2021年から2022年にかけて、
株式会社ほぼ日は「デザイナー」を6名採用しました。
当社比でみれば、過去に例のない極端な採用です。
ほぼ日デザインチームにとっても、
メンバーの数が倍近くになるおおきな変革です。
そんななか、デザインチーム最年長者の廣瀬正木が、
ある日、急に、こんなことを言いました。
「6人の新人デザイナーぜんいんに、
ほぼ日ハラマキのデザインを考えてもらいます」
廣瀬はどういうおもわくで
この企画を思いついたのでしょう?
新人たちのデザインはほんとうに商品になる?
などと気になることもありますが、
そういうあれこれを吹き飛ばして、
ワクワクする企画だと思いました。
新人たち6人のデザインを見てみたい。
6人が悩み、試行錯誤を繰り返し、
商品化される(かもしれない)までの流れを、
ここで追いかけます。
さあ、カモン、6人の新人たち。
自由にのびのびやっちゃってください。
新人たちが設営した会場での発表会が続いています。
ふたりめは、加藤千恵子。
加藤の作品は、展示の場所に「壁」を選びました。
糸井重里に解説するかたちで、
彼女の発表がはじまります。
- 加藤
- わたしは、自分の好きな小説をいくつか選んで、
そのなかの言葉を
デザインに落とし込んでみました。
- 糸井
- 小説から。
- 加藤
- 選んだ小説は、
川端康成さんの『雪国』と、
梶井基次郎さんの『檸檬』、
小林多喜二さんの『蟹工船』、
宮沢賢治さんの『ひかりの素足』です。
どれも著作権が切れている作品です。
- 糸井
- ああ、著作権ね。
- 加藤
- まずこれは、
『雪国』の文章からつくりました。
主人公の男の人が、
宿にいた美しい女の人を表現した文章を
選びました。
- 加藤
- ‥‥読みます。
「白粉はなく、都会の水商売で透き通ったところへ、
山の色が染め上げたとでもいう、
百合か玉葱みたいな球根を剥いた新しさの皮膚は、
首までほんのり血の色が上っていて、
なによりも清潔だった。」
※川端康成『雪国』(新潮文庫)より
- 糸井
- ‥‥川端康成、すごいこと言うなあ。
- 加藤
- 「百合か玉葱みたいな球根を剥いた新しさの皮膚」
という部分が、いいなと思って。
女の人の肌が白いことを
こんなに美しく書けるんだと感動しました。
- 糸井
- うん。
- 加藤
- 肌をただ「きれい」と言うのではなく、
「清潔だった」と表現しているところも
すてきだなと思います。
- 糸井
- 「清潔だった」の前が、濃いからね。
- 加藤
- はい。
この言葉をもとに、
まずはイラストを描いて、
それから柄に落とし込んでみました。
- 糸井
- そうか、イラストから‥‥。
- 加藤
- 次は、宮沢賢治さんの
『ひかりの素足』からです。
- 加藤
- (読み上げる)
「なんというきれいでしょう。
空がまるで青びかりでツルツルして
その光はツンツンと二人の眼にしみこみ、
また太陽を見ますと、それは大きな空の宝石のように
だいだいや緑やかがやきの粉をちらし、
まぶしさに眼をつむりますとこんどは、
そのあお黒いくらやみの中に
青あおと光って見えるのです。」
※宮沢賢治『ひかりの素足』(偕成社)より
- 糸井
- ‥‥このデザインは、
グラデーションを使っていますよね。
- 加藤
- はい。
光の水面を表現するために
パステルの粉を使っています。
- 糸井
- これをハラマキにするには‥‥
(プロデューサー・廣瀬に尋ねる)
編みものになるんですかね?
- 廣瀬
- 今回のプロジェクトでは新人たちに、
制限は考えなくてよいと伝えているんです。
ハラマキのつくりかたの制約を気にせず、
のびのび考えてもらいたかったので。
- 糸井
- 自由に。
- 廣瀬
- はい。
自由にやってくださいと。
- 糸井
- なるほどね。
で、加藤さんは文学シリーズを。
- 加藤
- はい。
続いてこれは、
小林多喜二さんの『蟹工船』からです。
- 加藤
- 『蟹工船』はざっくりいうと、
主人公がすごくブラックなバイトをしている
話なんです。
- 糸井
- ブラックなバイト(笑)。
- 一同
- (笑)
- 加藤
- 労働環境がヤバくて‥‥。
- 糸井
- やっぱり、新人はいいね(笑)。
くったくがないというか‥‥すごくいい。
- 加藤
- すみません(笑)。
『蟹工船』は、
主人公が過酷な環境で働いていて、
汚かったり、臭かったり、
人の汗や垢がいっぱい
文章で表現されているんです。
でも、この、海を表現している部分は
海が汚いはずなのに、
すごくきれいな文章に見えるんです。
(読み上げる)
「寒々とざわめいている
油煙やパン葛や腐った果物の浮いている
なにか特別な織物のような波‥‥。」
※小林多喜二『蟹工船』(新潮文庫)より
海に汚いゴミがいっぱい浮いている様子を、
「織物のような波」と表現していて、
なんだか目に浮かんできて。
この波を表現したくて
いろいろな生地をスキャンして、
その上にイラストも描き足してみました。
- 糸井
- スキャンして。
- 加藤
- はい。
色は2色で展開しました。
- 糸井
- 激しいですよね。
- 加藤
- あ、はい‥‥。
激しいかもしれません。
- 糸井
- 『蟹工船』ですからね。
- 加藤
- それで、ここですみません、
『雪国』の小説に戻ります。
『雪国』でもうひとつデザインがあります。
- 加藤
- 選んだ文章は、
秋の景色を表現しているところです。
(読み上げる)
「その向うに連なる国境の山々は夕日を受けて、
もう秋に色づいているので、
この一点の薄緑は返って死のようであった。」
※川端康成『雪国』(新潮文庫)より
「この一点の薄緑は返って死のようであった。」
というのは、金網の網戸にとまった
蛾(ガ)を表現していて、
なんて美しいんだろうと思って。
この一瞬の景色をデザインにしてみました。
- 糸井
- ここに、蛾がいますね。
- 加藤
- はい。それはスケッチです。
- 糸井
- これらを、
自分でお腹に巻いてみたりしました?
- 加藤
- え、お腹に巻いたりは‥‥
想定はしてたんですけど。
- 糸井
- 想定はした。
- 加藤
- はい。
- 糸井
- なるほど。
次は?
- 加藤
- 次は、
梶井基次郎さんの『檸檬』です。
- 加藤
-
(読み上げる)
「見わたすと、その檸檬の色彩は
ガチャガチャした色の階調をひっそりと
紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、
カーンと冴えかえっていた。」
※梶井基次郎『檸檬』(新潮文庫)より
主人公が積み上げた本の上に
檸檬を置くシーンなんですが、
その光景を「カーンと冴え返っていた」
と表現しているところが
かっこいいなと思って選びました。
- 糸井
- 描いたイラストは、これですね。
- 加藤
- はい。
ちょっとテキスタイルっぽく。
- 糸井
- これをもとに、いろいろしてみたわけだ。
- 加藤
- はい。
いろんな色の展開をつくってみました。
- 糸井
- うん。
- 加藤
- 小説はこれでおしまいです。
最後にこれは
「本」をテーマにしたデザインです。
- 加藤
-
本を読んでいると、
「いま、何ページ目だっけ?」って
よくなるんです。
電車の乗り換えがあるときとか、
移動中にページを覚えておくのが
ちょっとめんどくさいときに、
いま読んでいるページの数字に
バッジをつけられるデザインをつくりました。
本読みにいいかなと思って。
- 糸井
- ハラマキがしおりなんだ。
- 加藤
- そうです。
読み進めたら服をめくって、
バッジをちょっと移動させます(笑)。
- 糸井
- お百度参りをする人にもいいですね。
「いま何度目のお参りだっけ?」って。
- 一同
- (笑)
- 加藤
- カウントしたい人におすすめです。
- 糸井
- カウントしたい人(笑)。
実用性はともかく、
デザイン、きれいですよね。
- 加藤
-
ありがとうございます。
これで、ぜんぶです。
(一同拍手)
- 糸井
- デザイナーがどう考えて
ものをつくろうとするのかって、
聞いたことがないから、おもしろいです。
- ──
- そういえばそうですね、
デザインの「過程」の話は
あまり聞いたことがないです。
- 糸井
-
デザインって、
基本的に頼まれ仕事ですからね。
このハラマキのデザインも
頼まれ仕事なんだけど、
「自分のやりたい側に持っていく」
っていうことができますよね。
そこが、
舞台をひっくり返すみたいにおもしろいです。
それと、さっき
「自分で巻いてみた?」って
聞きましたよね。
- 加藤
- はい。
- 糸井
- あれは「他者がどう見るか」について
どう思ってるかなと。
- 加藤
- 他者。
- 糸井
- さっきの彼女、高澤さんのデザインは
「お客のいるハラマキ」だと感じました。
誰かもうひとりの男性がそれを見ているような。
で、次の加藤さんのデザインは、
「誰もいないところで考えている」
感じがしたんです。
- 加藤
- ああ‥‥。
- 糸井
- 良い悪いじゃなくてね。
「ああ~、違うものだなぁ」と。
それぞれ個性として、
生きる部分があると思います。
- ──
- 加藤さんのメンターは、
平本さんと、志田さんでしたね。
- 平本
- はい。
- 志田
- わたしたちです。
- ──
- おふたりは今日、
このデザインは初見ですか?
- 志田
- 文学シリーズは事前に見ていましたが、
最後の本をテーマにした
デザインは初見でした。
- ──
- メンターさんからは、
どういうアドバイスを?
- 平本
- アドバイス‥‥。
糸井さんがおっしゃったように、
デザインは仕事を受けるところから
はじまることが多いので、
加藤さんも最初のところで
ずいぶん悩んでいました。
- ──
- 「自由にどうぞ」と言われて、
最初にアイデアを出すところですね。
- 平本
- ええ。
それでぼく、昔、糸井さんが
「好きなことばだけ書いていると歌詞になる」
と話していたことを伝えたんです。
- 糸井
- ああ。
- 平本
- 迷ったらまず、
自分の好きなものを表現すれば
きっかけになるんじゃないかと思って。
そういう話をしたら、彼女は、
「ことばを絵にする」ことをはじめました。
それで、原画をみてびっくりしたんです。
「お、すげぇ」と思って。
- 糸井
- (笑)
- ──
- 横からの質問を失礼します。
加藤さんのデザインは
「途中経過」で見せてもらったものと
おおきく変わっていないように感じますが、
それは、あえて?
- 平本
- そうですね、自分の「好き」から離れずに
加藤さんは進めていました。
- ──
- 色の数を増やしたり、
ひとつひとつをブラッシュアップしたり。
- 加藤
- はい。
- ──
-
なるほど、ブレがないです。
「お、すげぇ」と感じた原画が
ハラマキのデザインへ
落とし込まれていったわけですが、
メンターの立場から
その過程をどのように見ていたのでしょう?
- 平本
- 原画のエネルギーがすごいので、
それを生かしたデザインに
「まだまだ、もっとなる余地があるぞ」
と思いながら見ていました。
- 糸井
- そう。
拡大したり、縮小したり、
まだまだ、いっぱいできそうだよね。
- 平本
- はい。
そういう感じで様子を見ていました。
あ‥‥ごめんなさい、
志田さんとふたりでメンターをしてたのに
ぼくひとりでしゃべってしまって。
- 志田
- 大丈夫です(笑)、同じです。
わたしも同じ気持ちで見ていました。
- 糸井
-
いやぁ、それぞれに、
動機との関係がわかるのがおもしろい。
「悩んだんです」っていうのも、
またおもしろいし。
これ、色使いも
案外渋いところにいってますよね。
- 加藤
- そうですね、はい。
- 糸井
- 古典的な色使い、というか。
- 加藤
- はい。文学からのデザインなので、
ちょっと和風になったと思います。
- ──
- ‥‥というわけで、
以上、加藤さんのデザインでした。
ひとまず、お疲れさまでした!
- 加藤
-
ありがとうございました。
(一同拍手)
- 糸井
- おもしろいね~。