なんにもなかったところから、
舞台とは、物語とは、
どんなふうに立ち上がっていくのか。
そのプロセスに立ち会うことを、
おゆるしいただきました。
舞台『てにあまる』の企画立案から
制作現場や稽古場のレポート、
さらにはスタッフのみなさん、
キャストの方々への取材を通じて、
そのようすを、お伝えしていきます。
主演、藤原竜也さん。
演出&出演、柄本明さん。
脚本、松井周さん。
幕開きは、2020年12月19日。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第4回 てにあまるのはじまり。

遡って「本読み」以前、10月最後の金曜日。

今回の舞台のプロデューサーをつとめる
ホリプロの柳本美世さんに、
『てにあまる』がうまれたいきさつを聞いた。

柳本
そもそもは(ホリプロ所属の)藤原竜也さんの
新しい企画を練っているときに、
藤原さんが
「柄本明さんと、また一緒にやりたいなあ」
とおっしゃっていたことが発端になっています。
──
へええ‥‥。
柳本
5年前に『とりあえず、お父さん』という
海外戯曲の名作で、ふたりはご一緒してまして。
そのとき、藤原さん、
すっごく「おもしろかった」そうなんです。
──
おもしろかった。
柳本
14歳から20年以上舞台に出続けている
藤原竜也という俳優にとっても、
かなり特別な経験だったみたいなのですが、
柄本さんが「ガンガン崩してきた」そうで。
たとえば、本番の舞台直前に、袖中で
「今日はあそこでこうやってみよう」
と、ぼそっと耳打ちしてきたり‥‥とか。
──
わあ。台本にないことを、いきなり?
柳本
で、藤原さん、それが楽しかったそうなんです。
──
おお。
柳本
それと、別のときにわたし、
『とりあえず、お父さん』を観た柄本佑さんから
「藤原さんと親父の舞台を観に行って、
親父に言ったんです、藤原さんに負けてるって。
そしたら親父も、
そうなんだよ、俺もそう思うんだって言ってた」
という話も、一方で聞いていたんですね。
──
なるほど‥‥つまり、今回の舞台は
「藤原竜也さんと柄本明さんが、再び共演する」
ところから、すべてがはじまったと。
柳本
そうですね。
──
ふたりの俳優の「共演」を出発点に、
他のすべてのピースが組み立てられていった。
原作ありきでもなく、演出家ありきでもなく。
柳本
それが、2年くらい前のことです。
──
どういう話になるのかも、わからないままに。
そういうことって、よくあるんですか。
柳本
いや、あんまりないですかね‥‥。
脚本がなくても、
せめて、演出家くらいは決まっていることが、
ふつうは多いですし。
──
今回、演出は柄本さんですね。
柳本
はい、柄本さんにご希望をうかがったときに、
半分冗談な感じで
「俺がやってもいいけど」っておっしゃって。
──
おお、自ら。
柳本
ちょうどそのとき、わたしも
柄本佑さんと柄本時生さんのおふたりが
出演された舞台の
制作ドキュメンタリーを観ていたんです。
──
ああ、『ゴドーを待ちながら』ですね。
柄本さんが演出された、あの。
柳本
そう、柄本さんの演出している姿だとか、
ふたりにかけている言葉が、
とっても新鮮で、おもしろかったんです。
あの演出を受けた役者は、
きっと、すっごく成長するだろうと思ったし、
何より、
単純に「あれを見てみたい」って(笑)。
──
東京乾電池じゃないところで、
柄本さんが演出なさったことというのは、
これまでにもあるんですか。
柳本
基本的にはない、と聞いてます。
公式的にも、長い歴史の中で「初」だそうで。
──
じゃ、そういう意味でも、貴重な作品ですね。
柳本
そうなんです。
その前に、吉田鋼太郎さんが演出した作品を
2本続けて担当したんですけど、
そのときに
俳優が演出する舞台のおもしろさというのを、
実感していたこともありました。
──
どういうふうに「おもしろい」んですか。
俳優が演出する舞台って。
柳本
演出家の演出とは言葉がちがう‥‥というか。
俳優だからこそ俳優に言える言葉、
俳優だからこそ伝わる言葉‥‥というものが、
そこには、あるような気がします。
──
なるほど。
で、演出家も決まった。肝心の物語は‥‥。
柳本
そうですね、あと何をやるかっていう(笑)。
まず、わたしが企画をいくつか挙げました。
気持ちとしては、
藤原竜也と柄本明の演劇的な戦いというか、
組み合いが見たかったので、
そういう骨格を持った物語や小説を中心に、
いくつか挙げたんですけど。
──
ええ。
柳本
でも、本当の本当のところでは、
「オリジナルが、観たい」と思っていました。
なので、候補作品のリストの最後に
「オリジナル」って、書いておいたんですね。
で、オリジナルをやるなら、脚本は
松井周さんにお願いしたいと思っていました。
──
岸田國士戯曲賞も受賞されているかたですが、
どうして松井さんに‥‥。
柳本
ひとつは、もちろん、
作家としておもしろいなあと思っていたから。
それと、2018年の藤原さんの主演の舞台
『レインマン』で、
松井さんに演出をお願いしたことがあって。
そのとき、藤原さんと松井さん、
なんか「噛み合うな」って思っていたんです。
──
で、みごと思惑どおりにオリジナルの作品を
つくることになったわけですが、
ザックリどういう物語にしようっていうのは、
作家との間で、どう決まっていくんですか。
柳本
ケース・バイ・ケースかなと思うんですけど、
今回の場合は
スティーブン・キングの『ゴールデンボーイ』、
わたしの好きな小説なんですけど、
ああいう世界観を描いてほしいと思っていて。
──
どんな話なんですか。
柳本
少年と老人の、心理的な戦いの物語なんです。
松井さんにも読んでいただいて、
こういう話を藤原さんと柄本さんでやりたい、
何とか会社に企画を通しますので、
申し訳ないんですがプロットを書いてほしい、
とお願いしました。
──
なるほど。
柳本
もちろん柄本さんにも読んでいただいて、
おもしろいねって言っていただきました。
──
そうやって物語の骨格が定まっていった、と。
柳本
演出家と作家でコミュニケーションをとって
物語をつくっていくほうが、
わたしは、やっぱりおもしろいと思うので、
そうする間にも、
松井さんを柄本さんに紹介する会を設けたり。
だって、せっかくオリジナルをつくるのなら、
演出家や作家と話し合いながら、
それこそ、
稽古のなかで台本を直しながらやったほうが、
おもしろいものができると思ったんです。
──
どうでしたか、初対面のおふたりは。
柳本
めちゃくちゃ盛り上がってました。
作品をどうするって話は全然なくて、
ずーーっと雑談ばかりだったんですが(笑)、
とにかく、気が合ったみたいですね。
柄本さんも
「こういう話をできる人っていないんだよ」
みたいなことをおっしゃってました。
──
プロデューサーとしては「よし!」と。
柳本
やっと座組が固まったって感じですね。
──
それが、どれくらい前のことですか。
柳本
去年の夏です。1年ちょっと前かな。
──
そこから、松井さんは物語を練りはじめて。
柳本
同時並行でキャスティングを進めたり。
──
でも、どんな物語になるのか、
まだ影もかたちもない段階‥‥ですよね。
柳本
なので、どんな人物が出てくるかについて、
柄本さんと松井さんと、
たまに集まって、いろいろ話し合いました。
進んだんだか進んでないんだか、
わかんないような会議を何度か経て(笑)、
いつの間にか、
今のかたちに落ち着いた感じです。
──
佐久間由衣さんと高杉真宙さんを迎えての、
4人芝居に。
その間、主演となる藤原さんには‥‥。
柳本
はい、勝手に企画が進むというんじゃなく、
やはり
藤原さんが柄本さんとやりたいと言って
はじまった芝居なので、
もちろん進捗状況は逐一伝えていましたよ。
「こうなってますが、どう思います?」
「いいんじゃない」みたいなことですけど。
──
最終的には、
藤原さんと柄本さんの「父と子」を軸に、
佐久間さんが藤原さんの妻、
高杉さんが
藤原さんの会社の部下という構造ですね。
柳本
年齢も含めて二転三転あったんですけど。
最終、そういうかたちになりました。
──
少人数での芝居というのは、当初から?
柳本
そうですね。
藤原さんは
「柄本さんともう一度ガッツリやりたい」
というご希望だったし、
柄本さんも
「俺と竜也の芝居だし少人数がいいよね」
とは、おっしゃっていました。
はじめは「二人芝居でもいい」とかって。
──
おお。
柳本
でも、今回のハコが
池袋の東京芸術劇場のプレイハウスって、
800席以上ある広い劇場なので、
二人芝居というのは大変かもしれないと、
わたしからも申し上げました。
そこで「もうちょっと増やそうか」って。
──
その間にも松井さんは物語を書き進めて。
台本ができたのは、どの時点ですか。
柳本
まだできてないです(笑)。
──
えっ‥‥あー、まだできてない(笑)。
ひゃー、そうですか。
たしか、そろそろ「本読み」ですよね。
柳本
10日後です(笑)。
──
はああ‥‥。
柳本
約束では、最終稿が明日あがる予定です。
──
それは‥‥あがりそうですか。
柳本
2、3日前にお会いしたときは、
「書いてます」と、おっしゃってました。
──
蕎麦屋の出前の「向かってます」みたいな。
スリリングだなあ(笑)。
柳本
本って、大変なんです(笑)。
──
でも、台本はまだできていないのに、
舞台のタイトルは、もうできてるんですね。
昨日タクシーの中で宣伝してました。
柳本
あ、そうですか。
──
はい、あ、『てにあまる』ってタイトルに
なったのか‥‥って思いました(笑)。
柳本
すみません、お伝えしてなくて(笑)。
──
最初「レッスン(仮)」というタイトルで
進んでましたものね。
柳本
はい、タイトルについては、
松井さんと、もう何回も何回も話しまして。
たくさん候補を出したんですが、
なかなかピンとくるものがなかったんです。
──
タイトルって、決めるの難しいでしょうし。
柳本
そうなんです。でも、宣伝をするにしても、
タイトルが決まってないと何にもできない。
いよいよヤバいぞってときに、
松井さんからLINEが届いたんです。
──
ピコピコ‥‥っと。
柳本
そこには、ふたつのタイトルがありました。
ひとつは「手に余る衝動」というタイトル。
もうひとつが、ひらがなで「てにあまる」。
──
おお。
柳本
もう、見た瞬間に、決まりました。
で、すぐにお返事したんです。
「これです、ひらがなの『てにあまる』です!」
って。

(続きます。12月19日まで不定期で更新します)

2020-12-08-TUE

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