12個のカップを積んだり崩したりして、
そのタイムを競いあうスポーツスタッキング。
この競技における日本の第一人者が瀬尾剛さん。
これまで手にしたメダルは200個以上。
中学3年生のときからはじめ、
これまで2度の世界一にも輝きました。
ふだんは選手として、コーチとして、
そしてスポーツスタッキングの技を使った
世界でたったひとりの
カップバラエティパフォーマーとして、
日本中を忙しく飛びまわっているそうです。
知られざるスポーツスタッキングの世界と、
自分の好きを貫いてきたチャンピオンのお話です。
担当は「ほぼ日」の稲崎です。
瀬尾 剛(せお・つよし)
スポーツスタッキング日本代表選手兼コーチ、
カップバラエティパフォーマー。
1988年生まれ。神奈川県横浜市在住。
中学3年のときにスポーツスタッキングと出会う。
2006年第1回スポーツスタッキング日本大会にて
個人総合優勝、初代日本チャンピオンとなり、
2008年まで日本大会3連覇を達成。
世界大会やアジア大会に日本代表として出場し、
2014年には世界大会・アジア大会・日本大会の
3大会でマスターズ部門個人総合優勝。
2023年アジア大会・2024年日本大会でも
各マスターズ部門で個人総合優勝している。
現在、全国各地のフェスティバルやイベントに出演。
スポーツスタッキングを日本中に広めるため、
この競技の先駆者として様々な活動に取り組んでいる。
「それって!?実際どうなの課」などテレビ番組やラジオ、
数多くのメディア等に出演している。
HP:SEOPPI
X:@performerseoppi
- ──
- いつもはどうやって練習されるんですか。
- 瀬尾
- 練習はひたすら同じ動きのくりかえしなんです。
スポーツスタッキングという競技は、
主に「3-3-3」「3-6-3」「サイクル」の
3種目しかないので、
その3つの動きをとにかく何度も練習します。
- ──
- 他の動きはやらない?
- 瀬尾
- ほとんど必要ありません。
筋トレとかランニングとか、
そういうのもとくにやらないので。
- ──
- とにかく同じ動きをひたすらやる。
- 瀬尾
- ひたすらやって体に感覚を覚えさせるんです。
例えば、カップが6つ重なった状態から、
一瞬で右手に3つ、左手に2つつかむ動作があります。
それは目で見て数えるのではなくて、
同じ動きを何万回もくりかえして、
指先の感覚で覚えていくんです。
- ──
- 考えてやるようではダメだと。
- 瀬尾
- 考えてしまうとスピードが出ないので、
動きそのものを体に染み込ませる必要があります。
- ──
- 感覚がけっこう大事な競技なんですね。
- 瀬尾
- 現在のスタッキングの世界記録は、
もうめちゃくちゃに速いです。
この前、新記録が出るところを見ましたけど、
感覚的には手が痙攣しているような速さです。
世界になるとそういうレベルですね。
- ──
- ちなみに世界記録というのは、
どのくらいの速さなんでしょうか。
- 瀬尾
- サイクルという種目でいうと、
自分はいま8秒台なんですけど、
そのとき出た記録は4.7秒でした。
- ──
- えっ!
- 瀬尾
- ちょっと別次元の記録でした(笑)。
- ──
- 桁外れにすごいってことですか。
- 瀬尾
- もう桁外れですね。
近いタイムを出す選手は他にもいますけど、
大会でミスさえしなければ、
いまはほとんどその人が優勝しちゃいます。
- ──
- はぁーー。
- 瀬尾
- スポーツスタッキングという競技は、
本番での失敗がけっこうあります。
大会では3回トライができて、
一番いい記録が採用されます。
陸上のように1/1000秒を競いますが、
ミスもけっこう出やすいので、
一番速い人が優勝するとは限らないんです。
- ──
- 競技人口の比率でいうと、
一番多いのはやっぱり10代ですか。
- 瀬尾
- 9、10歳ぐらいから高校生ぐらいまでが、
競技人口としては一番多いですね。
いま世界記録を持っているのは、
そのへんから競技をはじめた大学生世代です。
さっきの4.7秒出したマレーシアの選手も、
まだ19歳ですから。
- ──
- 競技の性質的には、
若いほうが有利なんでしょうか。
- 瀬尾
- 子どものほうが上達は早いですね。
大人ってやっぱりいろいろ考えちゃうんです。
こう動いたほうが速いかなとか、
カップの位置を狭くしたらどうだろうとか。
- ──
- まずは頭で理解しようとするんですね。
- 瀬尾
- スポーツスタッキングって、
単純な動作とはいえ、
数秒間のなかにいろんな動きがあります。
そういうのを頭でつなげるより、
手を先に動かしちゃったほうが
案外スムーズにできたりします。 - 体に直接覚えさせるという意味でも、
「考えないでやる」はけっこう大事で、
小さいときに体に染み込ませておいて、
高校生や大学生あたりから、
頭をつかっていくとさらに速くなります。
- ──
- あー、だから大学生くらいが強いと。
- 瀬尾
- そんな気がしますね。
- ──
- 100m走だと人間の記録の限界は
なんとなくこのあたりというのが、
科学的にわかっていますけど、
スポーツスタッキングはどうなんでしょうか。
- 瀬尾
- かなり限界まで来てると思います。
ぼくがはじめて競技に出会ったのが
20年前くらいなんですけど、
そのときの世界記録は
アメリカの女の子が出した7.4秒でした。
- ──
- おぉー、女の子が世界記録を。
- 瀬尾
- その頃はみんな
「6秒台が出たら人間じゃないね」
とか思ってたんです。
そんなのありえないねって。
そのあとスタッキングが世界中に広まって、
ちょっとずつ世界記録が削られていき、
ドイツの選手がはじめて6秒台を出したときは、
「うわ、ついに6秒台が出ちゃったよ!」って。
- ──
- そういう情報ってどこで知るんですか。
- 瀬尾
- 基本は協会のホームページですね。
アメリカの「WSSA」というサイトに
世界記録が出るとトップニュースになるんです。
そのへんから、もうあれよあれよと、
どんどん速くなっていきましたね、世界記録が。
- ──
- この競技の特徴として、
スタートからフィニッシュまで、
選手のやることが
全部決まっているじゃないですか。
- 瀬尾
- はい。
- ──
- それだけシンプルな競技でも、
きっとカップの積み方とか崩し方とか、
「こうしたらコンマ何秒速くなるぞ」とか、
そういう技術の進化は
これまでたくさんあったわけですよね。
- 瀬尾
- 自分の競技人生を振り返ってみても、
スピードを上げるための技術は
ものすごい変化してますね。
- ──
- そこはすごく興味があります。
- 瀬尾
- 例えば、最初にカップを触る手が右と左、
どっちからスタートするのがいいか。
どうすれば腕がクロスしない手順でいけるか。
そういう進化はけっこうありました。
- ──
- 世界記録が出たときのやり方が、
一番効率がいいわけではないんですか。
- 瀬尾
- じつはそれが大きなまちがいだったんです。
- ──
- まちがい?
- 瀬尾
- ぼくがはじめたとき、
世界記録を出した女の子のやり方は、
何度も腕が交差するやり方だったんです。
いまになって思えばけっこう無駄があった。
でも、当時はそれが世界最速だったので、
みんなも同じやり方で練習するんです。
- ──
- ふつうそのやり方が正解だと思いますよね。
- 瀬尾
- ところが、そのあと
どんどん速い選手が出てくるんですけど、
みんな手順がバラバラなんです。
別のやり方で世界記録が出ちゃったりする。
当時はまだ「このやり方が最速です」という
最適解が見つかっていない状態でした。
- ──
- 改善の余地が残ってたわけですね。
- 瀬尾
- あと、ルールも途中で変わりました。
ちょっとマニアックな話ですけど、
サイクルと呼ばれる種目では、
カップを10個ピラミッド状につみあげたあと、
両側に置いた1つずつのカップを持って
一気にピラミッドを片付ける動作をします。
昔は両手でその両側のカップを持ったあと、
「カップの上の面をマットに一回タッチしてから、
ピラミッドを片付ける」
というルールがありました。
- ──
- そのルール、いまはないんですか。
- 瀬尾
- なくなりました。
選手のスピードがあまりに速くなりすぎて、
ほんとうにマットにタッチしたかどうか、
映像を見てもわからないことが多くて、
そのルール自体が廃止になりました。
- ──
- それ、記録にもけっこう影響しますよね。
- 瀬尾
- そうなんです。
昔からやってる選手は、
10年近くそのルールでやっていたので、
いざそのルールが廃止になっても、
ついクセでやっちゃうんですよね。
ぼくもそうだったんですけど、
それまでに染み込ませた動きというのは、
そう簡単には取れてくれなくて。
- ──
- あぁ、体で覚えちゃってるから‥‥。
- 瀬尾
- さっき、マレーシアの選手が
めちゃくちゃ速いって話をしましたけど、
なんでそんなに速いのかっていうと、
彼らの世代は「迷い」がひとつもないんです。
- ──
- 迷いがない。
- 瀬尾
- 彼ら世代が競技をはじめたときは、
すでにルール改正が終わって、
かつ「最速手順」もほぼ確立していました。
つまり、試行錯誤する必要がなく、
最初っから完璧な練習ができた世代なんです。
ただひたすら最速手順だけを
小さいときから体に染み込ませているので、
手の動かし方に「まじりっけ」がないんです。
- ──
- 動きの純度が違うと。
- 瀬尾
- 全然違います。
いまから10年前の2014年。
ぼくがまだ25歳のときに、
さっきのマレーシアの選手を
世界大会ではじめて見かけたんです。
そのとき彼はまだ9歳で、
世界大会も初出場だったんですけど、
全参加者のなかで総合2位になりました。
- ──
- すごい!
- 瀬尾
- 他の選手たちもびっくりして、
「いったいこの子は何者なんだ!」と(笑)。
しかも、カップを操る動作に
迷いがひとつも感じられない。
ぼくもはじめて彼の動きを見たとき、
「あ、この動きは一生できないわ」と思いました。
- ──
- そんなに衝撃的だったんですね‥‥。
- 瀬尾
- たった数秒の動きなんですけど、
まちがいも迷いも一切ない。
ひとつの動きをとことん追求したら、
こんなに人は正確に速く動けるのかって、
当時はすごい衝撃を受けましたね。
(つづきます)
2024-11-25-MON
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