国際情勢やニュースの背景を
物語形式でわかりやすく学べる、
2022年上半期のベストセラー
『13歳からの地政学』。
糸井重里も一気に読んだこちらの本の著者、
田中孝幸さんに、「ほぼ日の學校」に
登場いただけることになりました。
で‥‥実は収録自体もまだなのですが、
2022年4月22日の事前打ち合わせで
田中さんがしてくださったお話が、
ロシア・ウクライナ関連の話題の多い、
まさに「いま聞きたい内容」だったので、
授業に先がけて、テキストバージョンで
紹介させていただくことにしました。
読むと「くわしい方はこんな視点で
見ているんだ!」がわかります。
いずれ登場する、田中さんの授業の
ウォーミングアップとしても、ぜひ。
田中孝幸(たなか・たかゆき)
国際政治記者。
大学時代にボスニア内戦を現地で研究。
新聞記者として政治部、経済部、国際部、
モスクワ特派員など20年以上のキャリアを積み、
世界40か国以上で政治経済から文化に至るまで
幅広く取材した。
大のネコ好きで、いまはロシアから
連れて帰ってきたコと一緒に暮らしている。
コロナ禍の最中に生まれた
長女との公園通いが日課。
- 糸井
- 昨日(2022年4月21日)のニュースだと、
プーチンの座る場所のテーブルが
急にすごく小さくなったりしましたけど、
ああいうことも誰かがやってるわけですよね。
- 田中
- やってるんですよね。
でも、小さすぎますよね。
- 糸井
- あれも見え見えだけど、やっている人たちは
きっとその不自然さ以上に
「それでも小さくしなければ」
という思いが大きいわけですよね。
- 田中
- だいたい独裁者の世界になると、
極端なほうにふれるんです。 - だから「新型コロナ対策で安全のため」という理由で、
前はものすごく長いテーブルだった。
だけどそれを批判されて「近くしろ」って言ったら、
すごく近くなっちゃったというか。 - 「少しでも近くなかったらマズい」ということで、
すさまじい忖度(そんたく)の世界になるんですよ。
- 糸井
- 「はい、そうします!」ってやるんですよね。
- 田中
- スターリンはさいご
脳出血で亡くなっているんですけど、
権力の絶頂で、神様みたいな状態で。
もうほかの誰のことも信じなかったんですね。 - 私もソチのスターリンの別荘を見に行ったんですけど、
わりとすごくちいさな範囲で生きてるんですよ。
ソファベッドみたいなのがあって、
机があるみたいな。
そんなにでかくない部屋で暮らしてて。
独裁者なのであらゆることを決めないといけなくて、
とても忙しかったそうです。
非常に夜型の人間で、
仕事をしてはソファベッドで寝るみたいな。 - で、スターリンは召使たちに
自分の居住スペースへの立ち入りを
禁止していたそうです。
だから、たとえば倒れて
ガーン!みたいに大きな音がしても、
人が入れなかったと。 - スターリンは妻も自殺して家族も近くにおらず、
全くの孤独だった。
だから、倒れた後もかなりの時間、放置されて、
それで脳出血が手遅れになったとされているんです。 - だけどその間に身の回りの世話をしている人たちが
入ることはできないんですよ。
「スターリン様」の指示だから。
- 糸井
- なんだか似た状況を感じますね。
- 田中
- 結局、歴史は同じことを繰り返すんですね。
- スターリンの死についてはいろんな陰謀説があって、
「側近たちがスターリンを
わざと倒れたままにしてたに違いない」
とか言われることもあるんです。
だけどおそらくいちばん死因の説明で真実に近いのは
「誰も直接的な指示を超えて、
臨機応変に振る舞える感じではなかった」
ということかなと思うんです。 - だから今回も同じですよね、非常に。
- 糸井
- 相当似てきてますね。
- 田中
- あの国の政権交代って、
ほとんど指導者が死ぬときなんです。
ロシアでいちばん多い形態は、
暗殺か自然死。他はあんまりないんです。
- 糸井
- 最近も大金持ちの方が2人ぐらい亡くなられたのが、
ニュースになってましたね。
- 田中
- 家族と一緒に亡くなったんですね。
どう見ても不自然死なんですけど。
- 糸井
- そういった「普通に考えたらおかしいでしょう?」
ということについて、
それをおかしいと思わないパワーが
事実を動かしていく力になっているのが、
いちばんゾクゾクしますね。
「知の死」というか。恐ろしくて。
- 田中
- そうですね。
- 糸井
- 「変だな」と思っても、
たぶん誰も笑ってないんですよね。
- 田中
- 笑ってないです、笑ってないです。
- 糸井
- 笑えなくなってるんですよね。
- 田中
- (さきほど話に出た)大阪だと、
変わったことがあると
ツッコミがあって、笑いが起きるわけですけど。
- 糸井
- 「笑い」って「相対化」ですからね。
- だけどそういった状況を理性的に
「おかしい」と言うことはできても、
実際には攻め込まれたら
ひとたまりもないのが現実のパワーだから。 - まさしく地政学の世界は、引力の法則みたいな。
- 田中
- 引力ですね。ほんとに。
- 糸井
- だけどそういうことは、
多少でも「自分は普通だ」と思ってる人には、
理解しにくいですよね。
- 田中
- 本当にそうですね。
- 糸井
- 最近よくウクライナ関連のニュースで、
軍事評論家の方とかが
「最悪のケースはこれです」などのコメントを
言わされるじゃないですか。 - あれ、ああいう場ではもちろん
何か言わざるを得ないわけですけど、
「最悪のケースはそれです」っていう、
知性を乗り越えた上のものを、知性で語るっていう。
- 田中
- そうです、そうです。
- 糸井
- あれ、ツラいでしょうね。
- 田中
- ツラいですよね。
合理的な計算ではほとんどありえないことが
起き続けてるので。 - ただ、プーチンの頭の中では、
なにかの合理性があるのは間違いなくて。
- 糸井
- そうですか。
- 田中
- ロシアという歴史の中で生きてる人ですから、
彼が自分と比べるのはきっと、
イワン雷帝とかエカテリーナ2世とかだと思うんです。
やっぱり長く指導者をやっていると
「歴史の中の自分」という視座になってくるので。 - そしてロシアでは、領土を拡張した指導者しか
「大帝」と呼ばれないんですよ。
理由は地政学的な環境にあるんですけど。
これによって規定されてしまうというか。 - つまり、大きな国で陸続きの国境が2万キロもあるので、
その分、敵から攻められやすい。
だから自分がいる場所よりさらに遠くに国境を置くしか
安全を確保できないという心理になるんです。
そうすれば攻められても、
自分の街が襲われる前に迎え撃つ時間をより持てるわけで、
それを実現した指導者は「大帝」と呼ばれるに値する。 - でも、遠くに国境を置くというのは、
ほかの国の領土を侵略するのと同じですよね。
- 糸井
- いやー‥‥。
同じ人間だけど、すごいところにいくもんだなぁ。
- 田中
- そうなんですよね。
でも、ロシア人も日本人も同じ人間です。 - 日本人も、ロシアに生まれて
ああいうところに置かれたら、
おそらく同じようなことをするんです。
(つづきます)
2022-05-23-MON
-
13歳からの地政学
─カイゾクとの地球儀航海田中孝幸 著
大樹と杏という高校生・中学生の兄妹と
謎のアンティークショップの店主
「カイゾク」との会話から、
国際情勢やニュースの背景が
たのしくわかりやすく学べる一冊。
難しく感じられやすい地政学の基礎が、
すいすい頭に入ってきます。
全248ページ。
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