不思議な魅力の物体でギュウギュウで、
同じくらい魅力的な店主がいて、
ダンジョンみたいにワクワクするお店。
おもしろいもの好きな人たちの間では、
すでにすっかり有名な、
大阪のEssential Storeを訪問しました。
英語がしゃべれないのに、
たったひとりでアメリカへ乗り込んで、
個人のお家で買い付けをしてきたり、
国内外の倉庫に眠る古い生地を集めて、
アパレルブランドに紹介したり。
人生を自由自在に躍動している
店主の田上拓哉さんに話を聞きました。
担当は、ほぼ日の奥野です。

前へ目次ページへ次へ

第2回 買いつけはひとりで行く。

──
個人のお宅に買いつけに行くって、
ふつう、やりませんよね。
田上
かなりめずらしいとは思いますね。
──
しかも、お話をお聞きしていると、
「買いつけ」とは言うものの、
「ものを売りながら、買ってる」
独自のスタイルなわけですもんね。
そのやり方って、最初からですか。
田上
5年くらい前から、こうなりました。
経験だとか知識が蓄積されてきて、
現地の人ともつながりができて、
「人づて」にしか
手に入らないような情報が
入ってくるようになったんですよ。
50代、60代のおじさん、おばさんに
かわいがってもらって‥‥
でもぼく、英語しゃべれなくって。
──
えっ!
田上
しゃべれないんです(笑)。
しかもぼく「声が高い」じゃないですか。
だから、何かヘンなもんを集めてる
変わった日本人がいるみたいな、
そういう感じで、ウケてるみたい。
──
そうなんですか(笑)。
口コミで有名になっていった‥‥と。
田上
そう。やればやるほど。
マンハッタンの
チェルシーフリーマーケットっていう、
アンディ・ウォーホルなんかも
通ってた有名なフリマがあるんですね。
現地のディーラーからは、
そこに日本人でブース出したのは、
ぼくがはじめてじゃないかとも聞きました。
──
それ、ひとりで行ってるんですか。
田上
ひとりです。
ぼくの理想とする物の集め方って、
ひとりじゃないと意味ないと思ってて。
自分の五感を最大限に駆使するために。
つまり、ひとりのほうが
断然「鋭く」なるんです。
荷物が多くて大変ではあるんですけど。
──
自分以外に頼る人のない状況に、
自分を追い込んでいくみたいな。
田上
そんな感じですかね。
ものを集めることだけにイメージを膨らませ、
とことん集中して走り抜けるくらいのほうが、
何かを「引き寄せる力」が強くなって、
勘も鋭くなるんですよ。
ここを右へ行けば何かがありそうとか、
そういう嗅覚が効くようになったり、
急におもしろい話が来たり。
──
何でもないようなもののなかに、
アートピース的なお宝を発見したりとか。
田上
インターネットに触れてない
年配のディーラーコレクターが多いんで、
そういう人が、
たまにすごいミラクルヒット打つんです。
彼ら彼女らは、
ただ単に、最新の情報を知らないだけで、
見る目はたしかなんで。
──
じゃあ、そういう目利きのみなさんから、
ジャンルを問わず、
いいなあと思ったものを買ってきてると。
田上
そうですね。
え、これ何に使うの‥‥みたいなものも
けっこう多いんですけど、
眺めてると想像をかき立てられるような、
そういうエネルギーを感じられれば、
それは、ぼくにとって「必要なもの」で。
──
泥棒市に出入りしていたときの目、
古着屋さんだったときの目、
服をつくっているときの目‥‥とかって、
いろんな目線を持ってそう。
田上
そう、ものづくりをしているので、
このオブジェのフォルムいいなぁ~とか、
こんな質感って他にないよなとか、
眺めていると
田舎の風景を思い出すなぁ‥‥とか、
何でもいいんです。
何かインスピレーションを感じるものを、
ものをつくるときの目線から、
買いつけてくることもあったりしますね。
──
ほんと、いろんなものがあります。
田上
たとえば、これとか、
ふつうのウィスキーの瓶なんですけどね。

──
ええ。
田上
どこかバイオリンに見えたんでしょうね。
誰かが勝手に描いたんですよ。
で、ぼくもバイオリンだなあと思えれば、
そのいつかの誰かさんの目とぼくの目は、
時間と空間を超えて、
共通の感覚を共有できるんです。
──
どこの誰かも知らない人と、
通じ合ってるみたいな感じですかね。
田上
うん、これいいなあと思うことで、
何十年も前の時代の振動を、
現代日本のぼくが受け取ってるみたいな、
そういうドキドキ感ですね。
これは、たぶん遊郭の部屋の札なんです。
戦前のものでしょうね。
京都のお茶屋さんで
使われていたものじゃないかなあと。
天女の舞とか、大満月とか、
これは部屋の名前が書いてあるんですよ。

──
よく見つけますね、こういうの。
田上
何だかね、映画を観てるような気分に
なっちゃうんです。
こういうのを眺めていると。
大満月の部屋の女の人って、
どんな人やったんやろなあ‥‥とかね。
そういう想像をめぐらすのが、
ぼくは、楽しいなと思ってやってます。
──
この札の下で、いろんな人間ドラマが
起こったんでしょうね、きっと。
田上
そうそう。
そういう五感の豊かな使いかたは
大事にしてます。
AIやらデータやらみたいに
ツルッとした平面的なものじゃなくて、
古いもの特有の立体的な刺激がある。
それをバシッと全身で受け取りたくて。
──
何かを選ぶときの基準って、
感覚的なものだろうとは思うんですが、
あえて言葉で表現すると‥‥。
田上
まあ‥‥アンティークっていうのか、
古物というか、美術品というか、
ひっくるめて扱っているんですけど、
ぼく的解釈の神智学的な部分や
空間効果のあるものが多いです。
あと、持ち主が何かしら手を加えたら
うまれちゃったみたいな、
奇跡的なものを見つけて選ぶことも、
多いような気はしてますね。
──
ひと癖、ふた癖あるような。
田上
有名なアーティストの作品だとかも
素敵やし、好きではあるけど、
ぼくがやる必要はない。
ぼくにしかできないことって
なんやろうとは意識してやってます。
──
ぼく、古い雑誌が好きなんです。
田上
ぼくも好きです。
──
たとえば、80年代の「宝島」とか
古い雑誌を開いたら、
その時代の空気が吸えるんですよね。
ファッションやメイク、
言葉遣いにしても、
そのときどきで特有じゃないですか。
ああ、こんな時代だったんだなって、
一瞬でタイムスリップできる感覚。
あの高揚感って、
古い雑誌ならではだと思うんですよ。
田上
それは、ぼくが大満月の札を眺めて
ヤバいなと思ってるのと一緒ですね。
──
そうかも。
田上
ぼくらは、現代の固定概念の只中で
生きてますよね。
何が高いとか、何に価値があるとか。
──
ええ。
田上
それらを完全に取っ払って
ものを選ぶことって意外とむずかしい。
だからこそ、時代の「常識」に
しばりつけられた価値観を崩す作業も、
ぼくは、やりたいなと思ってます。
──
というと。
田上
有名な作家ものだから値段が高いとか、
ガラクタだから二束三文、
みたいな基準から自由にありたいなと。
何の情報も頼りにせずに選んでいると、
五感が研ぎ澄まされて、
豊かになっていくような気がする。
そういう状態で何を選ぶか、
どう価値を生み出すか、なんです。

──
荒俣宏さんって、
古くて希少な本がお好きなんですけど、
その1冊のためだけに、
大金持ちの貴族が活字からつくらせた
貴重な本を大金はたいて買っても、
「いまは、ぼくが預かってる」という
感覚なんだそうです。
田上
その感覚、わかります。
──
そして、自分のあとは、またどなたか、
大切にしてくれる人に譲りたいんだと。
そうやって
「つないでいくことが大切なんですよ」
っておっしゃってました。
田上
すごくわかりますよね、その気持ち。
ぼくも、そんな感じです。
だから何でもかんでも、
右から左へ売っちゃったらダメだなと。
できれば、ベストな人に
パスしていきたいなと思ってるんです。

(つづきます)

2024-08-10-SAT

前へ目次ページへ次へ
  • 2025年版のほぼ日手帳で yuge fabric farmと 黄金のコラボレーション!

    インタビューの中でも語られますが、
    田上さん率いる
    ENIMA DESIGNのプロジェクト
    「yuge fabric farm」では、
    国内外の倉庫に眠る生地を発掘し、
    活用することで、
    あたらしい価値を生み出しています。
    2025年版の「ほぼ日手帳」でも、
    写真のように
    何ともきらびやかな金襴の生地を
    使わせていただきました。
    広島の工場から出てきた貴重な素材。
    詳細は、こちらのページで。