特集「THE CHAMPIONS」の1人目は、
バックギャモンのプロプレイヤーで、
二度の世界一に輝いた矢澤亜希子さんです。
チャンピオンに必要不可欠なものといえば?
才能、努力、情熱などが浮かびますが、
じつは「運の強さ」こそ一番大事なのでは?
取材前に抱いていたその仮説は、
矢澤さんの話でひっくりかえされました。
運が大きく影響するゲームで、
どうやって勝ちをつかみ取っているのか。
バックギャモンの世界から、
人生のシンプルな法則を学んだ気がします。
担当は「ほぼ日」の稲崎です。
矢澤亜希子(やざわ・あきこ)
プロバックギャモンプレイヤー。
1980生まれ。
日本人3人目の世界チャンピオン。
世界各地のトーナメントを転戦し、
数多くの優勝を果たす。
2012年に「ステージIIIC」の子宮体がんが発覚。
手術と抗がん剤治療による副作用と戦いながら
14年に世界選手権を制し、18年に再び勝利を収め、
日本人初、女性としては世界初となる
二度の世界チャンピオンに輝く。
著書に『運を加速させる習慣』(日本実業出版社)、
『がんとバックギャモン』(マイナビ新書)がある。
- ──
- 2014年に矢澤さんが
世界一になったときの最終ゲームを、
YouTubeで拝見しました。
- 矢澤
- 私がアップした動画ですね。
- ──
- はい。
最後までものすごいゲームでした。
- 矢澤
- 最後のひとふりまで、
どっちが勝つかわかりませんでしたよね。
- ──
- 最後の大事な場面、
「このサイコロで勝負が決まるぞ」というとき、
矢澤さんのカップをふる音が、
いつもより長かった気がしたんです。
ああいう勝負どきって、
どんなことを考えるんですか。
- 矢澤
- 基本的にどんな局面でも、
そこからの勝ち筋を考えています。
あのときはたぶん
最終ゲームっていうことなので、
持ち時間の残りもそれなりにあったから、
まあ、ちょっとゆっくりふったくらいで、
特別なことは何も考えてなかったと思います。
- ──
- 素人の自分からすると、
願をかけてるのかなとか思ったんですけど。
- 矢澤
- いや、願かけの意識はないですね。
何かに願うより自分で考えるタイプなので。
「チャンスが来たな」という感じです。
- ──
- そのシーンをすこし振り返ると、
最後のゲームの終盤、
矢澤さんはかなり不利な状況でした。
- 矢澤
- はい、かなり厳しかったです。
- ──
- 最終ゲームの最後の最後、
逆転するならここしかないという場面で、
矢澤さんは絶対に「2」が欲しかった。
というか、そこで「2」が出なかったら、
もうほとんどお手上げ状態。
- 矢澤
- そうでした。
あそこで「2」は絶対欲しかった。
そしたら私が「1」と「2」をふった。
- ──
- もう、見ていて鳥肌が立ちました。
「うわっ、ほんとうに出ちゃった!」って。
- 矢澤
- (笑)
- ──
- もしあそこで「2」が出なかったら‥‥。
- 矢澤
- かなりやばかったです。
- ──
- そういうときに、
ほんとうに「2」を出すってすごいですね。
- 矢澤
- まあ、サイコロを2個ふって
「2」が出る確率って30%くらいあるので。
確率的には36分の11。
- ──
- あ、そう考えるとけっこうありますね。
- 矢澤
- そう、30%くらいある。
出るチャンスはけっこうある。
仮にそこで「2」が出なかったとしても、
次に相手が悪い目をふる可能性もそれなりにあるので、
まだまだいけるって感じではありました。
- ──
- ぼくみたいな素人には、
もう絶体絶命にしか見えなかったですけど。
- 矢澤
- もちろん厳しい局面でしたけど、
絶望はしてなかったですね。
もしあそこで「2」が出なくても、
もう一度チャンスを待てばいいくらいの気持ちでした。
あの時点では負けるとも思ってなかったので。
- ──
- 負けるとは思ってなかった。
- 矢澤
- まったく思ってないです。
- ──
- 「ちょっと分は悪いなぁ」くらいで。
- 矢澤
- 分が悪いのは当然わかっていましたし、
チャンスが来る前の確率は
10%を切ることもありました。
ただ、私にとって「負ける=勝率0%」なので、
勝率があるうちは負けとは全然思ってなくて、
どうやって勝つかしか考えてなかったですね。
- ──
- 最初におっしゃっていましたけど、
劣勢のときに自陣をコツコツ固めていたのが、
最後に効いてくるんですよね。
- 矢澤
- 最後に相手が3回休みになるんですよね。
あそこで自陣をキープできていたのは、
ものすごく重要だったと思います。
- ──
- あの場面で「2」を出せるなんて、
矢澤さんはものすごい
幸運の持ち主だと思っていたんですけど、
きょうお話をうかがっていると、
その幸運を自分でしっかり引き寄せてますよね。
- 矢澤
- ああいう局面は、
これまで何百回も経験しているんです。
勝率1%のような、
もっとひどいところから勝ったこともあるので、
あれくらいならまだ勝てるって思っちゃいますね。
- ──
- やっぱり試合中は、
一度も負けることは考えないですか。
- 矢澤
- 考えないです。
確率的に負けが確定するまでは考えない。
それこそ0%になるまで。
- ──
- そこはずっと一貫してますよね。
- 矢澤
- 試合中は戦略や確率計算など
考えることがいっぱいあって、
勝つとか負けるとか、
そういうことを思う余裕がないんです。
負けるかもって思うこと自体、
試合にはあんまり意味がないし、
どうやって勝つかに集中したほうが
いい結果につながるに決まってます。
- ──
- 試合中に願かけをしないっていうのも、
いまの話とちょっと通じますね。
つまり、そんなことを考えてるひまがない。
- 矢澤
- あ、そうかもですね。
たしかに願かけは一切しないです。
- ──
- 試合前のゲン担ぎもしないんですか。
- 矢澤
- 仮にするとしても、
自分に都合のいいことしかやらないです。
ラッキーアイテムを身につけるとか。
ほんとうにそれくらいです。
- ──
- 試合前は絶対これを食べるとか、
こういうルーティンで会場に入るとか。
- 矢澤
- そういうのはないですね。
逆にそういうものに縛られたくないので、
あえてつくらないようにはしてます。
- ──
- ちなみに、占いは信じるほうですか?
- 矢澤
- 娯楽として楽しむものだと思っているので、
「信じる・信じない」で考えたことがなかったです。
占いを否定しているわけではありません。
気持ちのモチベーションが上がる結果なら、
信じてもいいかもしれませんね。
- ──
- もしこういうインタビューで、
「運がいいと思いますか?」と訊かれたら‥‥。
- 矢澤
- 「めちゃくちゃ運がいい」って答えます(笑)。
- ──
- そこはそうなんですね(笑)。
- 矢澤
- これまでのことを振り返っても、
運はめちゃくちゃいいって思ってます。
なんでもポジティブに考えるクセがあるので。
- ──
- それはすごく大事ですよね。
ポジティブと運のよさって、
やっぱり関係があるような気がします。
- 矢澤
- 私もそう思います。
けっきょく捉え方の問題ですけど、
若いうちにがんになって仕事も辞めたというのは、
正直、アンラッキーな人生だと思うんです。
平均的にみると、
けっこう運は悪いほうなのかもしれない。
- ──
- そこだけで見たらそうかもしれないけど。
- 矢澤
- その「点」だけ見るとそう思いますよね。
- ──
- それでも矢澤さんは、
自分のことを「運がいい」と思われるんですよね。
- 矢澤
- そうですね。
正直、自分でポジティブ思考に
マインドコントロールしている部分はあります。
だけど、私は避けられない悪い運命を、
どう変えていくかのほうが大事だと思うんです。 - 私の場合はがんになったことで、
バックギャモンと向き合うきっかけが生まれました。
自分の「生きた証」のひとつを探すこともできました。
そんなふうに考えれば、
悪いサイコロの目も自分のプレーで
勝利に導くことができたと言えます。 - 自分の選択で運命を変えるチャンスがある。
それだけで十分「運がいい」ですよ。
だってそのおかげで、
世界チャンピオンになれたんですから。
(おわります)
2024-11-01-FRI
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チャンピオン情報を募集します。
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とにかく何かのチャンピオンになった人。
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この連載でご紹介できればと思っています。
掲載につながる情報をくださった方には、
ちょっとした粗品をお送りいたします。
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