災害や病気の流行、経済の急変など、
世の中の動きが変わるとき、
私たちの考えも変わります。
ずっと同じ考えを持ちつづけることはできないし、
ものごとの優先順位も変わります。
ひとつの考えにしばられてしまったことで
引き起こされたことも、かずかずあります。
しかし、周囲の意見に耳をかたむけて、
考えを訂正したり引き返すことには、勇気が必要です。
考えを変えることを厭わず、無知を恥じず、
よりよいほうへ行こうとする姿勢を持っていたい。
日々考えをあたらしくしていける人、
そんな方にお話をうかがっていきます。
最初のゲストは池谷裕二さんです。
聞き手はほぼ日の菅野です。
池谷裕二(いけがや ゆうじ)
東京大学薬学部教授。薬学博士。
科学技術振興機構ERATO脳AI融合プロジェクト代表。
研究分野は脳の神経回路に内在する
「可塑性」のメカニズム解明。
2013年日本学術振興会賞および日本学士院学術奨励賞、
2015年塚原仲晃記念賞、2017年江橋節郎賞。
- ――
- 常識は、マナーやルールではなく、
むしろ好き嫌い‥‥?
- 池谷
- 「君の態度は間違っている」
こういって怒ったり
怒られたりしたこと、ありませんか?
- ――
- 似たような感じで、あります。
- 池谷
- 「間違っている」というのはつまり、
正しいか、間違っているかの話です。
つまりそれは、常識の話。 - けれどもさきほどから
ぼくが言っているように、世の中には
「正しい」とか「間違っている」というものは
ないんです。
シマウマの模様と同じ。
ですから「君の態度は間違っている」は
言い換えることができるんです。
「君の態度は嫌いだ」とね。
これ、同じ意味じゃないですか?
- ――
- なるほど‥‥そうか。
- 池谷
- 結局は「好き、嫌い」の話でしかない。
または「愉快、不愉快」
「心地よい、心地よくない」の話です。
- ――
- 常識は慣れ親しみどころか、好み。
つまり、それってまた偏見の話ですね。
- 池谷
- そうです。
思考は偏見、つまり思いこみ、ですからね。
そして、ここからが
さらに重要なところで‥‥
脳って、自分が思いこんでいるということに、
気づいていないんです。
- ――
- ああ‥‥。
- 池谷
- 思いこみでものを見るのは、
しかたのないことです。
最初に言ったとおり、
偏見を持つことは考えることであり、
考えない人間は成長しないのと同じとも言える。
だからこそ、
自分が考えているということは、
「思いこんでいるのだ」と、
いま一度、気づいて欲しいのです。
- ――
- それはつまり、自分もそうだし、
みんなもそうだ、ということですね。
好き嫌いを常識と思いこんで
相手に腹を立てたり、
「自分は考えた」と思っているんだ、と。
- 池谷
- そう。
そうなんです。
で、もうちょっとだけこの話を発展させていいですか?
- ――
- はい、お願いします。
- 池谷
- 海外で、100万人の高校生に聞いたという
大規模な実験データがあります。
高校生に、こんな質問をしました。
「あなたの指導力は、
まわりの同級生に比べて、
平均よりも上かどうか」
- ――
- 自分の指導力が真ん中より上かどうか。
どう答えるかなぁ。
- 池谷
- これね、質問が
「真ん中から上かどうか」ですから、
「はい」「いいえ」で答えたとすると、
真実なら、だいたい50%で
「はい」と「いいえ」が分かれるはずです。
- ――
- ああ、そうですね。真実なら。
- 池谷
- でも、実際の答えは、
7割ぐらいの人が「はい」と答えました。
- ――
- 分かります(笑)。なんとなく。
- 池谷
- そう(笑)。
車の運転も同じ。
「あなたの運転、世間の平均よりも上ですか?」
と訊くと、7~8割の人が「はい」と答えます。
「上手とは言わないけど、真ん中より上ですよ」
と、だいたいの人が思っているんですね。
こういうのを「平均以上効果」と呼びます。
- ――
- 私も心のなかで、両方「はい」と
答えてしまいました(笑)。
- 池谷
- (笑)指摘されると、ちょっと恥ずかしいですよね。
ちなみに運転は、高齢になればなるほど
「はい」と答える率が高くなるんですよ。
- ――
- うわぁ、そうなんですか、
- 池谷
- それはさっき言った
「点」しか見ていないからです。
ルーツを忘れている。
長く運転してきているから、
自分が「いま生きてる」という現在が、
自分の運転はまちがっていなかった
という証拠になっているんです。
これは運転に限ったことではなく、
高齢者であるほど
「いままで無事だった」という事実が
自信につながり、
それゆえに、オレオレ詐欺にも
引っかかってしまうんです。 - ぼくは大学の教授ですが、
大学の教授の調査はもっと強烈で、
「自分はほかの教授よりも優れている」と
94%の教授が答えるんですよ。
そんなことあるはずないじゃん、という話です(笑)。
- ――
- 真実なら50%のところを。
自信がある人ほど思いこみやすいんですね。
- 池谷
- では、もうちょっと質問を変えてみましょう。
「あなたは平均より公平にふるまっていますか?」
どうでしょう?
- ――
- えーっと‥‥‥‥。
- 池谷
- 世の中は理不尽なことに満ちているし、
納得できないこと、不平等なこと、
汚いことだらけです。
そんななか
「あなたは平均より公平ですか?」と訊くと、
これは、ほぼ100%です。
- ――
- そうなんですか(笑)。
- 池谷
- 100%の人が、
「はい、私は、ときには
汚いことをするかもしれないけど、
まぁ、平均に比べれたら、はるかに公平ですよ」
と答えます。
自分のことを汚い人間だとか、
不公平な人間だと思ってる人は、
まずいないということがわかります。
- ――
- わりと全員が、
自信満々なんですね。
- 池谷
- いいんです、自信がないよりはあったほうがいい。
でもちょっとイタイんです(笑)。
そして、ここまでの話は前フリです。 - 「平均以上効果」のことは
ほんとうはどうでもよくって、
ここからのデータが肝心です。
そのデータをちゃんと見るために、
まず「平均以上効果」を
知っておいてほしかったんです。
それでは次に、
「ダニング・クルーガー効果」の話をします。
(明日土曜につづきます)
2020-07-03-FRI
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イラストレーション:YAMADA ZOMBIE