傑作『子供はわかってあげない』が
映画化される漫画家の田島列島先生に、
インタビューさせていただきました。
講談社『モーニング』編集部の編集者・
篠原健一郎さんとともに語る、
デビューのきっかけ、創作のこと、
物語とはなぜ必要か‥‥などについて。
田島先生のファン代表として
「ほぼ日」奥野がうかがってきました。
全4回、どうぞお楽しみください。

>田島列島さんのプロフィール

田島列島 プロフィール画像

田島列島(たじまれっとう)

「田谷野歩」のペンネームで「モーニング」(講談社)に読み切り『ごあいさつ』『官僚アバンチュール』を発表。その後、ペンネームを田島列島に変更し『おっぱいありがとう』『お金のある風景』『ジョニ男の青春』と読み切りを次々と発表、2014年に『子供はわかってあげない』で連載デビュー。本作はマンガ大賞 2015 で 2 位にランクインしている。「別冊少年マガジン」での連載が大好評を博した『水は海に向かって流れる』は各マンガ賞にランクイン後、2020年に第24回手塚治虫文化賞新生賞を受賞した。『子供はわかってあげない』(上・下)田島列島著(講談社)定価:各693円

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第4回 風が吹いたらいいなあと思う。

──
田島先生にとって編集者の存在って、
どういうものですか?
田島
そうですね‥‥最初のころは、
ごはんとかも食べさせてくれるけど、
すごいボツとか出してくるし。
篠原
そうっスよね(笑)。
田島
う~ん、何ていうのかな、
まあ、敵だとは思ってました(笑)。
──
敵かあ(笑)。
田島
でも、そのころに言われたことって、
ありがたくて、
いまもすっごく残っているんです。
たとえば、主人公は
もっとがんばっててほしい‥‥とか。
ふつうのことかもしれないけど。
──
田島先生が新人賞に応募したころは、
篠原さんも
まだ新人時代だったと思いますが、
ふたりで一緒に成長してきたって感じも
あったりしますか?
篠原
ああ、それはあるかもしれないです。
もちろん、新人のころから
大御所作家さんの担当もするわけですが、
『子供はわかってあげない』が、
最後‥‥きちんと完結したときって、
ぼく、すごくホッとしたんで。
──
ホッと。
篠原
はい、いや、連載が決まったときも、
実際に連載がはじまったときも、
そのたびごとに、ホッとしてました。
それはたぶん、当時の新人の中でも、
もっとも異彩を放っていた
この田島さんという人を
連載作家にできなかったら、
漫画編集者なんて
辞めたほうがいいんじゃねぇかなと
思っていたので。
──
おお。
田島
わあ。
篠原
こんな天才みたいな人を
作家にすることすらできないんなら、
それはたぶん、向いてないです。
だから、この先、もし連載にならなかったり、
ちゃんとした作家になれなかったりしたら、
それは俺がむしろ邪魔してるんじゃないかとか、
あるいは
『モーニング』が邪魔してるんじゃないかとか。
──
なるほど。
篠原
極端なことをいうと、漫画編集者なんて、
どこかの「原石」を
漫画家として
世の中に送り出すことができない限り、
どれだけ徹夜とかしてても、
仕事ができていないのと同然な仕事だと
思うんですよ。
漫画家さんって、
いったん世の中に出てしまえば、
その人次第でどこまででもいけますから。
──
最初の一歩が重要で、
その一歩をサポートするのが漫画編集だと。
篠原
極論ではありますけど、
そういう側面があることは忘れずに
仕事をしたいなあと。
──
その「サポートする」というとき、
いろいろなレベルがあると思うんですけど、
漫画の編集者さんって、総じて、
そのコミットメントの度合いが高いような、
そんな気がするんです。
篠原
というと?
──
つまり、たとえば何かにダメ出しするとき、
自分の主観とか好みを押し付けることに
なるかもしれない‥‥とかは考えませんか。
篠原
たぶん、なんですけど、
漫画の編集者と漫画家の関係性というのは、
「本業」のそれなんです。
つまり、ぼくとやっている仕事が、
その漫画家さんにとっての本業なんですよ。
──
ええ、ええ。
篠原
小説家の方が、
文芸誌以外の雑誌に短い文章を寄稿したり、
研究者の方が
新書に書いたりすると思いますが、
多くの場合、別に本業があるわけですよね。
──
はい。
篠原
でも、ほとんどの漫画家さんにとって、
いまぼくとやっている仕事が本業なんです。
つまり、この目の前の仕事がダメになれば
生活をしていけないわけで、
その責任を負っているというか‥‥
精一杯、
こちらも応えなきゃならないと思うんです。
──
はあ‥‥。
篠原
なので、意見を言うときも本気なんですよ。
当然ですけど。
できるだけ客観的であろうとはするけれど、
それは結局「俺の意見」でしかない。
でも、重要なのはたぶん、そこじゃなくて。
──
「俺の意見」を「本気で言っている」こと。
篠原
この漫画を世に出したとき、
この作家さんの作品として読者が納得して、
鑑賞するに堪えるクオリティに達するかを、
点検しているつもりではあるんです。
なので、
この作品をこのまま出してしまったら、
作家として
良くない方向へ言ってしまうかもと思えば、
全力で止める傾向にはありますね。
──
なるほど。
田島
なるほど。
篠原
ただの「俺の意見」でしかないんですけど、
でも、伝えざるを得ないんです。
そうしないと、いまはよくても、
5年後には食えなくなるんじゃないかとか、
そういうことは常に考えてます。
──
漫画編集者さんの「覚悟」を見る思いです。
ひとつ、「物語」っていうものは、
人間にとってなくてはならいものだなあと、
自分は思うことがあるんですけど。
田島
ああー。
──
田島先生は、どう思いますか?
人間にとっての物語というものについて。
田島
お金があんまりないときには、
たぶん、わたしはまず食べ物を買うんです。
漫画は買わない、きっと。
そう考えると、「物語」って
本当には必要じゃないっていうような気が、
けっこう昔はしていたんです。
──
ええ。
田島
でもわたし、漫画を描いているときに‥‥
たとえば、
本当に泣きながら描いていることもあって。
──
ああ‥‥。
田島
つまり‥‥心が整頓されるっていうのかな、
描いている本人が救われているんです。
だから、人間にとってかはわからないけど、
すくなくとも、
自分にとっては絶対に必要なものだなあと。

『子供はわかってあげない』下巻より ©︎田島列島/講談社 『子供はわかってあげない』下巻より ©︎田島列島/講談社

──
そうなんですね。そうかあ‥‥。
田島
他の人たちにも必要なものかどうか‥‥は、
この先もっと描き続けて、
ずっと描き続けてくことでわかりたいです。
篠原
自分自身を救うために描いている物語って、
たぶんですけど、
無数の他の誰かの人生も救う物語だと思う。
田島
うん。
──
田島先生の漫画には、
まったく言葉で表現できないんですけど、
独特の雰囲気があると思うんです。
漫画を読んだというより、
透き通るような声の歌を聞いたみたいな。
篠原
ああ。
──
ご自身では、どうですか。
自分の作品がまとう「雰囲気」って何か、
言葉になってたりしますか?
田島
わたしは「風が吹いたらいいなあ」って。
──
おお。風。
田島
あるいは、
夏に窓を開けたら夏の匂いがしますよね。
そういう漫画になればいいなと思います。
篠原
温度と匂いを描ける作家になりたいって、
初投稿のころから言ってましたよね。
──
どうして、そういう作家になりたいと?
田島
んーーー‥‥なんでだろ‥‥たぶん‥‥
いままで自分が生きてきて、
うれしかったり、
気分がよくなったりするようなときって、
お金がもうかったとか、
他の人に褒められた‥‥とかじゃなくて。
──
なくて。
田島
「窓を開けたら、風が気持ちよかった」
みたいなことばかりだったんです。
──
なるほど。
田島
昔から、それだけで幸せになれたんです。
だから、自分の描く漫画にも、
その雰囲気があればいいなあと思います。
そういう漫画を描ける人になりたいって、
思ってるんだと思います‥‥わたし。
篠原
いま、聞いていて思ったんですけど‥‥。
で、こういう言葉で
田島列島作品を語ったこともないけれど。
──
ええ。
篠原
もしかしたら、田島さんの作品は、
「生きることを肯定しようとしてる漫画」
なのかもしれないなと思いました。
人生讃歌というと、ま、大げさですけど。
──
でも、わかります。その感じ。
田島
やっぱり「生きていく」って大変だから。
──
ええ。
田島
だから、わたしは、姪っ子だとか
自分よりちいさい人に
お手紙を書いたり、
お話を聞かせてあげるような‥‥
そういう気持ちも、
はい、
どこかに、たしかに、あるなと思います。

『子供はわかってあげない』下巻より ©︎田島列島/講談社 『子供はわかってあげない』下巻より ©︎田島列島/講談社

(おわります)

2021-08-23-MON

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  • 父親さがし、探偵、超能力、新興宗教、
    夏休みの冒険譚、そして恋愛。
    原作のみずみずしさが、
    そのまま映っているのがすばらしい。
    朔田さん役の上白石萌歌さん、
    門司くん役の細田佳央太さんが、いい!
    新興宗教の元教祖でお父さん役の
    豊川悦司さんが、とってもいい‥‥。
    監督は『南極料理人』『滝を見に行く』
    『モリのいる場所』の沖田修一さん。
    2時間以上ある作品ですが、
    見はじめたら「あっと言う間」でした。
    8月20日(金)から全国公開。
    詳しいことは公式サイトでご確認を。

    ©2020 「子供はわかってあげない」製作委員会
    ©田島列島/講談社