猫屋台 nekoyatai

ハルノ宵子さんの、お料理と、猫と、父。

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猫屋台

第4回 型どおりの答え。

どうやら猫屋台は
「住宅+記念館+カフェ+猫のための場所」の
融合体のようなものになるようです。
そんな不思議な施設が実現できるんでしょうか、と、
スピークの吉里さんに訊いてみたところ
「日本で、民宿ってこともできてるんだから、
 やりようはあると思います」
という、力強いお答えをいただきました。なるほど。


▲スピークのみなさんは雪が積もる日も打ち合わせに。
 左から、宮部浩幸さん、吉里裕也さん、川合知子さん。

ところで、この猫屋台のリノベーションについて
ハルノさんはどのくらいの予算を
考えているのでしょうか。

「おとうちゃんの
 『お亡くなり特需』で儲かった分を
 今回の予算の中心にしようと思っています。
 だからまぁ、数百万てとこですね」


▲お亡くなり特需で、改装する。
 仏壇のある居間で打ち合わせはつづきます。

猫屋台計画の大きなポイントとして、やはり
「飲食業を開業する」ということを
無視するわけにはいきません。

食品関係の営業施設を開く場合は、
「食品衛生責任者」を
施設ごとに置かなくてはいけないと定められています。
(東京都の場合、こちらで講習を
 受けることができます)
ハルノさんは、冬のあいだに
この「食品衛生責任者」の資格を取ってきました。

「そこでおもっくそ、講習を受けた結果、
 お客さま用のトイレを
 つくんなきゃいけないこともわかりました。
 従業員用の手洗いも要るし、
 キッチンも、家用と業務用、
 ふたつないといけない」


▲どうやら改装のポイントとなるのは水まわりかも。

▲猫のシロミはいつも打ち合わせにつきあってくれました。
地域によっては
飲食店をつくることがそもそも「不可」の場合もあります。

「吉本さんの書斎を公開してお茶を出す」のが
おおもとのコンセプトだとして、
その延長線上でふくらませる場合、
営業許可がどの程度必要なのでしょうか。
それぞれの自治体の考え方もあるし、
まわりの環境も影響します。
どんな人がどう判断するかでも、ちがう。
つまりは、実際に保健所や消防署に
話を持っていってみないとわからない!
だから、やろうと思ったらあれこれ考えず、動くしかない!
そのあとで実現の道をひねり出すのが得策のようです。

ハルノさんが「食品衛生責任者」の資格も取ったとこだし、
ラフなプランを描いて、とにかく
スピークの川合さんといっしょに
保健所に相談しに行こう、ということになりました。
そのあとに消防署。
消防法では「飲食店併用住宅」ということになり、
避難経路の設定なども必要になってくるようです。


▲庭では猫たちが我々のようすをうかがっています。

▲個人宅でこの量のなまりぶしをまとめ買いする家も、
 そうあるまい。


▲寝違えてしまった日のハルノさん。
 寝癖が隆明さんに似ていると思いました。

打ち合わせを重ね、いつのまにか春を迎えました。
ハルノさんが
「改装にあたってそれほどウキウキしていない」
「夢見がちではない」
「おしゃれとかステキとか言わない」
という状態であることに、
全員が、完全に慣れました。

もともと「基本的にいじくらない」と
ハルノさんは言っていたし、吉里さんも
「ほぼ変えない、ということでいけるね」
とおっしゃっていました。


▲スピークの吉里さん。
スピークの吉里さんは、
東京R不動産をたちあげた人です。
東京R不動産といえば、
いまどきの、あたらしく、おしゃれな、
おもしろい不動産屋さん、
という(菅野の勝手な)イメージがあります。

スピークは、東京R不動産とも連携しつつ
コンセプト立案から設計、賃貸売買仲介まで
建築を一貫してプロデュースしています。
土地や建物の使い方、とらえ方を
さまざまな視点で提案し、ときには運営もする。
不動産のもつ魅力をフルに活かすことが仕事です。

その、いわば最先端の人たちが
猫屋台については「最低限の改装で」という
結論を導き出したことに、やっぱり私は驚きました。
「戦後思想界の巨人の吉本隆明邸」だし、
腕まくりしたい気持ちはなかったのでしょうか。



私は、猫屋台の打ち合わせに同席するうち
「改装前」と「改装後」で
ビフォー&アフターの写真が撮れるといいな、
とすら、思ってしまっていました。
そんなふうに、パッとわかりやすい
おもしろい場面が出てくるといいな、と考えていたのです。

でも‥‥
ハルノさんのおとうさんである吉本隆明さんが
枠にはまってなにかをしたようなことが
あっただろうか。
ない。
こちらが想定したような答えや行動は、
返してこなかったのです。


▲吉本隆明さんと糸井重里。
 よく対談させていただきました。

糸井とともに伺ったお話で
吉本さんにとってことばとは何ですか、と訊いたら
「ことばの根幹は沈黙です」という答えでした。
吉本さんにとって大切なものはなんですか、と訊いたら
「そのようなことは誰でも
 同じように考えるものです、それよりも、
 自分の目で何を見ようとしているのかが
 自分をあらわしているのです」

という答えをいただきました。
子どもにとっていい先生とはなんですか、と訊いたら
「いい先生になろうとしないこと」
という答えでした。
そのときどきで、糸井と目を合わせて驚きました。
吉本隆明さんの答えにはいつも背筋がぞくぞくしました。

ハルノさんもそうです。
せっかく家を改築するならふつうこうだろう、
という決まりきったようなことはしません。
そんなもの、なんの意味もありません。

ひとことではわかりにくい、
その人とつきあわなければわからない、
本質のようなところをくみ取って、かたちにしていく。
家をつくるということはこういう仕事なのか、と
このとき私はやっと気づくことになりました。



(つづきます)
2014-10-03-FRI