さまざまなことが
「これまで通り」ではいかなくなったこの1年。
演劇界でもさまざまな試行錯誤があり、
それはいまもなお続いています。
お芝居の現場にいる人たちは
この1年、どんなことを考えてきたのか、
そして、これからどうしていくのか。
まだまだなにかを言い切ることは難しい状況ですが、
「がんばれ、演劇」の思いを込めて、
素直にお話をうかがっていきます。

第3シリーズにご登場いただくのは、
作家・演出家の鴻上尚史さんです。
ほぼ日には以前、
世界をつくってくれたもの。」にも出てくださいました。
今回は、芝居をつくる中で感じたことや、
SNSを通して感じたことなどをうかがいました。
演劇を主に取材するライター中川實穗が
聞き手を務めます。

>鴻上尚史さんのプロフィール

鴻上 尚史(こうかみ しょうじ)

1958年、愛媛県生まれ。
演出家、作家。
早稲田大学在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げ。
1987年「朝日のような夕日をつれて」で
紀伊國屋演劇賞受賞、
1994年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞受賞、
2010年「グローブ・ジャングル」で
読売文学賞戯曲賞そのほか受賞多数。
おもな著作に
「空気」を読んでも従わない 生き苦しさからラクになる
鴻上尚史のほがらか人生相談』シリーズなど。
最新刊は『演劇入門 生きることは演じること
(集英社新書 2021年6月17日発売)

最新作の舞台は
KOKAMI@network vol.17
アカシアの雨が降る時」(作・演出)。
東京公演は2021年5月15日~6月13日。

ツイッターアカウント:@KOKAMIShoji

鴻上尚史さんが作・演出を手掛ける舞台『アカシアの雨が降る時』は現在上演中!

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第1回 あの空席は、なるべくだったら見たくはなかった。

――
本日はオンラインですが、
どうぞよろしくお願いします。
鴻上
はい、よろしくお願いします。

――
鴻上さんは現在、
舞台『アカシアの雨が降る時(6月13日まで上演中)』の
お稽古中ということで、
お忙しいときにありがとうございます。
コロナ禍で鴻上さんが初めて手掛けられた、
昨年10~11月上演の
KOKAMI@network『ハルシオン・デイズ2020』
(作・演出 鴻上尚史)
の時とは、なにか変化はありますか?
鴻上
いや、まったく同じです。
2週間に1回PCR検査をするのも、
床やテーブルや椅子を毎回消毒するのも、
1時間おきくらいに窓を開けて換気するのも
まったく同じ。
『ハルシオン・デイズ』をやっていた去年は、
まさかまさか来年の4月に
同じことしているとは夢にも思わなかった。
もうちょっと収まってるだろうと思ってたから。
――
いま、お芝居はつくりにくいですか?
鴻上
それはそうですね。
しかも状況は悪くなってる。
『ハルシオン・デイズ』のときは
フェイスシールドを着けて稽古をしていたんだけど、
その後、フェイスシールドはあまり効果がなさそうだ
ということがわかってきたので、
今は不織布マスクを着けて稽古をしています。
フェイスシールドだったら、
透明だから相手の表情は見えたんだけど、
今はみんなマスクで顔半分隠れているし、
俳優さんのストレスはすごく大きいと思う。
――
表情ってやっぱり
お芝居には大事なことですもんね。
鴻上
そうそう。
――
演出をつけるうえでは変わりないですか。
鴻上
そこはそうだね。
ソーシャルディスタンス演劇というのも今はあるけど
この作品に関しては
そうしないほうがいいと思ったので
そのままやっています。
ただ、書くうえでは、
この時期だから大人数のものは
書けないだろうと思った。
それで、最低限の人数で面白くできる芝居ということで、
三人芝居にしました。
――
緊急事態宣言下で、
劇場が開くのか開かないのかとか、
客席も50%なのか100%なのかとか、
不安定な状況が続いていますが、
そういうことはつくるうえでも響きますか?
鴻上
もちろんそれはストレスになるよ。
去年の『ハルシオン・デイズ』のときなんて、
客席は50%までとなっていた時で、
自分の40年くらいの演出家キャリアの中で、
こんなに空席を見たのは初めてっていうくらいだった。
やっぱり衝撃だったよね。
ただ、俳優さんも俺も、
これだけ空席があるけれど
「演劇ができた」っていうことが
やっぱりうれしかったから。
衝撃半分、喜び半分ではあった。
でもほんと言うと、
人生の中であの空席は
なるべくだったら見たくはなかったとは思うわけ。

――
そうですよね。
鴻上
演劇は、映像と違って、
総キャパ数が最初から限られるものなんだけど、
その限られたキャパ数の中で
なるべく多くの人に観てほしいってことは、
つくっていると思うから。
自分ではいいものができたと思ってるから、
やっぱり多くの人に観てほしいって
すごく思うんだよね。
――
このコロナ禍で、鴻上さんが手掛けられた舞台は、
4作で、そのうち2作が公演中止になりました。
中止、というのはどのような体験でしたか?
鴻上
まぁでもそれはさ、
たぶん自分たちだけだったら
かなり落ち込んだと思うんだけど、
その時はみんなそうだったからね。
あの頃は「もう暗い話やめようよ」と言ったくらい、
演劇人は会うたびごとに暗い話だった。
もう何本中止になった?」とか、
「いつ中止になった?」
‥‥っていうのはつまり、
「稽古前に中止になったの?
稽古中に中止になったの?」ってことなんだけど。
一番悲惨なのは、開幕直前の中止だった。
――
そうですね。
鴻上
そういう人がたくさんいたのでね、
そういう面では「自分だけじゃない」っていうのが、
支えにはならないけど、なんだろうなあ‥‥
ギリギリ「しょうがない」って思えた理由かな。
――
鴻上さんが演出を手掛けられた
虚構の劇団の第15回公演『日本人のへそ』は
私もチケットを持ってたのですが、
2020年5月15日開幕予定で、
5月4日に公演中止のお知らせが届きました。
その時期の他の公演は早々に中止を決めた中、
かなりギリギリまで粘ってくださったと
感じたのを覚えています。
鴻上
『日本人のへそ』は、
中止を決めるまでは、
「稽古場にはMAXでも役者3人まで」
と決めて、稽古を続けていました。
スタッフも入れないようにして、
役者と俺と制作1人で稽古してたんだけど、
結局、「緊急事態宣言が延長になります」という時点で、
「ああ、これはもうだめだな」と思ったんだよね。
――
ギリギリまでなんとかしてつくろうとしていたのは、
創作意欲なのでしょうか?
鴻上
それについてはね、
去年、コロナ禍で
演劇界が大バッシングを受けたでしょう。
――
昨年の、劇場への自粛要請に対して
休業補償を求めた時のことですよね。
鴻上
その時に、
「演劇だけ特殊だと思ってるんだろう」
って言われたんだけど、
そんなこと微塵も思ってなくてね。
パン屋さんがパンを売るように、
八百屋さんが野菜を売るように、
演劇人はやっぱり演劇をつくって
お客さんに見せることが仕事なので。
自分たちが毎日仕事としてやってることを
続けたいと思ってた。
去年の2月26日に、
この日にちはもう
忘れられない日にちになりましたけどね、
自粛要請を受けて。
そのときに俺が
「自粛要請と休業補償はセット」と言ったのは、
別に演劇界だけの話じゃなくて、
飲食業界も冠婚葬祭も旅行業界も全部含めて、
自粛であれば休業補償をしてもらいたいということで。
そこで演劇界のことを言ったのは、
「自分たちの仕事だから」っていうだけの
ことなんだよね。
――
はい。
鴻上
つまり俺はね、
アーティストだからっていうような感覚よりは、
「いやいや、これ仕事なんだからさ」
「仕事をやめてねって言うんだったら、
休業補償はセットじゃないですか」
っていう単純な発想だった。
ただまぁ、周りはね、マスコミも含めて、
やっぱり冠婚葬祭の人たちの苦しみよりも、
演劇界とか音楽界を取り上げるほうが目立つから
っていうのがあって、
そこがやっぱり、なんだろうな、
今から思うと、実に混乱したんだよね。
つまり、取り上げてはほしいけど、
こうやって取り上げられ続けることは、
バッシングの標的になるためにやっている、みたいなさ。
ちょっとこう‥‥矛盾した感情がすごくあった。

日程:2021年5月15日(土)~6月13日(日)
劇場:六本木トリコロールシアター
作・演出:鴻上尚史
出演:久野綾希子、前田隆太朗、松村武
HP:http://www.thirdstage.com/tricolore-theater/acacia2021/

 

(つづきます)

2021-06-09-WED

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