あなたは「スケーパー」を知っているか。
いるのだ、そう呼ばれる者たちが。
ふつうの人々に混じって、
気づかれることなく、そこらへんに。
彼ら彼女らは「見えない」わけじゃない。
それなのに、
完全には見わけることが難しい。
その目的は? 生態は? 正体は?
なぞのスケーパーを追う
某新聞のO記者によるレポートが、
ときどきここにアップされていくだろう。

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2023年5月12日 @首都近郊 某所 潜入

2023年5月。首都近郊の某所にてスケーパーについての「ひみつ会議」が開催される‥‥。複数のネタ元からのタレコミをもとに現場へ急行した私は、あまりひみつ感のない‥‥緊張感もさほどない‥‥10畳ほどの和室へ通された。包囲網を突破する必要はなかった。脱いだ靴をきちんとそろえて「潜入」する。ひみつ会議は、すでにはじまっていた。
集っていたのは、10名ほど。スーツ姿の中年男性もいれば、カジュアルコーデの若い女性もいる。正体不明の不気味な存在について語り合っているはずなのに、和気あいあいとした雰囲気。思わず、お茶うけの歌舞伎揚げに手を伸ばしてしまいそうになる。うららかな午後のひととき。潜入取材というには、すべてが、あまりにゆるゆるだ。ひみつ会議というのなら、暗くなってからのほうがいいんじゃないのか。よけいなお世話が脳裏をよぎった。
ジャーナリスト魂を奮い立たせ、会話に耳をそばだてる。スケーパーとは、誰か。それは、どういう存在なのか。どうやら、この場へ集った面々も完全には把握できていないようだ。それが語られるとき、しばしば典型例として言及されるのが「ベレー帽をかぶり、白ひげにパイプをくわえて風景画を描いている、絵に描いたような絵描き」なる人物像。漫画のコマから飛び出してきたような、「The 絵描き」然としたおじさん。そのような風体の人物はスケーパーである可能性が高い‥‥のだという。つまり、そのおじさんは「ベレー帽をかぶり、白ひげにパイプをくわえて風景画を描いている、絵に描いたような絵描き」では断じてないというのである。どういうことだ‥‥? 絵描きらしい絵描きのフリをしているだけ‥‥? なぜ? 何のために? 誰の意図で? 絵心もないのに? 擬態? 何と不気味な! しかも、彼が「スケーパーかどうか」をたしかめる術は、事実上、存在しないのだという。ああ、何もかもがわからない‥‥。
ふと、会議流れをリードしている人物の存在に気づく。長い髪を後ろに束ねた男性。なぞめくスケーパーの鍵を握る重要人物らしい。なるほど、眼光が鋭い。コンドルのような目つきをしている。その男の発した、何気ない一言に驚愕を禁じえない。男は、スケーパーの「製造」を請け負っているというのだ! せ、製造‥‥? つまり、この男が「黒幕」なのか‥‥? ただ「製造」をになう彼でさえ、いちど街に散ったスケーパーを見わけることは不可能だと言う。ああ、わからない、わからない‥‥。
結局、この日の潜入取材では、スケーパーについて何ひとつわからなかった。ただ、およそ2週間後に、世界でただひとりスケーパー研究に身を捧げる人物が某所で研究会を開くという耳より情報を得た。ふたたび「潜入」するしかないだろう。今日のように、メモとカメラと勇気を手にして。会議終了の直前、スケーパーとは「虚と実の間の光景」をつくり出す存在である‥‥という誰かの言葉が、オレンジ色した西陽の中へ溶けていった。
何者かによって仕組まれた人間。それは、あまねく存在する‥‥可能性がある。そこらへんに「いる」かもしれない。人知れず、でも、堂々と。‥‥ん? ということは、つまり? あの日、あの和室にもスケーパーはいたのだろうか? というか、いま、この空間にも? スケーパーの存在を知ってしまった私は、いつしか、私以外の人間を信じることができなくなっていた。

某新聞 記者 O

(次回へつづく)

2023-10-02-MON

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  • illustration:Ryosuke Otomo