ヘアメイクという仕事を通じ、
俳優やモデルなど、表現をなりわいとする人たちに
長くふれてきた岡田いずみさんは、
その人の魅力について
深く考える瞬間がたびたびあるといいます。
人の魅力って何だろう?
表現という仕事に就く人の特別さって?
なぜ、あの人は輝いて見えるのだろう?
その話をするならぜひ、と、
岡田さんが会いたかったのが、
AMUSEで新人発掘を担当し、
多くの俳優を見いだしてきた大橋良行さんでした。
大橋さんは、街をあるく彼らの、
いったい何を見てきたのか、
どこに魅かれて声をかけるのか。
そして、魅力とはいったい何なのか。
全5回、たっぷりおたのしみください。

>大橋良行さんのプロフィール

大橋良行(おおはし・よしゆき)

株式会社AMUSEの新人開発担当マネジャー。
発掘(スカウト)から、俳優の育成を担当する。
自ら経営をしていた株式会社ウィルの時代から、
上野樹里、吉高由里子、佐藤健、
三吉彩花、甲斐翔真などを育てててきた。

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その5 言葉の美容液、言葉にならない思い。

岡田
大橋さんが新人さんたちに
自信を芽生えさせていこうとするとき、
どんなふうにしていますか?
大橋
やっぱり「言葉」ですね。
「言葉」。
岡田
あぁ、すごくわかります。
それは「褒める」っていうことですか?
それとも何か違うこと?
大橋
「芯を捉えた言葉」です。
岡田
「芯を捉えた言葉」。
大橋
お世辞っていうのは、
子供は簡っ単に見抜きますんで。
岡田
そうですよね。
わかります。はい。
大橋
ここを言ってくれないかな? っていうことを、
絶対思ってるんですね。
そこの琴線に触れていく。
じっくり話し合う。
すると、一段階上がっていくんですよ。
岡田
私、実家の化粧品屋で、
ずっと母の接客を見ていたんですよ。
そして自分が接客をするようになったときに、
あらためて考えたんですけれど、
いつも、ほんとに思ってることを
素敵に伝えたいなぁと。
それが一番、その人にとって
心の美容液になってる気がして。
言葉の美容液、っていつも思うんですけど、
自分が自信を持ってたりとか、
これを言って欲しい、っていうことを
ちゃんと分かってくれるっていうのは、
誰かがすごく興味を持ってくれて、
いつも見てくれてるっていう「安心感」と、
「信頼」が増す感じが同時にあって。
大橋
そうなんですよ。
それがヘアメイクさんの素晴らしさなんです。
初対面で心を通じ合わせていく。
特に体を触るお仕事でいらっしゃるんで。
岡田
そうなんですよ。
「初めまして」って言ったら、
30秒後に顔を触って、髪も触っていますから。
大橋
そうそう。
そこを、リライアビリティっていうんですか、
信頼感っていうか、
この人は大丈夫だっていうのはもう、
やっぱり言葉ですもんね。
岡田
そうですね。
あと私、環境ごと、
その人のオーラをつくろうと思っているんですが、
私、あんまり喋るのが得意じゃないんです。
大橋
そうなんですか!
岡田
あ、いえ、まあ、こうして喋っていますけど、
最初のころは全然上手じゃなくって。
メイク中は、特に集中したい、
っていうこともありますし、
上手に喋れないなら、
「じゃあ、なにをしよう」と思ったときに、
「そこにいたら、私は今日、大丈夫」
っていう現場をつくろうと思ったんです。
色とりどりの化粧品が気持ちよく並べてあったり、
いい香りがほのかにするな、とか、
いい音楽がちょっと聞こえてくるなぁとか、
そういうふうにしたら、入った瞬間に
「ここは大丈夫」って
思ってくれる気がしたんですよ。
「初めまして」でいきなり、
「あなたを引っ張っていくわね!」なんて
20代の頃なんて何も持っていないし、
とても言えない。
でもやらなきゃいけないので。

大橋
そっか、そっか。
岡田
「精一杯やります」っていうのを伝えるために、
何が必要だろう? と思ったら、
やっぱり「環境」は大事だなと思って。
とにかく道具をいつもきれいに、清潔にしてたら
「いずみちゃんみたいにきれいに道具使ってる人、
初めて見た」って言われたんです。
「いつもいい香りがする」とか、
そういうふうに言ってもらうことで、
私自身も「あぁここにいていい」って思えるし、
その人も「私をここに招いてくれてる人なんだ」
って、言葉じゃないところでも伝わるような。
その上で、メイクするときには、
「ほんとのことしか言わない」って決めたんです。
ほんっとに頑張ろうとしてる人、
それこそブレイクするような方っていうのは、
それを見抜くんですよね。
だから絶対安い言葉を言えない、って思って。
大橋
いや、その通り。
岡田
ほんとのことを言おうって思うと、
こちらにも見抜く目が要るんですよね。
で、私なりにも、まず会ったときに、
この人に、何が一番伝わるだろう、って見るんです。
ファーストインプレッションも大事なんですよね。
イチローさんに会ったときは、人間っていうより、
「サバンナにいるヒョウ」みたいと思って。
もう見たことのないすごく滑らかな動きで
歩いてくるんですよ。
大橋
へぇ~!
岡田
思ったより背もすごく高くって、
テレビで見るとキュッて締まってるから
細くて、華奢に思えるんですけど、
実際にお会いすると
「うわっ!!」ってなるぐらいおっきくて、
しかも、ヒョウのようにスーッて歩いてくるんです。
私もメイクをするときには、
きっとそこを大事にしなきゃいけないんだな、
って思ったんです。
私、何度もメイクしてる人でも、
目が二重である、とかは、覚えてなかったりするんです。
むしろ「オーラ」みたいなものを覚えてるんですね。
それをどうやって
メイクに落とし込んでいけばいいのかなぁって。
「オーラをきれいにする」みたいなイメージで
やっているんですよ。
大橋
なるほど。
岡田
「個性」って実はもう、その人自身がもっている。
「私」は「私」のまま、磨いていけばいい、
っていう感覚があるんです。
「誰かにならなければいけない」とか、
誰か“ふう”になってしまうと、
芸能界でもかぶってしまうじゃないですか。
だから、その人のまま、
その人になっていけばいいなぁって。
でも、何もしない、っていうのとも違う。
大橋さんが人を「磨く」のに、
どういうことをするのかな、って
知りたいと思うんですけど。
大橋
磨く、っていうか、
「細かい傷の集積が磨きだ」
っていうことも言いますね。
みんなそうだと思いますけど、
次はどうしようこうしようって、
知らないうちに日々悶々と考えていますよね。
岡田
うんうん。
大橋
それが自分たるゆえんというか、
個性たるゆえんというか、
そういうことじゃないかなと思います。
岡田
大御所の方もきっといっぱい考えてるだろうって、
おっしゃってましたよね。
大橋
イチローさんなんかも多分そうじゃないですか。
時代の象徴になっていくような人は、
ず~っと考え続ける「集中力」ですよね。
僕、想像がつかないですけど。
僕ら凡人が考える何千倍もの何かがあるんでしょう。
それが形となって表れるときに、人の心を捉える。
でも大体皆さん見せませんよね。そういうところ。
岡田
そうですね。
言わない方が多いですよね。
私たちのお仕事でいうと、
肌に対するプロフェッショナルな意識みたいなものは、
やっぱり感じますね。
大橋
そうですか!
岡田
積み重ねていくことで、
美しさがあるっていうところを、
女優さんたちはすごくわかっていて。
たとえば洗顔ひとつにしても、
家で帰って洗うっていう人が、
多分、正解なんですよ。
洗顔って、肌を傷めやすいシーンでもあって、
現場で洗うと適当になっちゃうので、
家に帰って丁寧に洗ったほうがいいんです。
大橋
はぁ!
岡田
そういうことをわかってる人は、
「あ、大丈夫、私、家に帰って洗うから」って。
日々の当たり前のことを当たり前にするというのを、
すごくわかっているんですね。
今ってレーザーとか美容機器がいろいろあって、
なんでもできちゃうけれど、
わかってる女優さんはそんなの使ったら、
「いいシワがなくなるじゃない」、
「だから私はやらない」って言います。
「一所懸命、肌を育ててるのよ」って。
大橋
はぁ~! 言うことが違いますね。
「肌を育てる」。かっこいいなあ。

岡田
50歳を過ぎたくらいの女優さんですけど。
ツルツルにしたいわけでもないし、
若さに憧れてるわけでもない。
「私は私のまま、成長していきたい」
みたいなことをおっしゃる方が、
一流の方には多くて。
そういうかっこいい言葉は、
やっぱりね、心に響きますよね。
たとえば樹木希林さんも
「せっかくできたシワをなんで消さなきゃいけないの」
っておっしゃっていました。
やっぱり何がやりたいか、ですよね。
美しく存在するだけじゃなくて、
いい作品に入りたい、
いい作品で演技をしたいって思ってる。
でも、やっぱり女優として
なにか発するものも欲しいって思ったときに、
「私は肌だと思うから、スキンケアをちゃんとする」。
特別なことじゃなくて、
毎日のことをすごく大事にしているって
おっしゃる方が本当に多いんです。
で、私たちが何か新しいものを持っていたら、
貪欲にちゃんと反応してくれたりして、
「真面目に丁寧に」っていうところを必ずやっていて。
「女優さんだから、特別なことやってるんでしょ?」
ってよく聞かれて、
「なんにもしてない」ってよく言うじゃないですか。
大橋
はい。
岡田
でもほんとにやってないって思うぐらい、
当たり前にやってるんですよね。
「あぁ、私を『磨く』って積み重ねなんだなぁ」って、
そういうときに、すごく思います。
さっきおっしゃってた、「ず~っと考える」、
そういうことと似ているのかなってすごく思いました。
大橋
岡田さん、ジェーン・バーキンさんと
お仕事をされたんですよね。
岡田
見ていただいたんですね、
ありがとうございます。
すごく素敵なことをいっぱいお話くださいました。
大橋
すごい!
岡田
「あなたのままでいいのよ」
ってメッセージをくれました。
大橋
へぇ~!
“Just way you want.”ですね。
岡田
そうです。
ちょうどそのときすごい悩んでいたんです。
それを、すぐ見抜かれました。
大橋
へぇ~!!
岡田
実は樹木希林さんにもおんなじことを言われて。
私は希林さんと1時間半、ずっと話をしたんです(笑)。
そのとき
「あなたはあなたでいいのよ」って言ってくださって。
私がこう、ちょっと伏せ目がちだったりして、
実はシャイなんだなってわかったのかな、とか。
そういうところに出るような気がしてるんですよね。
何気ないところに。
大橋
そうですね。
逆にいうと、それを見つける人は素晴らしいですね。
ちょっとしたところで、その状態を見抜いちゃう人は、
なかなかね、いらっしゃらない。
岡田
だから、自分より若いタレントさんなんかは特に、
私が引っ張らなきゃってよく思うんです。
悲しい顔のときにピークを迎える女優さんも
いるじゃないですか。
そのときに「一番いいアイラインは何ぞや」とか、
そういうことを考えるのが、すごく好きなんです。
女優さんとそういう話をしながらメイクをするんですよ。
「今日は悲しいシーンだから、
まつ毛を上げないほうがいいよね」
とか言いながら(笑)。
だから、最初にお話した、アシスタント時代に
「キレイすぎて、彼女の良さが出ない!」、
ただきれいにすればいいんじゃないと言われたことも、
そういうことなんだ、って。
「いつもいつも笑ってるのが最高にいいよ」
だけじゃなくって、
ちょっと切ない顔がものすごいセクシーな人もいる。
「いつもパッチリまつ毛上げて元気にいこう!」
みたいなメッセージだけじゃなくって、
今のままで、それでいいんだよっていう、
背中を押してあげるような、
シンクーも、そういうブランドでありたいな、
と思ったりします。
大橋
なるほど!
岡田
なので、人を育てていかれたり、
人を見抜いていかれたりした方に、
そういうお話を聞いてみたいなって思ったんです。
大橋
なるほど、なるほど。
メイクさんと違って僕らは四六時中一緒にいて、
長いこといると、まぁ、罵倒もし合ったりね、
いろんなことをして、
その人との人間関係を築いていくんですけど、
こっちがちゃんとしてないと、
相手もちゃんとしなくなりますね。
失敗するときは自分のほうに落ち度があるのが
分かるんですよ。
岡田
うんうんうん。

岡田
この「シンクー」をつくるのも、
コロナ渦で始まったことだったので、
何が一番この時代に必要なんだろう、
必要じゃないものならつくらなくていい、
つくるなら、絶対、力になりたいと思っていて。
「応援」をしたいんですよね。
お顔を潤すというのは、
言葉じゃ伝えられないようなところまで
ちゃんと潤してくれることだなぁと思っていて。
大橋
なるほど、なるほど。
岡田
大変なときって、掛ける言葉がないですよね。
大橋
そうなんです。
岡田
だからずっとそばにいて、
よしよしってしてあげることしかできない。
大橋
そうです、そうです。
岡田
でもなにか「あげたい」じゃないですか。
でもプレゼントっていっても、
そんなときは言葉は染み込まないと思うんです。
私はいつもストールを持ってるんですけど、
そういうものであっためてあげることのほうがいい。
肩を抱いてず~っと一緒にいて、
「寄り添う」ってことですね。
そしていい香りを嗅ぐとか、一緒にいい体験をして、
「いい香りだね、いいね~!」って、
それだけで何も言わないんだけれど、
なにか、私があなたに思っているものを届けたいと、
その気持ちを伝えたい。
大橋
ええ。
岡田
そういえば、映画だったか小説の一節だったか、
こんな話を聞いたことがあるんです。
昔むかしのお話で、ある国の習慣では
誰かに感謝であるとか、愛情を伝えたいとき、
自分の気持ちに近い印象をもつ「石」を探して、
それにメッセージを託してプレゼントした、
というんですね。
私、その「言葉にできない想い」を石に託すって、
なんて素敵なんだろうと思いました。
そしてそれはどんなものだったのかと想像をして‥‥
珍しい色の石だったのかな? とか、
角のとれたやわらかな丸石だったのかも? とか、
あるいは、宝石のように輝くような石だったり、
触ると太陽の温もりを感じるような石だったりしたのかな、
きっと、その時の気持ちを表現するのにふさわしい石を、
一所懸命になって探したんだろうな‥‥と。
そしてそれをもらった人は、
どんなふうに受け止めたんだろう? 
とてもロマンティックだと思ったんです。
思えば、私も、ヘアメイクになりたての頃は
言葉で盛り上げることができなかった。
ですから、持ち物を清潔にして
安心してもらうようにしたり、
オーガニック精油のアロマの香りで
軽やかに華やぐ場を作ったり。
現代で感謝や愛情を象徴するような
「石」を探すのは難しいことですから、
せめて「いい香り」をプレゼントしたいなって。
そんなふうに、言葉ではないところで
おもてなしをしていました。
もちろんそれは飲み物でも、
キャンディでもいいと思うんです。
そこにあるもので、
自分の心をあげられたらいいなぁと思っています。
大橋
あぁ、勉強になりました。
ありがとうございます。
それこそ「母性」ですよ。
岡田
そうありたいと思います。
大橋さん、ありがとうございました。
大橋
こちらこそありがとうございました。

(終わります)

2022-04-01-FRI

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