くるりの音楽を聴いて
自由とか旅とか宇宙とか広い空を
思い浮かべる人は、きっと多い。
でも、くるりという音楽の集団は、
さまざまに形を変えてきました。
岸田繁さんご本人も、
スリーピースからクラシックまで、
いろんな「楽団」から、
多様な音楽をとどけてくれました。
でも「真ん中にあるもの」は、
ずっと変わらないといいます。
くるりが、くるりでいることの証。
そのことについて、
全6回の連載にしてお届けします。
担当は「ほぼ日」奥野です。

>岸田繁さんのプロフィール

岸田繁(きしだしげる)

1976年、京都府生まれ。作曲家。京都精華大学特任准教授。ロックバンド「くるり」のボーカリスト/ギタリストとして、98年シングル「東京」でメジャーデビュー。代表作は「ばらの花」「Remember me」など。ソロ名義では映画音楽のほか、管弦楽作品や電子音楽作品なども手掛ける。

前へ目次ページへ次へ

第3回 たまたま、僕らの音楽が。

──
2020年って不思議な年でしたけど、
自分はインタビューする仕事なので、
対面では会えなくても、
オンラインで取材を続けてたんですね。
岸田
ええ。
──
そしたら、そのとき、
くるりの曲を聴いているっていう人が
何人もいたんですよ。
たまたま「何人かいた」というよりは、
何だか最近こればっかりでとか、
いまこそ聴きたいからみたいな感じで、
ああ、この人も、この人もって。
岸田
そうなんですか。
──
ええ。だから、何なんだろうと思って。
岸田
そういう話、私も、よく聞きました。
──
ああ、そうですか。やっぱり。
長いトンネルから抜けたときの光景を
歌ってきたのかもしれないと、
ご自身でもおっしゃっていましたけど。
岸田
そういう音楽なのかなと思うんですよ。
たまたまね、ぼくらの音楽が。
特段わかりやすいメッセージが
あるわけでもないし、
あがめたてまつられるような音楽でも
ないんですけどね。
──
どこか心を自由にさせてくれるような。
そういう音楽だと思います。
岸田
でもね、ぼくらつくってる側としては、
とりたてて、そういう音楽を
つくろうと思っているわけじゃなくて。
──
そうなんですか。
岸田
医療従事者のみなさんはじめ、
エッセンシャルワーカーと呼ばれる人たち、
あるいは、必死で
ワクチン開発に携わっている人たちって、
いま、まさに必要に迫られて、
目の前の課題に取り組んだり、
何かをうみだしたりしていますよね、日々。
──
ええ。
岸田
でも、音楽家はよく言うかもしれないけど、
「音楽なんかなくたって」って。
だって、直接的には、
生命に関わるということはないわけですよ。
いまこの薬を飲まなきゃ死んじゃう、
というような切迫性は、音楽にはないです。
──
たしかに。
岸田
でも、間接的には役に立ってるというのか、
つまり大変な思いをして、
毎日毎日、使命を果たしている人たちが
音楽を聴いて、
ちょっと元気になったと言って、
よーしってまた自分の持ち場に帰っていく。
ぼくたちの‥‥くるりのつくる音楽が、
誰かにとって
そういう音楽であったなら、
それは、とっても光栄なことだと思います。
──
そうですよね、きっと。
岸田
でも、そうでありたいと願って
つくったわけではないんです、ぼくらは。
──
結果として、そういう音楽になってる。
岸田
むしろ、誰かのために、誰かの助けに、
そういう音楽のつくりかたは、
たぶん、ぼくたちにはできないと思う。
──
受け取るほうが、
勝手に元気づけられてるんでしょうね。
岸田
そうだと思います。
このあいだも、ザ・クロマニヨンズの
新しいアルバムを聴いたけど、
まったくね、変わってないわけですよ。
いい意味で、もちろん。
──
いや、本当にそう思います。
岸田
あえて呼び捨てですけど、
ヒロトもマーシーもロックが大好きで、
10代のころからずーっとやってきて、
いまも変わらず、
大好きなロックの音楽をやってるだけ。
──
はい。
岸田
そうやってつくった音楽を聴いた側が、
勝手に元気を出したり、
勝手に勇気づけられたり、
勝手に涙を流しているだけなんやなと。
──
道に落ちてるウ○コとかをモチーフに
アート作品をつくっている
現代美術作家の加賀美健さんが、
ある暑い日に、
靴下を脱いで、くるっと丸めて、
アトリエに投げといたそうなんですよ。
岸田
うん。
──
そしたら、それを見た9歳の娘さんが、
「パパ、これ作品?」って(笑)。
岸田
ああ、すごいな。
──
創作物、アート、音楽もそうでしょうが、
それらに触れて、どう感じるか‥‥
どう解釈するかは、
受け手次第なんだなあって思ったんです。
岸田
その娘さんの感性って、
ぼくはね、すごく大事やと思うんですよ。
だってね、ベートーベンという人が、
「ダダダ、ダーン」って、やりますよね。
有名な、あの一節。誰でも知ってる。
──
交響曲第5番「運命」ですね、はい。
岸田
あんなんね、正直、
誰だってつくれるやないですか(笑)。
──
そうですかね(笑)。
岸田
いやいや「ダダダ、ダーン」だけならば。
つくれるっしょ、誰だって。
ダダダ、ダーンですよ、だって。ただの。
──
その部分に限って言えば‥‥まあ(笑)。
岸田
何しろ「ソソソ、ミー」ですから。
「ドミソミファソシソド」とかね、
そういう複雑な譜面ではないわけですよ。
ただの「ソソソ、ミー」ですから。
──
はい(笑)。
岸田
でも、その「ソソソ、ミー」をね、
どう譜面の上に配置して、
曲として構成して、成り立たせて、
最終的に
ただの「ソソソ、ミー」に
ある効果や意味を持たせるか‥‥という。
そこがベートーベンの大仕事なわけでね、
ぼくらは、
ただの「ソソソ、ミー」の旋律に、
さまざまに、
いろいろなことを感じているわけですよ。
──
それこそ「運命」みたいなものさえも。
岸田
それって素晴らしいことやなと思うな。
そこらへんに落ちてたネジだけで
つくってるんだけど、
ぼくらには、
ものすごいお城に見えるんだもん。
──
うん、うん。なるほど。
岸田
高いお金を出してね、
高級食材をどっさり買いこんできてね、
さあ召し上がれって、
そりゃあ、美味しいかもしれないけど。
冷蔵庫の中にあるもんだけだって、
やりようによっては、
誰かにとって、
何よりのご馳走をつくれると思います。
──
いろいろな人を勇気づけると思います。
いまの、岸田さんの言葉。
岸田
とくに自分が困難な状況にあるときや、
どうしても
何らかの結果を出したいと思ったとき、
材料とか、才能とか、
創作への姿勢とか、考え方とか、
その人の在り方自体が
立派じゃなきゃダメですっていうのは、
ぼくは、
希望をくじくと思うんです。
──
本当ですね。
岸田
それがどんなにしょうもなくても、
いま、自分たちの目の前にあるものを
磨いていくことで、
自分らが勝手に引いた限界線は、
超えていくことができると思うんです。
でね、そういう意味で言えば、
バンドでセッションをしてたりすると、
そういうようなジャンプって、
もうね、しょっちゅう起こるんですよ。
──
そうなんですか。バンドってすごい。
岸田
誰かが何気なく弾いた、何てことない、
それこそ
「ソソソ、ミー」に匹敵するね、
誰でも弾けるようなフレーズに
別の音が重なっただけで、
どこにもない音楽が生まれたりします。
──
それが醍醐味なのかもしれないですね。
バンドというものの、何か。
岸田
コロナのせいで、バンドで集まれない、
ライブもできないって状況で、
ぼくは大学で教えてますけど、
若い子らに、
バンドやらせてあげたいなあ‥‥って。
──
ええ。
岸田
本当のところではそう思うんだけども、
でもいまは、パソコン1台あれば、
音楽をつくることはできるんですよね。
だから、そういう人は増えると思うし、
これからは、その中から、
おもしろい音楽が生まれてくると思う。
──
なるほど。
岸田
現に、「誰ですか、あなたは?」って、
まったく無名の人が、
とんでもない音楽をつくったりしてる。
──
そうなんですか。
岸田
TikTokで踊っている人もしかり、
Twitterとかで発信している人もしかり。
当然クオリティの高い低いはあるけど、
もしかしたら、音楽というものも、
これまでみたいに
ありがたがって聴くものじゃなく、
ぼくもつくってみよう、
わたしも歌ってみよう、
みんなで踊ってみようというものに、
なっていくのかもしれない。
──
そのことに対して、
プロの音楽家である岸田さんは、
どう思っていますか。
岸田
とてもいいことだと思っています。

(つづきます)

2021-02-10-WED

前へ目次ページへ次へ
  •  

     

     

     

     

     

     

    写真:田口純也