2019年に47歳の若さで亡くなった
投資家・瀧本哲史さんの新刊
2020年6月30日にまたここで会おう』が、
口コミで話題になりはじめています。
たくさんの人に紹介したくなる
素晴らしい本だと思いましたので、
編集を担当された柿内芳文さんに、
いろいろな話をうかがうことにしました。
聞き手になってくださったのは、
柿内さんと瀧本さんの両方をよく知る
ライターの古賀史健さんです。
本の中には入りきらない瀧本さんの魅力、
たっぷりと話してくださいました。

>瀧本哲史さんのプロフィール

瀧本哲史(たきもと・てつふみ)

京都大学客員准教授、エンジェル投資家、教育者。

麻布高等学校、東京大学法学部卒業。
1997年、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。
3年で独立し、日本交通の経営再建などを手がけ、
以後、エンジェル投資家として活動する。
京都大学では「意思決定論」
「起業論」「交渉論」の授業を担当。
著作物やディベートの普及活動を通して、
次世代への教育に力を入れていた。
2019年8月10日永眠。

著書に『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社)、
『武器としての決断思考』(星海社)
『ミライの授業』(講談社)など多数。

Twitter:@ttakimoto

>柿内芳文さんのプロフィール

柿内芳文 プロフィール画像

柿内芳文(かきうち・よしふみ)

編集者。

1978年東京生まれ。
主な担当書籍に
『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(光文社)、
『武器としての決断思考』(星海社)、
『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(ダイヤモンド社)、
『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)など、
数々のヒット作を手がける。
現在、株式会社STOKE代表を務める。

Twitter:@kakkyoshifumi

>古賀史健さんのプロフィール

古賀史健 プロフィール画像

古賀史健(こが・ふみたけ)

ライター、株式会社バトンズ代表。

1973年福岡県生まれ。
主な著書に『嫌われる勇気』
『幸せになる勇気』(共著・岸見一郎)、
『20歳の自分に受けさせたい文章講義』、
糸井重里の半生をまとめた
『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』など。
構成を担当した本に『ゼロ』(著・堀江貴文)など、
約90冊があり、累計600万部を数える。
2014年「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。

Twitter:@fumiken
note:古賀史健

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04 話し言葉と書き言葉。

古賀
ちょっと話は変わるけど、
今回の瀧本さんの本を読んで、
講義・講演録の本っていいなあって、
あらためて思ったんだよね。
柿内
いいですよね。
古賀
日本語で講演するときって、
「話し言葉」でしゃべるじゃないですか。
でも、それを本にするときは
「書き言葉」に変換してあげないと、
文字で読んだときにつらくなるんです。
日本語って、話し言葉と
書き言葉が明確に分かれる言語だから。
ところが書き言葉に変換すると、
本来あったライブ感が損なわれてしまう。
だから講演を本にするのって、
日本語だとけっこう難しいんですよね。
これが英語のスピーチになると、
話し言葉と書き言葉が近い距離にあるから、
そのまま書き起こしただけでも、
きもちいい文章になるんです。
だから海外には講演録の本がとても多い。

柿内
そうなんですよね。
古賀
そういう理由もあって、
日本語で書かれた講演録の名著って、
意外と少なかったりするんです。
ところが今度の瀧本さんの本は、
書き言葉化を最小限に抑えて、
話し言葉のライブ感そのままに
パッケージできている。
ぼくはこの本、
過去に日本で出版された講演録の本の中でも、
ベストスリーに入ると思っています。
それくらいの名著だと思う。

▲『2020年6月30日にまたここで会おう』の見開き ▲『2020年6月30日にまたここで会おう』の見開き

柿内
それは、めっちゃうれしい(笑)。
古賀
こういう表現の可能性は、
ぼく自身、もう少し追求してみたいもん。
柿内
編集者目線で言うと、
講演録の本って、
書き言葉とはリズムが違うから、
通常の「文字組み」だと合わないんです。
1行の文字数を短くしないと、
話し言葉のリズムにはならない。
古賀
あー、たしかに。
柿内
だから今回の本では、
1行の文字数を相当少なくしました。
ほんとうのことを言うと、
もっと少なくしたかったくらい。
でも、さすがにそこまですると、
今度は余白のほうが気になって、
そっちの違和感が強くなっちゃう。
古賀
なるほど。
柿内
だから、今回あらためて思いましたけど、
矢沢永吉さんの『成りあがり』。
あの本はすごいですよ。
小学館から出た単行本のやつ。
あの「2段組み」は理想ですよね。
古賀
はいはい。
柿内
あれ、なんだろう? 
縦長の、A5型の変型の2段組みなんです。
ぼくはあの本のリズムって、
ちょっと講演に近いなって思いました。
古賀
あれは、現代詩と講演録の中間だよね。
柿内
そもそもタイトルにも
「激論集」って入ってますからね。
短いフレーズが、コッコッコッてくる。
あれ、1段組みでやったら、
あのリズムは途端に消えますよね。
古賀
だから文庫本とか電子版だと、
その感じはなくなっちゃう。
すごくもったいない。
柿内
あ、そうなんですね。
小学館のしか読んだことないです。
古賀
やっぱりぜんぜん違うよ。
元の版型のおもしろさは味わえない。

▲1978年に小学館から発行された『成りあがり』 ▲1978年に小学館から発行された『成りあがり』

▲『成りあがり』の見開き ▲『成りあがり』の見開き

柿内
しかもあの本って、
100万部売れてるんですよね。
ああいう本がミリオンセラーって、
ものすごくないですか。
あれが焚きつけた火が、
100万人以上に飛び火してると思うと、
影響力のすごさを感じます。
古賀
作家の重松清さんは、
いまだにあの本が一番って言ってますね。
話し言葉の取材ものの本で、
『成りあがり』が一番いいって。
柿内
なんか、ディスタンスが近いんですよね。
矢沢の喜怒哀楽というか、
怒りも悲しみも歓びも、
すべて目の前で繰り広げられてる感じがする。
古賀
ちょっと、暗い部屋で聴いてる感じでね。
柿内
そうです、そうです。
装丁も黒なんだけど、暗くなく、
フォントも凝りすぎてなくて、
なんか絶妙な感じで。
とにかく普通の本じゃないんです。
ぼくは今回の本をやって、
あらためて『成りあがり』の
2段組みのすごさがわかりました。
あれほど2段組じゃないとダメなものはない。
古賀
あの本はバケモノですよ。
だって本を読まないヤンキーたちが、
当時みんな読んでたんだから。
柿内
あと、見出し3行も発明ですよね。
小見出し3行で、中身がわかる。
あれ自体がものすごいコピーになってる。
1章の1ページ目から、
「成りあがり 
大好きだね この言葉 
快感で鳥肌が立つよ」
の見出しではじまるんですよ。
古賀
目次を追ってくだけで、
一冊の本を読んだぐらいの感じはあるよね。
柿内
そうそう。ほんとにすごい本。
古賀
ちょっと横道にそれちゃったけど、
やっぱり「いい講演録」の本って、
書き言葉が55%、話し言葉が45%
くらいのバランスなんだと思うんです。
それくらいのバランスの中に、
ポイントポイントで
話し言葉のきもち良さが入ってくる。
柿内
そうです、そうです。
話し言葉特有の雑音は取りつつ、
きもち良さはそのまま残す。
古賀
そもそも話し言葉って、
賞味期限が短い言葉なんですよね。
「エモい」みたいな流行語は、
基本的に話し言葉なわけで。
一方、書き言葉は賞味期限が長い。
だから書き言葉で書かれた50年前の本は
いまでもぜんぜん読めるけど、
話し言葉がメインの50年前の本は、
いま読むとちょっとつらかったりする。
柿内
文章にも流行りがあるんですよね。

古賀
まさにファッションと同じで、
10年前、20年前のファッションが、
いちばんダサく感じたりするからね。
そのときは鮮度抜群でたのしいんだけど。
だから言葉の鮮度を
オンタイムで味わうんだったら、
話し言葉100%でもいいんだけど、
そういう文章は長くは残らないんです。
柿内
そこのバランスは、
今回いちばん気をつかいました。
内村鑑三の『後世への最大遺物』も、
やっぱり時代にあわせて、
何回か口調を変えてますからね。
古賀
海外古典の翻訳は典型ですよね。
たとえばシェイクスピアにしても、
明治時代に翻訳されたシェイクスピアって、
研究者の目で読むとおもしろいけど、
いまの人がはじめて読むには、
ちょっと読みづらかったりする。
言葉は時代とともに変化していくものだし、
古い家をリノベーションするように、
その時代に合わせて
「改訳」していくことで、
長く残る本になっていくんだと思う。
物語の骨格はそのままに、
外装だけを変えてね。

(つづきます)

2020-06-28-SUN

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