あなたは「スケーパー」を知っているか。
いるのだ、そう呼ばれる者たちが。
ふつうの人々に混じって、
気づかれることなく、そこらへんに。
彼ら彼女らは「見えない」わけじゃない。
それなのに、
完全には見わけることが難しい。
その目的は? 生態は? 正体は?
なぞのスケーパーを追う
某新聞のO記者によるレポートが、
ときどきここにアップされていくだろう。

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2023年6月3日 @首都近郊 某所 尾 行

なぞめくスケーパーを追って、1ヶ月。前回の潜入取材では見るべき成果を得られず、その「なぞ」を深めるだけに終わった。そこで、ふたたび私は「潜り込む」ことにした。記者の性である。今回は、世界でただひとりのスケーパー研究者が主催するワークショップだ。
鉄筋コンクリート造、要塞のような建物の一室。足を踏み入れるとそこには、真新しい白衣に身を包んだ、若い男女の集団。その数、ざっと数十人‥‥。黙するわけでもなく、かといって談笑するでもなく、全体として静かなざわめきを発しながら何かを待っている。彼らは、いったい‥‥? と、ひとりの女性が奥から姿を現した。あの人が、田口所長か! 現時点で世界で唯一のスケーパー研究者。ワイヤレスのマイクを手にし、親指ですっとスイッチを滑らす。プツッ‥‥。スピーカーがマイクのONを告げる。若者たちのざわめきが、フッと消える。
「スケーパーとは」。ひと呼吸おいて「目の前の景色を、もういちど見ることを促す存在である」。田口所長は、そう言った。目の前の景色を‥‥もういちど見る‥‥? それってつまり「二度見」ってこと? 続けて「それは、虚と実のあわいに存在する者である」。ああ‥‥「虚と実」ね。前回も誰かが言ってたなあ。徐々に熱を帯びていく、所長の口調。「スケーパーとは『虚』の存在であってはならない。つまり誰にも気づかれない存在であってはならない」。それにも関わらず、と強調しつつ「スケーパーとは『実』の存在であってはならない。つまり、何らかのパフォーマンスや人為的な行為であることが判明してはならない!」。‥‥なるほど‥‥難解であるが‥‥たとえば海外の観光地にいるスタチュー的なパフォーマーさん、ああいう陽気な人じゃないってことかな。
白衣の若者たちはスケーパー研究所の研究所員であった。所長である田口氏のもと、スケーパーの各種リサーチに従事している。壇上の所長から所員たちへ、本日これから実地調査へ向かうことが告げられた。実際に街へ出てスケーパーを探し出し、その生態を記録する。スケーパーの痕跡を見つけ出し、その詳細を書き留める。それらを持ち帰り、ディスカッションのうえデータベースに登録する‥‥。尾行するしかあるまい。
白衣を脱ぎ捨て、ふつうの若者に戻った研究所員たち。大学生の仲良しグループくらいに見せながら、周囲に鋭い目を光らせ、あやしい存在にシャッターを切っている。調査結果は極秘情報だろうが、正面から人物を撮らないなど肖像権にも気を配っているようす。厳しい訓練を受けたエージェント集団だ。素人の私には、彼らの「目の付けどころ」が、いまひとつわからなかった。どういう部分に「スケーパー」を感じているのか‥‥。そのとき、ひとりの研究所員の鋭い声が空気を切り裂いた。「あの人を見て!」。彼女の視線の先には、公衆電話で電話をしているサラリーマン風の男性。彼がスケーパーだというのか? たしかに、いまどき公衆電話を使う人はめずらしい。でも、さすがにそれだけでスケーパーだと断定するのは早計なのでは‥‥? という私の疑念を、さらなる一言が一掃する。「左手よ!」。彼は‥‥そのサラリーマン風の男は、左手にスマホを持っていた。つまり、スマホがあるのに公衆電話をかけていたのだ‥‥!
1時間ほどの実地調査を終え、われわれは出発地点の会場へ戻ってきた。すると、冷静沈着を旨とする調査員たちが色めき立っている。いったいどうした!? 今度は何が起こった!? 幾重もの人の輪をかいくぐっていくと、そこには、ちいさな靴が片方、車止めポールの上に置かれている。まるで「作品」が展示されているかのようだ。これみよがしに‥‥。出発の時点では、こんなもの、影も形もなかったのだ。きっと、スケーパーの「痕跡」にちがいない。あるいは「挑戦」か。
少しずつではあるが、スケーパーというものが、私の中でおぼろげな輪郭を帯びてきた。それは、おそらく「想像を掻き立てる人物」であり、「物語の続きを匂わせる物体」であり、日常における「微かな違和感」なのだ。かつて「トマソン」なるものを街に見出す天才たちがいた。空中に浮かぶドア、登って下るだけの無意味な階段。超芸術な仕方で、現実に存在する無用の長物。そのありかたに、どこか似ている気もする。わたしたちがそこに「スケーパーを見る」とき、スケーパーはうまれる。尻尾の先に、触れた気がする。もう、これ以上の潜入はじれったい。突撃あるのみ。私は、スケーパー研究所のお問い合わせフォームから田口所長に接触、単独インタビューを申し入れた。

某新聞 記者 O

(次回へつづく)

2023-10-04-WED

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  • illustration:Ryosuke Otomo