糸井

昨日、本（『紛争地の看護師』）を
読みおわるころ、今日のお話を
どうしようかなー、と思ったなぁ。

白川

私は身を委ねてきたんで‥‥
一緒に緊張しましょう（笑）。

糸井

いや、緊張ではなくて、
この本に書かれているようなことから、
何をどう話していけばいいのかわからなくて。

凄まじい現場におられた方ですから、
たとえばこの話がマンガになっていたとして、
こどもたちが読んだら震えると思うんですよ。
その匂いが漂ったまま日本にいたら、
たぶん暮らせないですよね。

白川

そうですね。私にしてみたら、
国境なき医師団の紛争地での活動は、
自分が本当に行きたくて行っているもので、
それも現実。
日本のこの華々しいというか、豊かだったり
平和だったりというのも、これもこれで現実。
どこかで切り替えているところは
あるかもしれないです。

ただ、最後に現場に行ったのが
２年前（アフガニスタン）かな。
たまに振り返ると、日本の現実とのギャップに
ゾッとすることはありますよね。

糸井

だいたい、急に「行け」って言われるパターンですか。

白川

私は外科の看護師なので、緊急なことが多いんです。
戦争が勃発して、そのど真ん中だったり。
そういうことはしょっちゅうです。

糸井

何にたとえればいいのか、難しいんですけど、
やりたくない気持ちが混じっている
怖いことって、いろいろありますよね。
たとえばバンジージャンプとか。
みんなが飛べるかっていうと、飛べない人もいるし、
飛んだ人も、なんか切り替えるんだよ、みたいな。

白川

それ、いい例かもしれないです。
バンジージャンプを前に、
「夢が今日叶う！」みたいな気持ちで
我先に飛ぶ人もいるかもしれないし。
「飛んでる人はかっこいいけど私にはできない」
という人もきっといますよね。

そういう意味では、私自身は
人道支援をすごくやりたかったんですね。
国境なき医師団にはもう10何年とか関わっていて、
現場ももう20回近く行ってるんですけど、
結局いつも、やりたいことをやってきたんです。

糸井

そこですね。

白川

看護師として、本当に医療が必要な、
でも届いていない人に届けたい。
それが自分にとって大きな喜びで、
ひとつの芯というか、
軸にはなっているかもしれないです。

あと私は、国境なき医師団という
組織そのものにすごく憧れと夢を抱いていたので、
夢を追って、やっと入れたという
喜びが大きかったんです。
国境なき医師団のオファーなら、
背景がどうであれ、喜んで、という思いがあります。

©MSF

糸井

だけど、そういうトーンでずっと書かれてる
紛争地での現実は、それこそもう、
とんでもない場面ばっかりで。

白川

もともと想像してもしきれなかったし、
とりあえず行けば何かできるのかなと
行ったところは大きいかもしれないです。
うまく説明できないですけど。

糸井

おそらく説明しきれるものじゃないんでしょうね。
ただ、本を読みながら、
とても大事なんだなと思ったのは
「なりたかった」っていう。

白川

そうですね、はい。

糸井

白川さんは最初、国境なき医師団については
若いときにテレビで見たんですよね。

白川

最初に存在を知ったのが、７歳のときかな。
入ろうとかそういうことよりも、
「ああ、すごい人たちがいるな」
と思ったんです。

小さいながらにも、その名前を聞いただけで、
活動の内容が手に取るようにわかったんですよね。
この世には、きっと差別とか迫害とか暴力とか、
いろんなことで医療が届いていない場所がある。
それを越えて、
「医療に国境があってはならない」という思いで
活動している医療団体があるなっていうのを、
もう素直に、すごいなぁと思ったのが小さいとき。

糸井

それはたとえばアイススケートの選手たちが、
学校の友達と遊べなくなっても練習をして、
いつかオリンピックに行くんだと
思っているというのと、語り口はそっくりですね。

白川

あ、本当ですか。

糸井

「もう見えてたんだよ」みたいな。

白川

その頃からずっと心にはありましたね。
でも、まさか自分がその一員になるという
ところまでは、そのときは考えてなくて。

で、国境なき医師団に対する思いとは
また別に、看護師になりたい思いがあって。

本当に純粋に、看護師になりたい思いで、
看護学校に入ったんですよ。
導かれるように。

糸井

看護師って、どういうものだと思ってたんですか。

白川

ええと‥‥心が反応した、としか
説明がつかないんですけど（笑）。

ただ当時、やりたくないことというのが
はっきりあったんですよ。
私は商業高校に入ったんですね、何の思いもなく。
で、1990年代の商業高校で、特に女性だと、
卒業後は企業に就職するのが
スタンダードな道だったんです。
だけどそれはしたくない。
企業に勤めて何か、っていうことには
自分の心が全く反応しなかったんです。

糸井

商業高校ですから、してる勉強はそっちですよね。
それは嫌だったんですね。

白川

ええ、なにか違うというか。

ただ私は、看護師の世界が
身近にあって育ったわけでもないんですね。

看護師になる人って、
自分が入院したときに優しくされたからとか、
助けてもらったから、とかの経験があることが
わりと多いんです。
けど、私はそういう経験があるわけでもなかったんです。
なぜか、なぜか、なんですよね。

高校３年生になってお友達が
「看護師になるために勉強してるんだ」
って言ったとき、
「ああ、看護師だ！ 看護師だ！」
と思ったんですよ（笑）。

糸井

案外、起点は小さい点みたいなものだった。

白川

ええ。実体験としては、その子の言葉が
あったからなんですけど。

だけど自分はたぶん、どこかで必ず
看護師っていう道を選んでたような気がしますね。
「もう本当に天職だ」って、
看護学校の初日から思いました。

糸井

もう、これが私の、って。

白川

そう。定時制の看護学校に入ったんですね。
商業高校から普通の看護学校って、
やっぱり入るのが難しいんです。学力的に。
受験勉強を全くしてないので。

糸井

じゃあ、昼間は働いて？

白川

そうなんです。
昼間は病院で、看護助手として
下働きみたいな感じで働いて、
もう半日を看護学校で過ごして勉強する。
それがもう、楽しくて。
すごく素晴らしい世界だと思いました。

糸井

そこですよね。

白川

ほんと、よく導かれて。
神様に感謝というか、この運命に感謝しています。

糸井

「当たり」を引いちゃってるわけですよね。

ただきっと、同じような仕事の方々が、
必ずしもみんながみんな、
喜びに満ちているわけでもないじゃないですか。

白川

なんですけど、私は看護師って
本当に素晴らしいと感じていて、
「なんでみんなやらないんだろう？」
って思ってたんです。
だから当時は看護の道、看護の世界の
素晴らしさを伝えたくて、友達を捕まえては、
よくそういう話をしてた気がします。

糸井

「いいんだよー」って。

白川

そう。
「なんでみんなやらないの？ すごいよ」って。

看護師になったあとも、
本当に素晴らしいってずっと思ってたんですよね。
国境なき医師団っていうのは、
全然まだまだ先の話で。

糸井

頭の中にはあるんですね。
いずれ、みたいな。

白川

忘れてた時期もありました。
看護師になって、新人として
もう夢中でいろんな経験を積んでいたので。

糸井

だけど、喜びに満ちているわけですよね。

白川

はい。燃えに燃えて。
そのときに、みんながみんなそういう、
自分と似たようなものだと思ってたんですけど。

糸井

違うと思う（笑）。

白川

だから同僚に
「もう本当に神様に感謝だよね、
こんな素晴らしい道に就かせてくれて」
って言ったときに、
「ええっ‥‥本当にそう思ってる？」
みたいな反応があって、
逆にすごい、びっくりしたんですよね。
「ええっ、みんなそう思ってないの！？」と。

糸井

本を読んでてもそうですけど、全体に、
周りの影響を受けてないですね、いつも（笑）。

白川

（笑）

糸井

朱に交われば赤くなるって言うけど、
周りの友達の「商業高校だし」とか、
「看護師の仕事も辛さがある」とか、
きっといろいろあるじゃないですか。
そういう影響もいつも何も受けてないですね（笑）。

白川

自分の心の反応に素直、なんですかねぇ。