ほぼ日手帳ユーザーでもある
お笑いコンビ「エレキコミック」のやついいちろうさんが
初めて書いた本を持って、ほぼ日に遊びに来てくれました。
本の中ではっとさせられたのが
「おもしろくない人はいない」ということばです。
舞台上ですべっても、舞台を下りてから
いくらでも挽回できる、とやついさんは言います。
日常の中から「おもしろい」の種を見つけ、
コントやラジオを通して笑いを届けているやついさんと、
「おもしろいって、何だろう」の話をしました。
担当は、ほぼ日の古俣です。

>やついいちろうさんプロフィール

やついいちろう

1974年三重県生まれ。
1997年、大学の後輩だった今立進さんと
お笑いコンビ「エレキコミック」を結成。
2000年、NHK新人演芸大賞(演芸部門)を受賞。
曽我部恵一さんの勧めでDJ活動を始め、
「DJやついいちろう」名義で9枚のCDをリリース。
2012年から毎年『YATSUI FESTIVAL』を企画。
TBSラジオ「エレ片のコント太郎」は13年目を迎える。
2019年、自身の初となるエッセイ
『それこそ青春というやつなのだろうな』を上梓。

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第2回 手元に残らないものに価値がある。

──
そんな感じの高校生が、
なぜ大学でお笑いをやろうと思ったんですか。
やつい
まずは東京に行きたかったんです、単純に。
小学生であの生意気なスピーチをして、
三重ライフを送りながらもずっと、
東京に戻りたかったんですね。
──
それで、大学時代は東京へ。
やつい
東京で、なにかやりたいと思っていました。
お笑いと音楽が好きだったから、
バンドもやってみたかったんだけど、
お笑いのほうが最初に技術がいらないじゃないですか。
ギターは弾けないけど、声は出せるでしょ。
──
お笑いも難しそうですけど‥‥。
やつい
でも、楽器の演奏ほどじゃないでしょ。
誰だって、文章が書ければコントは作れる。
そう思ってお笑いを始めたんです、18歳のときに。
──
高校時代の暗い2年間から、一転しましたね。
やつい
うん。高校のときの
勝手に虐げられてると勘違いしてる人間から
全部反転したんだと思います。
お金の使い方も変わったし。

──
お金の使い方、ですか?
やつい
高校生までは、
好きなアーティストのライブに1回行くより、
ミュージックビデオを買ったほうが、
楽だし、アップで繰り返し見られるし、
お得じゃんっていう考え方だったんです。
──
私も子どもの頃、そうだった気がします。
やつい
ぼく、小学校のときからそうだったんです。
お菓子を買う子どもはばかだと思っていて。
──
お小遣いでお菓子を買わなかったんですか?
やつい
お金がないくせに、お菓子を買ったら
食べるときの一瞬しかその楽しみがないでしょ。
お菓子は、我慢してればお母さんが
ときどき買ってきてくれるわけだから、
その瞬間の欲望を満たすために
お菓子を買うと損だと思ってたんです。
──
小学生なりに、考えたんですね(笑)。
やつい
だからお小遣いは漫画とかCDに使うべきだし
何度も楽しめるものにしか
価値がないって感じてたんですよね。
お祭りに遊びに行っても、がまんして
お金を使わないようにしていましたね。
──
わたあめや焼きそばを買っても
食べればなくなっちゃうから。
やつい
お金を使わないお祭りって、
びっくりするぐらい楽しくないのよ(笑)。
だけどぼくの価値観からすると
「お祭り=無駄の極致」だから、
お金を使うわけにはいかない。
熟考して、より長く楽しめるものを買おうとして、
結局、ばかだから
水風船のヨーヨーとか買っちゃうんです。
「この中だったらこれだな」みたいな。
──
水ヨーヨー(笑)。
1、2日ぐらいは楽しめますね。
やつい
とにかくその瞬間になくなるものには
お金を使わないっていう考え方で
ずっと生きてきたんだけど、
大学に入って気がついたんですよ。
ビデオやDVDは繰り返し見られるけど、
これから一生、ビートルズやチャップリンを
生で見ることができないんだって。

──
今となっては、過去の映像が
いつでも無料で見られる時代ですしね。
やつい
うん。あのころお金をつぎ込んでいた
ビデオとかCDの価値なんて、
ほとんどゼロ円になっちゃってるからね。
当時はまだYouTubeはなかったけど、
ビデオやCDに生で見る以上の価値はない、
手元に残らないものにしか価値がないのかもって。
──
ええ。
やつい
で、そこからは、すべてに乗ろうと。
とにかく残らないものに
お金や時間を使うようになりました。
人に会う、イベントに参加してみる、
旅行に行く、ご飯を食べる、
お祭りではとにかくなんでも買ってみる。
──
18歳のやついさんは、
そのことにどうして気づいたんでしょう?
やつい
やっぱり、落研に入ってはじめて
自分のライブを主催したからですね。
それまでは、誰かがやることに対して
お金を払うか、払わないかを考える
視聴者だったんですよ。
それが、18ではじめて、主体者になったんです。
──
視聴者から、主体者に。
やつい
ライブを自分で主催してみて、
興味のないことに対して
人がどれだけ反応しないかってことが
よくわかりました。
世の中の視聴者は全員が批評家だし、
何かを表現する人の側じゃなくて、
受け取り側のほうがえばってるんだなって。
──
テレビを見ながら、
「あの芸人さんはおもしろくないよね」とか、
自分のことは完全に棚に上げて
言ったりしてしまうことがあります。
やつい
それを肌で体験したんです。
ああ、これはぼく自身がやってたことだなと。
何も知らないくせに、えらそうに言ってたなって。
──
お金を払う側から、払ってもらう側に立ってみて、
考え方が変わったんですね。
やつい
なんでお客さんが来ないんだろうとか、
どうやったら来るんだろうとか考えていくうちに、
ものとして残らないものの価値について
だんだん考えるようになっていったんですよね。

(つづきます)

2019-10-09-WED

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  • やついいちろう
    『それこそ青春というやつなのだろうな』
    1,400円+税(PARCO出版)

    やついいちろうさんが
    大学の落研でお笑いに打ち込み、
    プロになるまでの
    4年間のことをつづったエッセイ。
    家賃1万8千円のアパートで
    次々に起こる事件や
    落研の仲間たちとともに
    経験した失敗と成功‥‥
    おもしろいエピソードが
    たっぷりつまった一冊です。