きっと誰もが知ってるかわいい絵巻、
鳥獣戯画。有名ですよね。
いま、東京国立博物館で
全4巻の全場面が展示されています。
これ、史上初の快挙なんだそうです。
(新型コロナで休業中ですが)
何人もの腕利きの絵師が、
何十年もの時間をかけて描き継いだ、
全長44メートルのオチなき物語。
すっかり知ってるつもりだったけど、
聞けば聞くほど知らないことだらけ。
その謎、ふしぎ、歴史とすごみ、
おもしろさ‥‥などなどについて、
土屋貴裕先生に、うかがいました。
担当は、ほぼ日の奥野です。
再開の日がくることを、祈りながら。
(緊急事態宣言の前の取材でした)
土屋貴裕(つちやたかひろ)
東京国立博物館 学芸研究部調査研究課絵画・彫刻室長。専門は日本絵画史。特に古代中世のやまと絵、絵巻。東京文化財研究所研究員を経て、2011年より東京国立博物館研究員。「鳥獣戯画京都高山寺の至宝」(2015年)、「国宝 鳥獣戯画のすべて」(2021年)等の特別展を担当。主な著作に、高山寺監修・土屋貴裕編『高山寺の美術』(吉川弘文館、2020年)、土屋貴裕・三戸信惠・板倉聖哲『もっと知りたい鳥獣戯画』(東京美術、2020年)。
- ──
- よく言われることかもしれませんけど、
鳥獣戯画を描いた人は、
やっぱり絵は「うまい」んでしょうか。
- 土屋
- うまいです。巻物というのは、
右から左へと見ていくものなんですね。 - 時間も右から左へ流れていくわけです、
その場合。
- ──
- はい。
- 土屋
- でも、甲巻には逆向きの場面がある‥‥。
- つまり、
追いかけっこしている猿が、
左から右へ逃げていったりしてるんです。
- ──
- 時間を遡行する猿!
- 土屋
- これが、ただのいたずら描きならば、
そんなに複雑で凝った表現は、
まずしないだろうという気がします。 - よほど絵のうまい人が、
考え抜いた構成で描いているんです。
- ──
- へええ‥‥おもしろい。
- 先ほどオチはないと言われましたが、
そもそもストーリーはあるんでしょうか。
- 土屋
- それも薄い‥‥ないと言ってもいいほど。
- とりあえず、
兎・猿・蛙の主要な登場キャラクターが
最初から最後まで出てきますが、
彼らが長編ドラマを演じているのでなく、
舞台も演者も取っかえ引っかえ‥‥
本当に短編、四コマ漫画の集合体ですね。
- ──
- なるほど。
- 土屋
- 甲巻なんかは、とくにそう。
- ──
- 甲巻というのは、中でもいちばん有名な。
- 土屋
- 他の巻も、ちいさな場面の連続で、
前後のつながりが
あまり見出せないんですよ。 - 四コマ漫画の「サザエさん」とか
「コボちゃん」を、
見続けているような感覚なんです。
- ──
- オチや前後の脈絡のあるほうが、
圧倒的に描きやすいと思うんですけれど、
そんな極めてシュールな作品を、
延々「約44メートル」も描いたのって。 - そういう意味でも、すごい作品ですね。
- 土屋
- その「約44メートル」だって、
ひとりでぜんぶ描いているわけじゃない。 - そこがまた、おもしろいところ。
- ──
- はい。
- 土屋
- さまざまな説が唱えられているんですが、
鳥獣戯画には、
何名かの描き手が関わっていて、
それぞれ、描かれた時代も違うんですね。
- ──
- 時代、というと‥‥。
- 土屋
- 少なくとも、
最初を描いた人と最後を描いた人の間に、
何世代かの時間的間隔がある。
- ──
- 何世代‥‥何十年くらい?
- 土屋
- 50年とか。
- ──
- えええ、そんなにですか。50年!
- 土屋
- あとに描かれた巻を描いている作者は、
明らかに、
先に描かれた巻を見て‥‥
パロディやオマージュみたいな表現を
していたりもするんです。
- ──
- 800年前に描かれたとのことですが、
当時から、
あの山深い高山寺にあったんですか?
- 土屋
- いや、ない。
- ──
- ない。
- 土屋
- はい、高山寺にはなかった。
- 最古の記録は室町時代にさかのぼります。
その時点では高山寺にありました。
ただ、その前の記録が残ってないんです。
- ──
- つまり1500年代くらいになるまでは、
どこにあったのか、わからない。
- 土屋
- そうなんです。高山寺が建立されて以降、
どこかの時点で、
どこかから持ち込まれたんだと思います。
- ──
- 謎めくなあ。
- 鳥羽僧正という人が描いたっていう説は、
今は否定されているんですよね。
- 土屋
- そうですね。鳥羽僧正説をとなえたのは、
江戸時代の人なんです。 - 鳥羽僧正は「嗚呼絵(おこえ)」という
おもしろおかしい絵を
たくさん描いていた人だったので、
ちゃんと研究しないまま
「あれ鳥羽僧正でしょ」くらいな感じで
見当をつけた説が、
その後数百年、伝わってしまったんです。
- ──
- そんなことがあんですか。
- 美術の歴史というものは、
洋の東西を問わずおもしろいものですね。
- 土屋
- まったく根拠のない話なんですよ。
- ──
- ただ、描いた人が鳥羽僧正だとか有名だと、
それだけで
オーソライズされたりするじゃないですか。
大事にされますよね、単純に。 - でも、誰が作者かわかんないようなものが、
800年もの間、大事にされてきた。
- 土屋
- 逆にいうと、日本の古い絵で
作者がわかるものってほとんどないんです。 - 江戸時代より前の時代で、
有名な画家の名前って誰か挙げられますか。
- ──
- ええーー‥‥詳しくないですが、
狩野永徳さんとか‥‥長谷川等伯さんとか?
- 土屋
- あるいは、雪舟とか。それくらいですよね。
- でも実際には、もっともっと、
名もなき絵師がたくさんいたはずなんです。
作品が、たくさんが残されているから。
- ──
- そうか、「証拠」が。
- 土屋
- 作品に署名したり名前を残したりするのは、
ごくごく最近のことなんですよ。 - それ以前の絵画作品というのは、
そのほとんどが、誰が描いたかわからない。
- ──
- ああ、等伯さんのことを取材したときにも、
同じような話をうかがいました。
- 土屋
- つまり、その時代においては
作者が有名人かどうかっていうことよりは、
正しく作品自体の力、美しさ、魅力とか、
そういった価値観を基準に、
残されるべき作品が残されてきたんですよ。
- ──
- 鳥獣戯画の場合も、その絵の魅力によって、
800年もの間、
紙でできた巻物が大切にされてきた‥‥と。 - ちなみにですが、土屋先生の思う
鳥獣戯画の魅力とか力って、何でしょうか。
- 土屋
- いろいろ、さまざま、あるんですけど‥‥。
- この絵が、同時代の他の絵と、
まったく異なる点がひとつ、あるんですね。
- ──
- おお、何ですか!?
- 土屋
- それは色がつけられていない、ということ。
- 当時の多くの絵巻物って
着色されてるんです、基本。
で、色をつけるっていうことは、
下描きをして色を塗り、
もういちど輪郭線を起こすんですね、墨で。
- ──
- ええ、ええ。
- 土屋
- でも、鳥獣戯画では色を塗っていない。
ということは、線だけの‥‥
モノクロームの「一発勝負」なんです。 - 一発勝負ってことは、訂正が効かない。
つまり、
絵の達人がガチで描いた作品なんです。
- ──
- これ一発勝負なんですか‥‥!
てことはライブ感のある感じなんですかね。
- 土屋
- そう、もしかしたら、
誰か観客が見ているところで描いてたかも。
- ──
- ライブペインティング、みたいな?
- 土屋
- 江戸時代にも「席画」と言って、
お酒を飲みながら絵を描くみたいなことを
やったりしています。 - そういったパフォーミングアートのはしり、
みたいなものだったのかもしれない。
- ──
- そういう見方もあるんですね‥‥なるほど。
- ひとつ、鳥獣戯画を解体修理したときの
「相剥ぎ」と呼ばれる技法のことを知って、
めちゃくちゃびっくりしたんですけれど。
- 土屋
- ああ、すごいですよね。
- 1枚の紙‥‥和紙を、
表と裏の2枚にわける伝統的な技術ですね。
和紙を水で濡らし、竹のへらの先を用いて、
薄く2枚に剥いでいくんですけど。
- ──
- とんでもなくないですか、その技術。
- 土屋
- 繊維が何層にも重なっている和紙だからこそ、
できる業ですよね。
- ──
- はああ‥‥。
- 土屋
- 本来は、手紙だとか、
1枚の紙の表と裏に描かれているものを、
掛け軸などにする場合の技術です。 - で、鳥獣戯画の場合は「丙巻」が、
表と裏に絵が描かれていたんです。
- ──
- でも、そのままだと見づらいから‥‥。
- 土屋
- はい、それに、絵巻を巻くときに
裏側の絵がこすれてしまったりするので、
江戸時代に、
表と裏を2枚に剥がしたようです。 - ちなみに、相剥ぎって、
偽物をつくるときによく使われたらしくて。
- ──
- えっ、なんと。
- 土屋
- 水墨画なんかだと墨が裏に染みているので、
相剥ぎして2枚にして、
裏側を元に偽物をつくったりしたそうです。
- ──
- すごい世界。そこまでして贋作をつくった。
- 土屋
- おもしろいですよねえ。
(つづきます)
2021-05-20-THU
-
かつて、マッキー片手にオランダをめぐり
「ひまわり」はじめ、
ゴッホの名画を模写した経験を持つ先生が、
日本の誇る「鳥獣戯画」の複製を模写。
兎が、猿が、蛙が‥‥。
スライドショー形式で、お楽しみください。
※特別な許可を得て模写しております