国際情勢やニュースの背景を
物語形式でわかりやすく学べる、
2022年上半期のベストセラー
『13歳からの地政学』。
糸井重里も一気に読んだこちらの本の著者、
田中孝幸さんに、「ほぼ日の學校」に
登場いただけることになりました。
で‥‥実は収録自体もまだなのですが、
2022年4月22日の事前打ち合わせで
田中さんがしてくださったお話が、
ロシア・ウクライナ関連の話題の多い、
まさに「いま聞きたい内容」だったので、
授業に先がけて、テキストバージョンで
紹介させていただくことにしました。
読むと「くわしい方はこんな視点で
見ているんだ!」がわかります。
いずれ登場する、田中さんの授業の
ウォーミングアップとしても、ぜひ。
田中孝幸(たなか・たかゆき)
国際政治記者。
大学時代にボスニア内戦を現地で研究。
新聞記者として政治部、経済部、国際部、
モスクワ特派員など20年以上のキャリアを積み、
世界40か国以上で政治経済から文化に至るまで
幅広く取材した。
大のネコ好きで、いまはロシアから
連れて帰ってきたコと一緒に暮らしている。
コロナ禍の最中に生まれた
長女との公園通いが日課。
- 田中
- 寿司の話をもうすこし続けると、
ロシアの極東のサハリン(樺太)って、
隣が世界有数の漁場なんです。
ですけど日本食レストランにすら、
まともな生魚がない。
刺身も冷凍のものしかないんです。 - 近くに位置する北海道の
グルメ観光地としての繁栄を考えると、
信じられないことです。
私の友人が
「ロシア人は無能だから、こうなんだ」
と嘆いたことがありました。
でも、私はそれは完全に
地理的条件も含めた「環境」によるもので、
民族の優劣の問題ではないと思っています。 - 刺身が食べられない直接的な理由としては
「流通のシステムが弱いから」ですね。 - ではなぜそうなのか。
それはまず国が広すぎて
「海から遠いところがほとんど」という
地理的条件があるでしょう。
だからロシアに生魚を食べる習慣ができなかったので、
鮮魚の高度な流通のシステムができなかった。
それに加えて、多民族国家で格差も大きい。
行政が腐敗していて観光に投資がいかない。 - そんな感じで、国のあり方として、
そこでちゃんとはたらくシステムを作るのが
難しかったわけです。
- 糸井
- 最近「格差」とかって言葉ではよく言いますけど、
そもそも歴史自体が、
とんでもない「格差」の影響を受けて
進んでいくものなんですよね。
- 田中
- そうです、そうです。
たとえばシベリアのほうの生活って、
やっぱりすさまじいですから。 - 私、シベリアには幾度も行きましたが、
シベリアには
「世界で最もウォッカを飲む街」
というのがあるんです。 - 数字としては、1日平均で1人1リットルぐらい
飲んでいるらしいんです。
だけどこれは子どもを含んだ人口から割り出しているので、
実際にはそこにいる成人男性は
絶対1日2本ぐらい飲んでるだろうという
街があって。 - ロシアではウォッカがすごく安くて、
「ウォッカの値段を高くすると政権が揺らぐ」
とまで言われているんです。 - とにかく、200円しないぐらいでウォッカが買える。
そんなに質のいいものじゃないですね。
そういうのを飲んで
「酒でなんとかするしかない」と思いこむしかない。
生活は絶望的‥‥みたいな、そういう場所があって。
しかし実際に行ってみて、暗いシベリアで
マイナス20度とか30度に身をさらしてみると、
「飲むしかやっていけない」という気分になるのも
わかるわけですが。 - いまウクライナに行っている兵士たちの多くは、
そういう地方の貧困地域から徴兵されているらしいです。
- 糸井
- あぁ‥‥。
- 田中
- なので彼らはウクライナに行って
「豊かじゃん」と思うというか。
そもそも、緯度もずっと南ですし、
明るくて豊かな印象を持っても不思議ではない。
- 糸井
- たしか、兵隊が腹を立ててるんですよね。
- 田中
- そうそうそう。
- 糸井
- きっと切ないんでしょうね。
- 田中
- そうだと思います。
- 糸井
- ぼくは昔、まだ東西ドイツが分かれていた頃に、
ベルリンでおこなわれたモノポリーの大会に
参加したことがあるんです。
西ベルリンのすごく豊かな地区で大会をやって、
それこそ朝ごはんからおいしくて。 - そのとき「観光で東ベルリンに行きましょう」と言われて
バスに乗っていったんですけど、
国境を越えたら、一気にガーンと貧しくなるんです。
ほんとに10分くらいの距離を移動しただけなのに
「ええっ?」ていうぐらい。 - 「お昼はここで食べます」と言われて、
有名なテレビ塔みたいなところに登って、
普通にお昼を食べるのかと思ったら、
めっちゃくちゃマズいものが出てきて。 - これはもう、こっち側に住んでいる人から見たら、
「どちらがいいか」なんて
判断のしようもないくらい違うなと思いました。
- 田中
- そうなんです。
- 糸井
- いまロシアの兵隊の写真を見ると、
民族が違いますよね。
- 田中
- そうですね、そうそう。
- 糸井
- 日本でみんながよく想像するような
ロシアの人の見た目じゃないんですよ。
全然違う顔。
アジア系の人ですよね。
- 田中
- はい。
やっぱり同じ顔だったりとか、
自分と共通点が多い人を殺すのは
気がとがめるという面もあると思います。 - ロシアも200くらいの民族がいて、
シベリアのほうはアジア系も多いです。
私とかと変わらない見た目なんですね。
だから私、あっちではよく
中央アジア系のロシア人と間違えられました。 - だからそういう、ブリヤート共和国
(モンゴルの北に位置するロシア連邦を構成する
共和国のひとつ)とかから、
兵力を全部ウクライナのほうに持っていって
‥‥という。
- 糸井
- 悪いこと考えるもんですね、為政者というのは。
- 田中
- だからだいたいにおいて、
チェチェンとか、イスラム系だとか、宗教が違う、
ウクライナの人たちとあまり共通点がないような
別の民族を連れて来て、殺しをさせるっていう。
- 糸井
- そしてみんな「なんて豊かなんだ‥‥」
と思いながら戦うわけですね。
- 田中
- そうですね。
- 糸井
- それは泥沼になりますね。
- 田中
- 厳しいですね。
- 糸井
- 確かに顔が似てたらやりにくいですもんね。
- 田中
- やっぱり見た目が近い部隊だと
だいぶ士気が落ちてしまって、裏切りというか、
ウクライナ軍への情報流出みたいなことも
いろいろ起きているそうです。 - だからいまは極東からの部隊を
連れて行って戦ってるんですね。
ブチャで大虐殺をやったのも
極東のハバロフスクの部隊ですから。
- 糸井
- それって、言い方を変えると
「マーケティングの極致」ですね。
- 田中
- そう、「誰が誰を殺しやすいか」みたいな。
- 糸井
- 要するに、大衆操作の「あっち側版」ですよね。
- 田中
- そうです、そうです。
ほんとに人間の悪いところを
非常によく知ってるなという感じがあります。
- 糸井
- 考えつくしてますね。
- 田中
- 考えつくしてますね。なかなか悪いです。
(つづきます)
2022-05-22-SUN
-
13歳からの地政学
─カイゾクとの地球儀航海田中孝幸 著
大樹と杏という高校生・中学生の兄妹と
謎のアンティークショップの店主
「カイゾク」との会話から、
国際情勢やニュースの背景が
たのしくわかりやすく学べる一冊。
難しく感じられやすい地政学の基礎が、
すいすい頭に入ってきます。
全248ページ。
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