2022年6月6日におこなわれた、
ほぼ日の24周年記念企画「ほぼ日の時間」。
このなかで、
高井浩章さん(『おカネの教室』著者)、
田中孝幸さん(『13歳からの地政学』著者)
という新聞記者のおふたりと、
糸井重里が自由に話す時間がありました。
このときの話がとてもおもしろかったので、
ほぼ日の読みものとしてご紹介します。
世界のニュースについて
専門的な知識をたっぷり持ちながら、
詳しくない人への説明も得意なおふたり。
まさにいまみんなが聞きたい
「国際ニュースの雑談」をしてくださいました。
ぜひお読みになってみてください。
高井浩章(たかい・ひろあき)
経済記者。『おカネの教室』著者。
1972年、愛知県出身。
経済記者として25年超の経験をもつ。
専門分野は、株式、債券などのマーケットや
資産運用ビジネス、国際ニュースなど。
三姉妹の父親で、
デビュー作『おカネの教室』は
娘に向けて7年にわたり
家庭内で連載していた小説を改稿したもの。
趣味はレゴブロックとビリヤード。
Twitter @hiro_takai
note
田中孝幸(たなか・たかゆき)
国際政治記者。
『13歳からの地政学』著者。
大学時代にボスニア内戦を現地で研究。
新聞記者として政治部、経済部、国際部、
モスクワ特派員など20年以上のキャリアを積み、
世界40か国以上で政治経済から文化に至るまで
幅広く取材した。
大のネコ好きで、いまはロシアから
連れて帰ってきたコと一緒に暮らしている。
コロナ禍の最中に生まれた
長女との公園通いが日課。
Twitter @spiritof1993ya1
- 田中
- モスクワに住んでいた頃、
よくロシアの人たちから
「モスクワとサンクトペテルブルク
だけ見ていても、
ロシアのことはわからない」
と言われたんです。 - 「君はモスクワに住んでいるけど、
ここは違うから」
「ここはロシアじゃない」
「もうひとつ、ほんとにすごい
ロシアがあるんだ」と。
- 糸井
- 確かに日本のニュース番組でも、
ロシアと言うとモスクワの映像ばかりが
流れてきますよね。
だから僕らとしてはやっぱり、
モスクワのイメージがありますけど。 - でも、その他の場所が
あんなにたくさんあるのに
GDPなどはめちゃくちゃ低いわけだから、
そんなに国全体にいろんなものが
行き渡っているわけがないですよね。
- 田中
- まあ冷戦後‥‥なんというか、
1990年代の混乱期と比べれば、
人々の生活は良くなってはいるんです。
- 高井
- 混乱期に比べるとね。
- 田中
- ですからロシアの高齢者の人たちは、
昔を知っているので
「いまのほうがいいじゃないか」
と考えるわけです。 - 1990年代はもう、
超インフレで、超格差があって、
いろんな企業とかが国の資産を収奪して、
マフィアとかも無茶苦茶で、
女性は売春婦になることを強いられる
‥‥みたいな、
そういうイヤなイメージが強いですよね。 - で、少なくともそれは脱したと。
「せめて生活はできる」
「飯も食える」というのはあって、
高齢者たちにとっては
「前よりもいいじゃないか」と。 - だからいま60、70代の人たちからすると、
プーチンもいろいろ面倒で、
とんでもない奴かもしれないけど
「あの頃よりはいいじゃん」
という感覚がある。
- 糸井
- 「最悪の状態から、よく抜け出させてくれた」
- 田中
- そうそう。
「最悪よりはいまのほうがいいだろう」
と思っている。 - それはそうでしょう。
フェアに見て、いまのほうが昔よりも
良くなっているんですよ。 - さすがに政権って、みんながある程度
その有用性を認めていなければ、
どんな抑圧的な独裁政権でも
成り立たないと思うんです。 - ですからいまのロシア政権も、
ある一定の国民からの支持というのは
あるんですよね。
- 高井
- うん、うん。
- 田中
- だけど若い20、30代は
昔を知りませんから、
「何やねんそれ」っていう。 - 欧米とかを見ている彼らは
「なんでうちの国はこんなにひどいんだ」
となるわけです。
- 高井
- そうそうそう。
- 田中
- だから2月24日のウクライナ侵攻を受けて、
たくさんのロシア人の若者が、
ものすごい勢いで国外に脱出して
移民になっているんです。
それはもう、逃亡に近い感じで。 - そういった世代間の分断も、
ものすごくあると思います。
- 糸井
- ロシア政府的には
「戦争じゃない」と言っているわけだから、
国外に出る権利はみんなあって、
出ていっちゃうということですよね。
- 田中
- そうですね。
引き払って、ジョージアとかの
暮らしていけそうなところにいくわけです。
- 糸井
- ツテを辿って、仕事まで持っていくとか。
- 田中
- そうですね。
私の友人でもいますけど、
ロシアってIT人材がけっこういるんですよ。
非常に優秀な人だと、英語もできますし。 - そういったスキルがあれば
国外でも飯は食えるので、
そんなふうにパッと逃げた人はけっこういます。 - ですから
「ロシアって、今回のウクライナ侵攻で
相当若い有能な人材を失ったな‥‥」
という印象がすごくあります。
- 糸井
- きっと、発表されている数を超えたものが。
- 田中
- 発表されている数だけでも、
すでにすごいことになっています。
出国数というか、逃亡数というか。
- 糸井
- 家族で動いて良いわけですものね。
- 高井
- それは全然問題ないですよ。
- 田中
- あとは若者ですから、
パートナーと一緒に行くとか、
一人で行く人もいて。
- 高井
- 建前上は、戦争だとは言っていないので。
- 田中
- 「戒厳令」とか言っていないので。
- 糸井
- 止められないんですよね。
- 田中
- 止められないと思います。
- だけど、それでも彼らはこれまで
国内に留まっていたんです。 - なぜかというと、やっぱり人は
自分の国にいたいものですよ。
ちょっと変でも、国を捨てたくないですよね。
外国に行くと、いくら有能でも
不都合は多いですし。 - それでも見切った人が多いというのは、
今回のウクライナ侵攻が
人々にとって、どれだけのショックを
もたらしたかということですね。
- 糸井
- つまり地方のお年寄りたちは
「昔より良くなった」と思っているから、
政権を支持している。 - けれどもニュースが普通に入ってくる
若い人たちとか、
ほんとにひどい昔を知らない人は、
「ここにいないほうがチャンスがある」
「いたらきつい目に遭うぞ」
という予感で逃げるというか。
- 田中
- そうですね。
絶望したんだと思いますね。
- 糸井
- それは、相当な絶望でしょうね。
- 田中
- 息を呑むような絶望だな‥‥
と思うんですよね。
- 高井
- 経済的にもこれだけ制裁されて、
しかももう、引くに引けなくなっているので。
「どこかで手を打って、
制裁が解除されて」
という未来が見通せないですから。 - 経済的には、これから何年も経つと
かなりのダメージを受けるんですよ。
それがもう、目に見えているので。 - だから現地で、これから人生を
作ろうと思っている若い世代からしたら、
絶望的な状況だと思います。 - 「逃げられるなら逃げよう」
となるのはすごくわかります。
(つづきます)
2022-08-05-FRI