「ほぼ日」で働く乗組員みんなで、
聞こえる声を出し合う文化をつくろうよ。
糸井重里の提案で、話し方を学ぶ教室を
アナウンサーの渡辺真理さんにお願いしました。
とりわけ最近入社した若い乗組員ほど、
自信がないのか、緊張してしまうのか、
うまくしゃべれていない自覚があります。
アナウンサーの「ちゃんと伝わるしゃべり方」は、
わたしたちの声となにが違うのでしょうか。
「ほぼ日」の創刊から不定期連載を続けている
わたしたちの先輩・真理さんに、
家族ぐるみで親交の深い糸井重里が
合いの手を入れるかたちで進行します。

>渡辺真理さんのプロフィール

渡辺真理(わたなべまり)

1967年6月27日生まれ。
神奈川県横浜市出身。
横浜雙葉学園小・中・高卒業。
1990年、国際基督教大学教養学部卒業後、
TBSにアナウンサーとして入社。
1991年4月、『モーニングEye』の
キャスターに抜擢され、
『クイズダービー』『そこが知りたい』
『筑紫哲也 NEWS23』など数多くの番組に出演。
1998年、TBSを退社しフリーに転身。
同年5月、『ニュースステーション』(テレビ朝日系)
に就任。
現在は『知られざるガリバー
~エクセレントカンパニーファイル~』(テレビ東京系)、
ラジオ、司会、ナレーションなど
幅広い分野で活躍している。

ほぼ日では、創刊の1998年以来
「マリーな部屋」を連載中。

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(5)体温を乗せて話そうよ。

渡辺
お洋服やメイクは自分で選ぶけれど、
声や声の大きさ、音域や発音って
選べないものっていう意識がありますよね。
でもこれはね、ずっと育てていけるものなんですよ。
お洋服や靴やお帽子を選ぶよりも
おもしろみがあって、ずっと長く付き合えるものです。
あと、やっぱり惹かれる声ってありません?
心地いいなとか、この声好きだなっていうのが。
みんなそうじゃないかな、人も動物だから。
視覚が7割だっていう説もありますが、
潜在的には声で「あっ、いいな」って思われること、
すごくあると思うんですよね。
だからやっぱり、自分の出しやすい音と、
声の大きさは大きく気持ちよく出せるに越したことはない。
大きく出せる人は、小さくも出せますから。
それを習得するためにはなにも、
おうちで「あーっ」て声を出さなくても、
例えば、いっぱい笑うだけでもいいんです。
笑うときって、大きな声がけっこう出てるから。
声を出して笑っちゃうときは、
たまたま大きい声になってるので。
自分を機嫌よくさせながら、
笑える生活をしてみるのはどうでしょう。
好きだったら、カラオケでもいいし、
スポーツ観戦でもいいし、
無理なく楽しく声を大きく出せる場があったら、
そこを見つけて、大きい声を出してみるとか。
それと、ふだん音読ってあんまりしないと思うので、
本を音読してみるのはいいですよね。
糸井
ああー、音読はいいねえ。

渡辺
好きなものを読めばいいんですよね。
短編でもいいし、詩でもいいし。
谷川俊太郎さんの詩なんて、とっても素敵ですよねぇ。
詩を音読するのは恥ずかしいかもしれないけど、
自分にエコーとして返ってきますから
心が豊かになりますよね。相乗効果というか。
アナウンサーが読むニュースの原稿って、
わたしでいえば、感情表現が出ても削るようにします。
できるだけ水のように読むようにして、
いつ・どこで・誰が・どうした・なぜ、
ということを伝えるわけですが、
被害者のご家族も加害者のご家族も聞いている
可能性はあるわけで、同時に
事件にまったく関係のない人も聞いているわけです。
「誰に」という個人ではなく、
とげとげしくなくスッと水が浸透するように
伝わるような読み方をしたいと願って読んでます。
わたしみたいなアナウンサーの場合は、
盛る読み方ではなく、できるだけ引く。
けれど、声で確実に届けないといけない。
もしかしたらその声は、AIでもいいのかも。
でも、わたしがアナウンス部に入って
最初に部長に言われたのは、
「言葉に体温を乗せて話しなさい」でした。
すごく比喩的な言い方ですけど、
その人その人のオリジナルの声で、
その人の体温を乗せて話す。
体温を乗せて話したら、届かなくても諦めはつきます。
けれど、届く可能性の方が高いだろうなって思うので、
気持ちとしては体温を乗せています。
糸井
体温ね、とてもよくわかりますよ。
聞いてよかったと思います。
渡辺
ほんとに?
糸井
真理ちゃんが最初に、
ぼくに合いの手みたいなことを言う人として
隣にいてほしいって言われた意味がわかりました。
「こんなんでいいんでしょうか?」っていうときに、
教わっている一人が「そんなんでいい」って
言うわけにはいかないじゃないですか。
そのときにぼくがいるのが、重要だったんだね。
わりと「ほぼ日」のコミュニケーションの基本は、
このやり方なんだなって思って聞いていました。
やっぱりね、人に聞いていてもらえる
自信があって語りかけるって、すごいことです。
文字じゃ活字になっちゃうので。
渡辺
会話がほんとにすごいと思うのは、
ふたりいたら、ゼロ円でできることです。
何もないところから、
ねえねえって話すことでたのしくもなれちゃう。
誰にでもできることなのに、
ものすごく差があるものなわけですよね。
つらくもなれるし、たのしくもなれる。
人が話している声を聞いていると、
ヒリヒリする肌に水が流れていくように、
気持ちが穏やかになることさえある。
2人でも3人でも5人でも10人でも集まったら、
何も持っていなくたって、
会話があればその場の空気がまったく変えられる、
という秘密の道具みたいだと思うんです。

糸井
それが無料でねえ。
渡辺
はい。タダは最高です。
それでちゃんと届けられたら、もっとうれしい。
お洋服だって朝に準備をしているときには、
着ていくの嫌だな、面倒くさいなって思うけれど、
やっぱり自分らしくて好きなものを着てる日は
気分がいいし、落ち着きますよね。
声もやっぱり、
そういうふうに自分の表現のひとつとして
相手の方に届けてほしいな。
糸井さんが合いの手とおっしゃったけれど、
今日も隣りにいていただいて、ほんとに感謝してます。
自分から自分のことを話せないんですよね。
なんてアナウンサーが言ってちゃダメだと思うんですけど。
だから、わたしがなぜ
アナウンサーの仕事をしていられるのか、
わたしにもまだわかっていませんが、
できれば、ただただ聞いていたいっていう気持ちなんです。
うんと昔、東麻布の事務所だったかな、
糸井さんとお話をしていたとき、
「とにかくわたしは聞きたいんです」
と伝えたことがありましたよね。
それは、問うとかただすとかのAskではなくて、
Listenの意味で。
お話をただただ聞いていて、
「へえー、そうなんだ、おもしろいなぁ」
と思ってるだけなんですよね。
でも、ほんとにその「へぇ〜」は心から思うし、
聞くってなんてたのしいだろうと思う。
久米さんの横にいてもそうだし、
たけしさんの横でも、筑紫哲也さんの横でもそうでした。

渡辺
父親にもよく言われたことですけど、
ボールを投げられたとき、
なぜグローブを前に出してしまうんだと。
ボールがくると本能的に怖いからそうしちゃうけど、
物理的にいえばグローブを引かないといけない、と。
でないとボールの勢いを吸収できないから。
だから、手首のやわらかさを使って引け、と。
インタビューとか会話だと、
次が続かないと困るなと思って
次のことを考えちゃうことがあるんですけど、
アナウンサー病のひとつは、
人の話を聞かないことなんて言われてます。
意地悪な言い回しだけど、
実際にはインタビューを途切れさせたくなくて、
つい次に頭がいく場合が多いから、結果として
話をちゃんと聞けなくなることが多いのじゃないかな。
でもね、途切れてもいいんじゃない? って思うんです。
ただ笑ってるだけでも、
せっかく話してくださってる相手の話の内容を
自分なりに受けとめることが大事なんじゃないかと。
本当にその人と話したいんだとか、
その場を共有したいんだっていうことをたのしめたら、
わたしとしてはそこにいた甲斐がある気がするんです。
糸井
受けることがわかると、
質問も自然に出せるんだよね。
渡辺
あ、そうですね。
息を吸うのと一緒ですよね。
出しきっちゃったら吸うんですよね。
糸井
そうそう、その循環もあったら
素晴らしい風土になると思うのね。
語るは聞く、ですね。
渡辺
はい、そう思ってます。
語ろうとすると緊張するけれど、
語らなくて大丈夫と、わたしは勝手に思ってます。
糸井
そうだ。
渡辺
わたし、語らないで30年仕事してますから。
「あいづちを打たなきゃ」とか、
「気に入られなきゃ」という構えとか邪念は
全部なしでもいいと思うんです。
「今」ってもう、絶対に返ってこない「今」だから。
今、その人が話してくださってる話を
ただ聞くことができればいいし、それが本望です。
何を言おうとか、何を返そうとかより、
まずは聞いてみることからやってみるのはどうでしょう。
そうしてみると、不思議と必ず何か残りますから。
その残ったものはたぶん、みんな違うと思うんです。
だから、幾通りものインタビューが成り立つんですよね。
糸井
ああ、いいね。
渡辺
インタビューって、
その人とその人の組み合わせですよね。
全部がレジュメ通りになっていたら
つまらないじゃないですか。
インタビュアーが違うということは、
その人を映す鏡が違うということでもあって。
だから、いろんな予測不能な乱反射をして、
おもしろい読み物になるので。
これは朝のワイドショーのリポーターの先輩に
おそわったことですけど、
迷惑でない取材やインタビューは、
ないですよね。
だって、カメラやマイクを持って取材するなんて行為は、
誰かのところに急に立ち入るということなので、
心にまで立ち入れなくても、
時間を妨げて、場所を妨げて
押しかけるような乱暴なものでもあるわけです。
だから街頭インタビューでもなんでも、
受ける側にとって迷惑でない取材はないと思ってます。
糸井
なるほどね。
渡辺
ただ、インタビューでお話をうかがってると、
人って、もしかしたらどこかで、
自分のことを聞いてほしい意識下の意識みたいな
ものもあるんじゃないかって気もしてくるんです。
つまり、生きているだけでも疲れるし、
呼吸するだけでもからだは凝ってくるので。
目には見えない部分でも、
気持ちがしぼんだり、疲れは溜まるわけですよね、
からだと同じように。
じっとお話を聞くということは、
いい聞き方ができたときはですけれど、
こころに溜まった澱を流すような、
筋肉をもみほぐすような効果があるような、
といいますか。
話すことで浄化作用、
カタルシスみたいな効用もあるんじゃないかな、と。
インタビュアーの欲目かもしれないけど。
だから、相手に話を出しきってもらえるような
聞き役になりたい。
そのためには、聞く。
相手の目を見ながら聞いて、
「あっ、ちょっと目を見ていることが
この方の場合は圧になるかな」って思ったら、
違うところに目をやりながら聞いてみる。
そんな感じです。
糸井
知らないうちに
「話す」が「聞く」になりましたが
そのとおりだよね。その循環の話はいいなあ。
いろいろあっちこっち出っ張りがあって、
外郎売もあれば腹式呼吸もあったけれど、
同時に「聞く、話す」っていう循環が
ベースにあったような気がして、
やっぱり真理ちゃんを呼んでよかった。
渡辺
ほんとに?
だったら、すごくうれしいですけど、
でも、これでよかったって実感はないなぁ(笑)。
役に立ててなかったら、すみません。
でも、2020年はみんなマスクをするようになったから
「話す」が余計にやりにくいですよね。
それがかわいそうだし、わたしの仕事としても
厳しいなと思います。
糸井
マスクを越えなきゃって思う
しゃべり方になるからね。
渡辺
表情を見て口の形を見て聞きたいのに、
情報が半分ないっていうのは、
すごくやりにくいし、困ります。
糸井
真理ちゃんの話し方講座を聞いたひと月後には、
この会社の文化風土が大きく変わって、
もう緑の高原になってるでしょう。

(つづきます)

2020-12-28-MON

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