不思議な魅力の物体でギュウギュウで、
同じくらい魅力的な店主がいて、
ダンジョンみたいにワクワクするお店。
おもしろいもの好きな人たちの間では、
すでにすっかり有名な、
大阪のEssential Storeを訪問しました。
英語がしゃべれないのに、
たったひとりでアメリカへ乗り込んで、
個人のお家で買い付けをしてきたり、
国内外の倉庫に眠る古い生地を集めて、
アパレルブランドに紹介したり。
人生を自由自在に躍動している
店主の田上拓哉さんに話を聞きました。
担当は、ほぼ日の奥野です。

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第5回 紙もの・珍品・大集合!

田上
このスペースも紹介させてください。
最初のほうで言ってた「紙もの」を、
集めている部屋なんですけど。
──
すごいミュージアム感。
田上
ここには、日本の古い紙ものと
アメリカの古い紙ものを中心に集めています。
ぼくがずっとメインで集めてるのは
スクラップブック。
これは「1940年代」のものですね。
──
スクラップブック‥‥というと、
名もなき誰かのってことですよね。
かわいい‥‥けど、何ですかこれ。
田上
着物デザイナー志望の子が、
自分で考えたリピート柄の版です。
いわゆる「ネタ帳」でしょうね。

──
うわあ‥‥そうなんだ!
田上
何かにインスピレーションを受けて
思いついた柄をその場で描いて、
使い古したノートに
ひとつひとつ貼ってってるんですよ。
ほら、お魚の柄とか、ナスの柄とか、
コーヒー豆だとか‥‥。
──
感動する。何だかわからないけど。
田上
この柄でシャツ生地なんかつくったら、
かわいいんじゃないかな。
──
いやあ、絶対かわいいと思います。
さっき田上さんが言ってた
無名の誰かとの
時を超えたコラボレーションって、
こういうことだったのか。
これ、いつごろのものなんですか。
田上
1940年代。京都で見つけました。
この空間は、「紙屑倶楽部」という
屋号でやってるんです。
ショーケースに入っている理由は、
売るというより、
みんなで共有したいと思ってるから。
ゆくゆくは会員制にして、
レンタルしようかとも思っています。
──
借りれるってこと、ですか?
田上
そうです。家に持って帰っていい。
写真を撮ってもいいです。
大事に扱ってくれるなら。
気になるものを借りていった人の、
何かしら
インスピレーションに
なったらいいなと思ってるんです。
──
最近、よく思うんですけど、
紙って「残る」んだよな‥‥って。
濡れたり破れたり虫が食ったりで
脆弱なようでいて、
じつは「残る素材」なんですよね。
みんなが「残そう」と思うからか。
田上
そうなんですよ。
データで保存するのも大切だけど、
画像と実物とでは
情報の質と量がぜんぜんちがうし。
──
手ざわりとか匂いとかもふくめて、
大切な情報ですよね。
少しヒンヤリしてるんだなあとか。
田上
そう思います。
これ、また別のスクラップブック。
これも、たぶん1940年代。
広島から出たものなんですけど、
40年間、集め続けたラベルを、
こうやって貼ってるんです。
こういうノートが6冊も出てきて。

──
おもしろーい。
それにデザイン的にも素敵ですね。
田上
この人すごいです。センスがいい。
こう見ると、日本のデザインって、
1920年代、1930年代が、
すごく「いい」と思うんですよね。
すぐれてる。デザインとして。
──
へえ、のちのちの時代と比べても。
そうなんですか。
田上
日常的に古いものを扱っていると、
何となくわかってくるんですが、
とくに紙ものって、
戦前と戦後で、
大きく変わったのがわかるんです。
戦前とか大正時代は、アールデコ、
ロシア・アヴァンギャルド、
バウハウスの文化が
日本なりに消化されてるんですね。
──
へええ‥‥はい。
田上
これなんかは
コラク座という劇場で上演された
演劇公演のパンフレットの
表紙だけを集めているものですね。
バウハウスとかコルビュジエとか、
いろいろ混ざってるんですけど、
でも、ちゃーんと
日本のデザインになってるんです。

──
カッコいいです。ただただ。
田上
カッコいいですよね。
ただ、これが戦後になると、
インクの種類が、変わるんですよね。
そしたら、ものとしての
クオリティも落ちちゃってるんです。
紙質もテカテカになったりして。
戦前のように沈んだ、
いい感じのマット感は出ないんです。
──
技術革新で安価で大量にみたいな
よかれと思ってやったことも
多かったんでしょうけど。
田上
そうですね。でも、ものの雰囲気は
戦前のほうが断然いいです。
当時の有名な作家に頼んでるんです、
たぶん。お金をかけてる。
文化的な豊かさを感じるんですよね。
──
戦前の時代って聞くと、
暗くて大変そうなイメージですけど。
田上
すべてがそうじゃなかったと思います。
少なくとも、世の中に
こういうデザインがあった事実が
ここにあるわけだし。
でね、これ。イタミレイコちゃん、
という誰かのカット集。いいでしょ。

──
へえ、かわいいなあ。
素敵だと思った切り抜きを集めてる。
田上
あと、こっちは「背守り」といって、
子どもの服に縫い付けた刺繍。
お守りの役目をしていたものですね。
これはたぶん、明治時代に
学校の家庭科の授業で使われていた
練習帳なんだと思います。

──
昔は、邪気が背中側の首元から入ると
信じられていたそうで、
大人の服のように背中に「継ぎ」、
つまり縫い目があると、
それが魔除けになると考えられていた。
でも、子どもの服はちっちゃいために
背中に縫い目がない。
だから、こうやって、
人の手で、わざわざ糸をとおすことで、
背中を守っていた‥‥と聞いたことが。
田上
そうです。よくご存じですね。
──
さっき話に出た石内さんが、
背守りの写真も撮ってらっしゃって。
田上
えー、そうなんですか。
見てみたいなあ。
あと、せっかくなんで見てください。
これ、大正時代につくられた
漆のリキュールグラスなんですけど。
──
ええ。
田上
グッと杯を空けると。

──
へ?
田上
春画が描いてあるんです。杯の底に。
──
ほんとだ!
しかも、なかなかに‥‥何と言うか。
田上
たぶん、お金持ちの人が
おもしろがってつくらせたんだと
推測してます。
でね、これが、ぼくの持ってる中で
3本の指に入る大珍品。
紙ものではなく、
それとは対極にあるようなものです。
ちょっと持ってみてください。

──
‥‥重い。何だかわからないけど。
田上
素材は純銀です。
よく見ると文字が書いてます。
──
‥‥何だろう。
金属が溶けてできたんでしょうけど。
田上
これはですね、1850年代つまり
明治時代の貨幣「一朱銀」の塊なんですよ。
一朱銀という当時の長方形のお金が、
熱で溶けて固まったものなんです。
──
なんと!
田上
ちなみに、「一朱銀」っていうのは、
当時のお金の価値でいえば、
労働者の1日ぶんの日当だそうです。
つまり、この1枚1枚が、
いまの1万5000円から、2万円。
へそくりだったみたいです。
──
え、燃えちゃったんだ、へそくり。
さぞかし残念だったろうなあ。
田上
火事の焼け跡から出てきたんですよ。
ぜんぶで80枚から100枚の塊。
いまの価値でいうと、
100万円くらいの価値があるとかで。
──
へええ。
田上
ビンに、へそくりを隠してたんです。
その家が火事になってしまい、
へそくり自体が溶けて塊になりつつ、
その上からビンも溶けて
覆いかぶさって、
でも釉薬で守られて、
中途半端な状態で溶け固まった、と。

(つづきます)

2024-08-13-TUE

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  • 2025年版のほぼ日手帳で yuge fabric farmと 黄金のコラボレーション!

    インタビューの中でも語られますが、
    田上さん率いる
    ENIMA DESIGNのプロジェクト
    「yuge fabric farm」では、
    国内外の倉庫に眠る生地を発掘し、
    活用することで、
    あたらしい価値を生み出しています。
    2025年版の「ほぼ日手帳」でも、
    写真のように
    何ともきらびやかな金襴の生地を
    使わせていただきました。
    広島の工場から出てきた貴重な素材。
    詳細は、こちらのページで。