ゲルハルト・リヒター、マーク・マンダース、
川内倫子、野口里佳、牛腸茂雄。
ざっと名前を挙げただけですが、
これら、そうそうたる内外の作家の展覧会や
作品集に関わってきたのが、
デザイナーの須山悠里さんです。
インタビューしたときに
完成間近だった『牛腸茂雄全集』のことから、
須山さんのデザイン観、
その職業哲学のようなものにいたるまで、
ひろく、おもしろいお話をうかがいました。
全5回、担当は「ほぼ日」奥野です。

>須山悠里さんのプロフィール

須山悠里(すやまゆうり)

デザイナー。1983年生れ。主な仕事に、エレン・フライス『エレンの日記』(アダチプレス)、鈴木理策『知覚の感光板』(赤々舎)、「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館)、「マーク・マンダース―マーク・マンダースの不在」(東京都現代美術館)など。2022年6月より東京国立近代美術館で開催された「ゲルハルト・リヒター」の図録を担当。2022年11月19日より一般発売される『牛腸茂雄全集』(赤々舎)の装丁も手掛ける。

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第5回 本にしなければ、わからない。

──
ちょっと話が脱線するかもしれませんが、
現役でご活躍なさっている写真家と、
すでに亡くなった写真家とで、
気持ちの上で何かちがいはあるんですか。
デザインするときの、
よろこびの種類ちがいだとか、たとえば。
須山
わたしは、あんまり変わらないですね。
まずはその作家の作品を見て、経験する。
そこに、
自分の「よろこびの出発点」があるので。
──
冒頭でもおっしゃってましたね。
須山
誰かの作品を、デザインによって
「おもしろくしよう」とか
「説明しよう」とは思っていないんです。
そうじゃなくて、作品を見ることで、
その作家の考えや行為に触れて
感じたことを、物質に置き替える作業が、
自分にとってのデザインだと思っていて。
──
なるほど。
須山
なので、あまり変わりはないと思います。
現役で活躍されている方でも、
もう、すでに亡くなっておられる方でも。
──
作家の考え‥‥というのは
作品に、にじみ出ているものなんですね。
須山
そうですね。
そして、作者自身の経験ですね。
そして、それらを、たとえば
牛腸さんの作品を通じて追体験することが、
自分の仕事にとっては大事なんです。
もちろん、見れないこともあります。
今回の、ゲルハルト・リヒターみたいに。
──
おっしゃってましたね。
須山
リヒターって、日本ではずいぶん
大きな展覧会をやってなかったんですね。
でも、リヒターの作品は、
各地の美術館にコレクションされている。
──
国立西洋美術館、東京国立近代美術館、
横浜美術館、ポーラ美術館‥‥。
須山
そう、あとは、海外で見たリヒターを
あらためて想起したり。
いざ仕事だとなると、そのときの経験や
作品から受けた印象を
「どうやって物質に置き換えようか」
というふうに、考えが動き出す感じです。

──
そういう「物質化や、印象の具体化」が
「うまくいったな」っていうのは、
たとえば、どういうときなんでしょうか。
須山
うん‥‥そうですね、どうだろう。
たぶん、説得する感じではなく
「ちゃんと、その人の本になってる」
みたいな本ができたら、
ああ、うまくいったなって思えるのかも。
──
なるほど。
須山
存命の作家との仕事の場合には、
単純に、本人から
「良い本になった」って言われたら、
ああ、できたんだなと思えますし。
──
それは、うれしいですよね。
ちなみに、リヒターさんって大御所だし、
ご高齢でもあると思いますが、
そういうやりとりって、あったんですか。
須山
はい、たしか色校か何かのタイミングで、
リヒター本人から
「レイアウトがすばらしい」
みたいなメッセージが来て、
編集者さんと「よかった~」って(笑)。
──
今回、物質化したい「印象」は、
この紙と、あのインクを組み合わせれば、
うまくいきそう‥‥
みたいな直感とか見立てって、
あたまの中に入っていたりするんですか。
須山
あるにはあるんですけど、
色校正の前に、いくつかの用紙で、
必ずテスト校正するようにはしています。
どんなにわかっているつもりでも、
作品によっては、
「あっ、こう出るのか」みたいなことは、
しょっちゅうあるので。
毎回、新鮮な失敗と驚きが、ありますね。
──
紙なんて無数にあるんでしょうし。
須山
それがいま、すごく減ってきてるんです。
──
あ、そうなんですか。
須山
はい、選べる紙の幅が少なくなっていて、
価格も全体的に高くなっています。
だから、たとえば「微塗工紙」の中でも、
いちばん使われている紙は、
ぼくは、あまり使わないようにしてます。
──
使わない?
須山
ええ、その紙は他の人も使うだろうし、
別の紙も積極的に使っていかないと、
なくなっちゃうかもしれないので。
──
ああ、なるほど‥‥カメラのフィルムが、
いま、そうなりつつありますね。
どんどん、種類が減って高価格化してる。
須山
出版社さんからも、印刷所さんからも、
まず提案される紙ってあるんですけど、
できるだけ選択肢を広く考える。
そのあたりはコストとの関係もあるので、
なかなか悩ましかったりするんですが。
──
今回の、牛腸さんの作品集の場合は‥‥。
須山
表紙の紙は、あんまり悩みませんでした。
最初、表紙は
布のクロスで考えていたんですけど、
それこそクロスも、
在庫のバリエーションが限られてきてて、
理想的なものが見つからなかったんです。
──
クロスも。
須山
表紙に使う写真には、
『SELF AND OTHERS』の最後の‥‥。
──
ああ、霧けむるグラウンドに消えていく、
あの、子どもたちの。

須山
そう、あの作品でいきたいって、
版元の赤々舎の姫野さんの希望があって。
あの‥‥子どもたちが消えていくような、
それこそ
霧のような膜が一枚かかってるような感じ、
それと、牛腸さんの作品が漂わせている
モダンで都会的な印象を
表現できるような、
グレイッシュなんだけど暗すぎない、
そんな佇まいにしたいなと、
話していたんですね。
──
ええ。
須山
で、その印象をかたちにできるクロスが
結局うまく見つけられなかったので、
紙へ切り替えて、
いろいろと触っている間に
いいのが見つかったんですが‥‥
この紙、色の名前が「きり」なんですよ。
──
おお、その名も!
須山
もう、これしかないなあと思って(笑)。
姫野さんに「きりがありました!」って。
グレイッシュなんだけど清潔感があって、
クリアだし、それこそ
薄い膜が張っているような感覚もあるし。
結果的には、よかったなと思ってます。
──
姫野さんも納得‥‥といった感じですか。
ちなみにぼく、編集者としての姫野さんって、
すごいセンスの持ち主だと尊敬してるんです。
なにしろ、まだ学生のアルバイトの身で、
はじめてつくった本が
舟越桂さんの『水のゆくえ』だっていうので。
須山
本当に。ぼくがすごいなと思うのは、
徹底的に自分の直感を信じているところかな。
売れる売れないは、
もちろん、あるのかもしれないんですけど、
「これは出さなきゃ」と思ったら、
「どれだけ困難でも、出す」編集者ですよね。
──
そうなんですか。そんな感じはすごくします。
須山
デザイナーとして仕事をしていると、
こういう仕様にしたいですと言っても、
高すぎてダメですね‥‥
となることは、ふつうにあるじゃないですか。
──
予算てものがありますからね。世の中には。
須山
姫野さんは、自分もいいなと納得して
「この本にこの紙は必要なんだ」と思えば、
「じゃ、定価を上げましょう」となる。
「これだ」と思ったときの強さというか。
実現のために印刷所と交渉したり、
少々、値段が上がってもいいと覚悟できる。
──
並外れた編集者ってみんなそうですが、
作家に惚れ込む力‥‥もすごいと思います。
須山
ああ、そうですね。本当に、そう。
写真家の鈴木理策さんの
『知覚の感光板』って写真集がありまして、
19世紀の「写真の誕生」に刺激を受けて、
新しい絵画を模索していった画家たち、
たとえばセザンヌならセザンヌが
絵を描いていた場所を訪れて、
撮影した写真を編んだ本なのですが。
──
あの‥‥有名なナントカ山とか?
須山
そう、サント=ヴィクトワール山だったり、
具体的などこかの何かというより、
画家が絵を描いていた場所の、
そこに今なお流れている空気を撮る、
そんな写真ですね。
──
印象派は屋外で絵を描くようになったから、
そういうことができるんだ。おもしろい。
須山
えー、どこかに‥‥ああ、これなんですが。
ここまで大判で横長の本をつくるのって、
かなりコストがかかるんです。
つくれる製本所も、限られてしまうので。

──
なるほど。
須山
いくつか原寸のモックアップをつくって、
理策さんと姫野さんと三人で
小さいサイズでも検討したんですが、
みんなで、
やっぱりこれくらい大きく見せたいよね、
となるやいなや、
「これでいきましょう!」
って、その場で即決してくれるんですよ。
この表紙のクロスも、今までに例のない、
実際の油絵のキャンバスを使いたくて、
値段を聞いたらびっくりしたんですが
「これは必要ですね」とおっしゃって。
──
即断。
須山
結局8000円とかになっちゃったんですが、
ちゃんと「売れた」んです。
たぶんもう、在庫はほぼないと思います。
──
そんな姫野さんと須山さんがつくる、
牛腸さんの作品集。ますます楽しみです。
すっかりデジタルがべんりな時代ですけど、
やっぱり、
本って心が踊りますよね。とくに写真集は。
須山
たぶん、本にしないとわかんないことって
あると思うんです。
見開きにしてみてわかること、
この写真の次に、この写真がきたからこそ、
気がついたこと‥‥とか。
──
1枚1枚の写真を見ていただけでは
感じられなかったことが、
写真集という本にしたことで感じられると。
若いころの牛腸さんが書いた
写真集の計画書を見たことがありますけど、
もう何年も前から
コンセプトを練って、それを言葉にして、
お金をためて‥‥って、あの時代ですから、
きっ、めちゃくちゃ苦労しながら、
最初の写真集を自費出版してるんですよね。
須山
作品単体とはまたちがう、何かが宿る。
そういうものなんだと思うんです。本って。
──
そこまでしても、つくりたいもの。
須山
そうまでしないと、わからないことがある。
だから‥‥いろいろ大変な思いをしてまで、
人は、本というものを、
わざわざつくるんだろうなあと、思います。

(おわります)

2022-11-11-FRI

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  • 『牛腸茂雄全集 作品編』

    36歳の若さでなくなった
    写真家・牛腸茂雄さんの遺した作品を
    一気に見られる本ができました!
    生前に刊行された作品集
    『日々』『SELF AND OTHERS』
    『扉をあけると』
    『見慣れた街の中で』に所収された全作品、
    さらには
    連作〈水の記憶〉〈幼年の「時間 」〉から
    全作品を収録しています。
    インタビューでもたっぷり触れていますが、
    須山さんがデザインしています。
    ヴィンテージ・プリントを確かめるために
    山口県立美術館へ通ったり、
    作品集ごとに紙を変えていたり、
    1%とかの精度で色味を調整していたり‥‥
    渾身の一冊です。素晴らしい出来栄え。
    Amazonでのおもとめは、こちらから。
    一般発売は、11月19日からとのこと。
    なお、版元・赤々舎さんのホームページ
    渋谷PARCO8階「ほぼ日曜日」で
    11月13日まで開催されている写真展
    『はじめての、牛腸茂雄。』の会場内では、
    一般発売に先行して販売中です。
    展覧会は会期も終盤、ぜひご来場ください。
    展覧会について、詳しくはこちらをどうぞ。