかったし、
そういう大会をやりたかった。
でも、「そこじゃない」と言われることもあって、
そのあたりで悩む時が一番苦しいかもしれません。
- たられば
- 難しいですね。お金が絡むと「不純だ」と思う人、
たくさんいますし。
- 本保
- そうなんです。でも、お金、大事なんですよ。
本当に。がんばりが報われる、
憧れの世界になって欲しい。
競技かるたをはじめる子たちが、
「いつかあの舞台に立って、努力が報われて、
賞金を手にしたい」と思ってくれるといいと私たちは
考えているけれど、それを理解してもらえるには、
まだまだ時間がかかるし、私たちの
実績も必要だと思っています。
かるたの世界を拡げていくために、
「注力するのはそこなのか」という迷いは
いつも持っています。でも、私たちは外野なので、
外野が「(注力するのは)ここです」っていうのも、
おかしな話だと思うんです。
だから、当事者である選手や支援者さんの意見を聞きながら、
迷いながらやっていくしかないと思います。
(つづく)
2021-07-22-THU