物語は、
どこから来るのか。

第2回

物語がないと、
なぜ物足りないか。

──:
表面的なパッケージ・デザインの後ろ側に、
「物語」が存在しないと、
どうして「物足りない」んでしょうか?
ニコラ:
そうですね、具体的な例をお話をすると、
今年のバレンタイン・デーのとき、
ショコラに
ある女の子の絵をプリントしたんです。

その女の子は
「月の王国の皇女、ロクサーヌ」という、
プリンセスでした。
──:
はい。
ニコラ:
彼女、見た目はかわいらしいんですけど、
実は武術に長けていて、
戦わせたら、誰より強くて勇ましい女性。
──:
へえ‥‥。
ニコラ:
そして、あのイラストをプリントした
チョコレートは、バニラのフレーバーですが、
ピエール・エルメ・パリのバニラって、
ただ香るだけの甘くて優しいバニラじゃなく、
とても力強いバニラなんです。

だから、ロクサーヌに、ぴったりなんです。
ピエール・エルメ、2016年バレンタインデーのショコラ。販売は終了しています。
──:
物語と商品とが、
そこで、きっちりリンクしている、と。
ニコラ:
はい。
──:
ようするに、ストーリーがない場合と、
ストーリーがある場合とでは、
イラストそのものも、
どこか、何かが変わってくるんでしょうか?
ニコラ:
キャラクターの表情とか。
──:
なるほど‥‥物語のなかの人だからこそ、
ただかわいいだけじゃない、
ちょっと物憂げな横顔もアリになる、と。
ニコラ:
あるいは、あるキャラクターと
別のキャラクターを横に並べたときに
「意味」が生まれたりもします。

たとえば恋愛、敵対、友情‥‥とかね。
──:
背後に「物語」があれば。
ニコラ:
そう。
──:
クリスマスケーキのパッケージなんかも
素敵だなあと思ったんですが、
あれには、どんな物語があるんでしょう。

ふつうに考えたら、
クリスマスケーキのイメージとはかけ離れた、
巨大ロボットが描かれています。
日本のテレビアニメにも、どこか通じそうな。
ニコラ:
彼は、警備ロボットのアタノール3号。

私、永井豪さん原作のロボット・アニメの
『グレンダイザー』が好きなので、
その影響が、出ていると思います(笑)。
──:
あー、たしかに「UFOロボ」風!
でも、今度は「永井豪さん」ですか‥‥。
ニコラ:
アタノールは、ふだんは、
「太陽の王国」と「月の王国」の間にある
「フェアグラウンドガーデンズ」
という名の遊園地をパトロールしている
ロボットなんですけど、
あるとき、いい香りにつられて行ったら、
パティシエがケーキを焼いていたんですね。

そこで、自分の身体のモーターを使って
ケーキを焼くようになって‥‥
そのおかげで、心が優しくなったんです。
──:
甘いケーキを焼く、心優しいロボット。
ニコラ:
アタノールというのは、日本語で言ったら、
「錬金術の炉」のことです。
──:
じゃ、そこでケーキを焼いている?
ニコラ:
そう、錬金術の世界では
太陽や月や星の影響が語られますので、
「太陽の王国」と「月の王国」が出てくる
今回のストーリーにも合ってるんです。
──:
深い部分で符牒が合っているんですね。
ニコラ:
今回のコラボレーションをはじめるとき、
ピエールと、パリ8区、
メゾン・ピエール・エルメの近くにある
モンソー公園を散歩しながら話をしたんです。

ピエール・エルメの世界観と、
私の絵の世界観の共通点を探る意味でも。
──:
ええ。
ニコラ:
モーツァルトの「魔笛」のオペラの仕事に、
当時、関わっていたので、
まず、その情景が頭のなかにありました。

そして、ピエールと園内を歩くうちに、
モンソーのおもしろさに、気づいたんです。
──:
おもしろさ?
ニコラ:
現在のモンソー公園は、
19世紀のスタイルで設計されていますが、
歴史はもっと古く、
18世紀には、
貴族たちのテーマパークだったんです。

ルネサンス様式のアーケードがあり、
ピラミッドみたいな建物があり、
古代ギリシアのコリント式の円柱があり、
中国風の建物、アラブ風の建物‥‥。
──:
そんなに、いろんな様式やテイストが。
ニコラ:
モーツァルトの「魔笛」が片隅にありつつ、
モンソー公園を歩いたことで、
さまざまなイメージがミックスされ、
今回の物語のインスピレーションが沸き、
ストーリーが、
四方八方にどんどん広がっていったんです。
──:
中世ルネサンス期の建築や芸術から、
18世紀の貴族の庭園、
モーツァルト、錬金術、永井豪さん‥‥って、
インピレーションのソースが、
ものすごく多岐にわたってるんですね。
ニコラ:
実際、モンソー公園でも、
ピエールに『グレンダイザー』の話を
していたかもしれない(笑)。
──:
18世紀の貴族のテーマパークを歩きながら、
日本の巨大ロボット・アニメの話を。

でも、ニコラさんの作風を見ると、
日本のポップカルチャーがお好きなことが
たしかに伝わってきます。
ニコラ:
日本に行こうと思ったきっかけのひとつは、
『宇宙刑事ギャバン』ですし。
──:
え‥‥あの、ギャバンですか?
80年代の、日本の子ども向けの特撮の。
ニコラ:
大好きだったんです。

<つづきます>
『宇宙刑事ギャバン』に影響を受けた作品、スーパー・ポリフィーロ。
2014年、原美術館での展示風景。写真:木奥惠三
2016/12/21 水曜日