編集・濱田髙志、アンソロジスト。
装丁・祖父江慎、コズフィッシュ。
版元・吉田宏子、888ブックス。
あきれるほどすごい手塚治虫さん本を
つくったのが、この3人。しかも3冊。
天才漫画家の煌めくクリエイションを
時空を超えて受け止め、
21世紀の世に放つ、現代の三銃士たち?
聞けば聞くほど「おそろしい」、
その本の制作過程を、
5時間がかりで、うかがってきました。
諸事情あって取材は実に1年半以上前。
時節柄、そろってマスク姿の三銃士よ。
担当は「ほぼ日」奥野です。
第1回
コズフィッシュ、午後1時。
- ──
- これが祖父江さんにつくっていただいた
『バンド論』という本です。
- 濱田
- あー、例の。
- 祖父江
- この本、めちゃくちゃ評判いいんですよ。
ぼく、会う人会う人から
『バンド論』、おもしろかったよーって。
- ──
- えっ、ほんとですか。うれしいです。
- 祖父江
- すごい遅れちゃったけど内容はすごいよ。
- ──
- ありがとうございます。
祖父江さんの装丁が、もうハンパなくて。 - 5人のアーティストの写真5枚が、
すべて職人さんによる手貼りなんですよ。
- 濱田
- 結局、どれくらい遅れたんですか。
当初の予定から。
- ──
- いつ出そうって具体的な日付を決めずに
はじめたんですけど、
最初の打ち合わせが
「2021年6月10日」だったことだけは、
ハッキリ覚えています。
- 濱田
- じゃ、それから……2年ちかく。
- ※この取材は「2023年4月8日」でした。
- ──
- 結果として、ぼく自身も、本にたいして、
もう一度新鮮な気持ちになれました。
- 吉田
- 前向きだなあ(笑)。
- ──
- あ、吉田さん、はじめまして。
- たしか『バンド論』の1年くらい前に、
本日お話いただく
『ママー探偵物語』の装丁のアップを、
待っておられましたよね。
- 吉田
- ふふふ、そうです(笑)。
- ──
- 祖父江さんの待機列の、
ぼくのすぐ前に、並んでおられたんですよ。
なので勝手に「戦友」と思ってました。 - ああ、手塚治虫さんの少年時代の作品集か、
それじゃあ仕方ないな、
でも、そんなすごい本の装丁が終わったら、
いよいよ『バンド論』の番だ‥‥と。
結果的に『バンド論』が世に出るまでには、
それから丸1年かかりましたが。
- 祖父江
- ごめんなさいー。ぼくのせい。
- ──
- いえいえ、そんなことがどうでもよくなる、
すばらしい装丁をありがとうございます。 - そして今日は、
こちらにおられる濱田さんが企画なさって、
祖父江さんが装丁なさって、
吉田さんの888(ハチミツ)ブックスが
出版なさった、
定価「2万2000円+税」もする
手塚治虫さんの『ママー探偵物語』の話を、
おうかがいしにきたのです。
- 祖父江
- いらっしゃいませ。
- ──
- みなさんがおつくりになった、
とんでもない「手塚治虫さん本3部作」の、
3作目です。
あらためて読み返してみたんです、昨日。 - やっぱり、ものすごい本でした。
開いた口がしばらくふさがらなかったほど。
- 濱田
- もうね、祖父江さんの「すごさ」については、
おいおい語られるとして、
まずは「手塚治虫少年」がすごいんですよ。 - だってこれ、子どものころの漫画なんですよ。
- ──
- それも「10歳から16歳」にかけての作品。
大人が読んでもおもしろいし、
とにかく「量」がとんでもないと思います。
- 濱田
- 今回、掲載作品をだいぶ絞ってこれですから。
ぜんぶじゃないんです。
他にもまだまだ、いっぱい残ってるんですよ。
ちょっと信じらんないです。 - この3冊は、コロナ禍でつくったんですけど。
- ──
- えっ、このとんでもない3冊、すべてですか。
3冊目の『ママー探偵物語』だけじゃなくて。
- 濱田
- ええ。
- ──
- すなわち、1冊目の「2万円+税」の
『手塚治虫アーリーワークス』と、
2冊目の「1万2000円+税」の
『手塚治虫コミックストリップス』と、
3冊目の「2万2000円+税」の
『ママー探偵物語』、
それらすべてがぜんぶコロナの期間中に。
- 濱田
- そうなんです。
- 本当は「2018年」の
手塚先生の生誕90年の年に出すはずでした。
でも、1冊目の
『手塚治虫アーリーワークス』からして、
「2020年の2月」に発売が延びたんですよ。
- ──
- 連続して出たってことですか。
こんなすごい3冊が「ぽんぽんぽん」って。
- 濱田
- まあ、「出た」という現象だけ見てみれば、
「ぽんぽんぽん」なんですけど。
- 祖父江
- こんなのも並べとこうかな。ぼくの宝物。
ずいぶん昔に大学時代の先輩、
喜国雅彦さんからもらったカラーコピー
なんだけど。
- ──
- うわあ、何ともすごそうな‥‥『妖怪探偵團』。
出版社は、東光堂。
こういうの、当時のものを買おうと思ったら、
さぞかしお高いんでしょうね。
- 濱田
- いやあ、すごい値段だと思います。
現物がもうほとんどこの世に残ってないので。 - ウン十万円とか‥‥。
- ──
- えーっ!
- 祖父江
- ほしい人、いっぱいいるよね。
- 濱田
- 絶対に復刻されないってわかってますから。
初版であれば、さらに高いと思います。
- ──
- 初版というと、いつごろですか。
- 濱田
- いつだったかな‥‥この本に載ってますよ。
手塚先生の単行本の「表紙」が
ぜんぶ載ってる本なんで。えー、1948年。
- ──
- おお。戦後すぐの刊行。
- でも「ぜんぶの表紙」が載ってるんですか、
この本。『手塚治虫 表紙絵集』。
- 濱田
- 手塚プロ資料室長の森晴路さんという方が、
手塚先生のご存命中から
作品のリストをつくっていたんです。
いまでもアップデートされ続けていますが、
そのデータベースの土台をつくった人物が、
森さんなんです。 - でも、森さんがお亡くなりになってしまい、
いまの資料室の田中さんと、
ぼくと、ここにいる吉田さんが引き継いで、
かたちにしたんです。
- 吉田
- そうなんです。玄光社という、
わたしが以前、所属していた会社から
出したんですけれど。
- ──
- じゃあ、この本を見たら、ぜんぶ載ってる。
- 濱田
- 手塚先生のご存命中に出た単行本の表紙は、
ぜんぶ載ってます。
- ──
- 現物も、その資料室にあるんですか。
- 濱田
- それが、ぜんぶはないんですよ。
抜けてる巻はマニアの方から借りたりして。
- ──
- おお。そうやって、欠けたピースを補って。
- マニアの方は、どうやって探すんですか。
情報網があるんですか。
あの人なら持ってるかもしれない、とか。
- 濱田
- そうそう。もう80歳を越ているような
オールドファンの方が、
子どものころに買った本を
大切に持ってたり。 - そういった方々が、手塚プロの資料室へ
定期的に遊びに来るらしいんです。
こんなの見つけたみたいな情報を持って。
そうやって、データベースが
どんどんアップデートされていくという。
- ──
- すごい。通いのウィキペディアみたいな。
- 祖父江
- これも開いておきたいですね。何となく。
- 『タイガーランド』がどんなサイズで
掲載されていたのかを知りたくて、
やっと見つけた1974年の「赤旗」です。
- 吉田
- 祖父江さん、このシリーズをつくるのに、
ギャラ以上のお金を資料にかけていて‥‥。
- ──
- こちらもまたずいぶん古い‥‥何新聞ですか。
- 祖父江
- 昭和40年の中日新聞。
- 『どうなるくん』も
初出原寸で印刷したかったから、探した探した。
- 濱田
- えっ、見つけたんですか!?
- 祖父江
- でも、いちばん値段が高かったのが、
この「小学生新聞」。『ぐっちゃん』です。 - そして、これ。いいでしょう。これこれ。
- 濱田
- 原画ですね。漫画のひとコマ。
- 祖父江
- そう。コマ原画。こういうの大好き。
- ──
- どうしてあるんですか、これが、ここに。
- 祖父江
- それはね、虫プロが倒産したときに、
虫プロから買ったんです、直接。
- 吉田
- 祖父江さんのお宝、大集合ですね。
- ──
- すごい!
- 濱田
- たぶん虫プロが倒産しちゃったとき、
借金を抱えてたんで、
単行本を在庫一掃で売ったんですよ。
- ──
- そんなどえらいチャンスをものにして。
さすがは祖父江さんだ。
- 祖父江
- 愛知県のデパートでやったんだけど、
サイン会もあって、ぼくも並んで、
手塚先生に
何を描いてほしいか聞かれたんです。 - 他の人たちは、アトムとかレオとか
リボンの騎士とかだったけど、
ぼくが
ロックをお願いしますって言ったら、
「ロックがいいの?」って。
- ──
- 手塚先生おんみずからが。
- 祖父江
- 「どのロック? バンパイヤのかな」
って聞かれたんで
「それです」って答えたら、
ニコニコしながら描いてくれました。 - 「アトムとかレオじゃなくていいの?」
って聞かれたんで、
「ロックが好きです。カッコいいから」
って言ったら、うれしそうだった。
- ──
- おおお。
- 祖父江
- で、ぼくの目の前で、
鉛筆でざっくり下書きして、
ペンで描いていただきました!! - そのとなりにスタッフの人がいて、
ドライヤーで乾かし、
下書きを消しゴムで消しはじめたので
「消さないでください!!」
とお願いしたんです。
- ──
- そのときの中学生が、
将来、ご自身の本を装丁なさるなんて、
手塚先生、
思いもよらなかったでしょうね、当時。
- 祖父江
- ぼくが中1とか、それくらいのとき。
(つづきます)
2024-10-28-MON
-
手塚治虫さん三部作、
888ブックスのサイトで
特典つきで販売中!新聞漫画集成『マアチャンの日記帳』と
初の商業出版となる 『ロマンス島』をセットにした
『手塚治虫アーリーワークス』(20000円+税)。
意欲作「タイガーランド」と
「アバンチュール21」をはじめ、
初単行本化作品を含む8作品を収録した、
3分冊からなる豪華作品集
『手塚治虫コミックストリップス』(12000円+税)。
そしてなんとなんと、
手塚先生が10歳から15歳のときに描いたという
『ママー探偵物語』(22000円+税)。
そんな、あきれるほどすごい3部作が、
濱田さん+祖父江さん+吉田さんの3人組によって、
つくられてしまいました。
手間とコストがかかりすぎているので、
このままのかたちでは増刷不可能だろうとのこと。
今回のインタビュー全編を通じて、
その魅力について語っていただいているのですが、
収録時間約5時間の全18回と、なにぶん長大。
いったいどんな3部作なのか、
スライドショーで、いちはやく、ご確認ください。
888ブックスさんのサイトで購入すると、
それぞれに、素敵な特典がついてくるそうです!