山本昌 「おちつけ」は永遠の課題。 山本昌 「おちつけ」は永遠の課題。
慌ててしまうとき、感情的になりそうなときに、
自分に言い聞かせたい「おちつけ」の言葉。
おちついてさえいればうまくいったのに、
という機会は誰にもあるはずです。

プロ野球界のレジェンド 山本昌さんは、
「おちつけ」を、永遠の課題と表現しました。
50歳まで現役で投げ続け、通算219勝。
プロ野球史上最年長32年の在籍記録のほか、
数々の最年長記録を持つ大投手にもかかわらず、
毎試合、それこそ現役最後の試合まで、
不安や緊張と戦ってきたそうです。

「おちつけ」からはじまる人生哲学が聞けました。
担当は「ほぼ日」の野球ファン、平野です。
第1回 ピッチャー 山本昌の緊張
写真
──
現役時代の山本昌さんをテレビで観ていて、
マウンドでの振る舞いも、
インタビューの受け答えも堂々としていて、
おちついている印象を持っていたんです。
ところが、著書を読ませていただいたら
ものすごく「緊張しい」だったと。
山本昌
そう、じつはね。
現役で32年プレーしていましたが、
試合前のあの緊張感というのは、
最後まで変わりませんでしたね。
登板する日は、いつも緊張していました。
──
緊張しているイメージがなかったので、
そこが意外だったんです。
ほぼ日では、糸井重里の発案で
「おちつけ」という言葉が書かれた
グッズを作っていまして、
元プロ野球選手として昌さんが経験してきた
「おちつけ」の話を教えていただけますか。
山本昌
おちついて投げるというのは正直、
なかなかできないことなんですよ。
先発ピッチャーというのはいつも緊張して、
何かしら不安があるものなんです。
特に立ち上がりの初回で、
おちついて投げたことはないですね。
──
緊張しているのは
若い選手や大事な試合ぐらいなのかなと
勝手に想像していたんです。
昌さんは登板の直前になると
何かをしていないとおちつかなくて、
ロッカールームでバスタオルを頭からかぶって
グラブとスパイクを黙々と磨いていた、
と本に書かれていたのを読んで驚きました。
どれだけ経験を積んでも、
おちつくことはなかったんですか。
山本昌
実績がついてくれば、
おちつき度合いは違うでしょうけど、
立ち上がりにピンチを迎えたら、
どれだけ経験を積んでも、おちつけません。
現役のピッチャーを見ていても、
初球でツーベースなんか打たれたら
バタバタしてしまうのは当然ですよ。
試合中におちつくところというのはね、
自分で早く作らなきゃいけないんです。
──
おちつける試合というのは
どんな状況でしょうか。
山本昌
まずは、試合展開でぱっと優位になれば
すぐにおちつけますよね。
仲間に点を取ってもらったり、
自分でもいいスタートを切れたり、
余裕がないとなかなかおちつけません。
「1点も取られちゃいけない!」よりは、
「2点まで取られてもいいんだ!」と思って
投げているほうが余裕を持って投げられます。
おちついていれば、失敗が怖くないですから。
試合中に余裕が生まれたら、
マウンドの上で「ここまでのことはできるな」と
冷静に考えることができるようになります。
人生でも同じでしょうけど、
貯金があったり余裕があったりすれば、
おちついていられるでしょう?
──
そうですね。
普段から心に余裕があれば
焦ったり怒ったりしませんよね。
山本昌
ぼくが思うに「おちつけ」というのは、
どんな場面でも開き直れることです。
ぼくも経験を積んだおかげで、
ピンチでも開き直れるようになりました。
開き直って、冷静な自分に立ち返れるかどうか。
その開き直りがいいほうに行くかどうかは
神のみぞ知る、ですけど。
ピンチの場面で「おちつけ!」とも思うけれど、
おちつき過ぎてもうまくいきません。
おちつかないという状況を、
しっかり自分のものにしていくことは、
誰にも必要なんじゃないでしょうか。
写真
──
不安や緊張はつねにありながらも、
試合でいい結果を残すために
どう心がけていたんですか。
山本昌
ぼくが大切にしていたのは、準備です。
試合前の準備をしっかり整えて、
「よし、やり切った。これで頑張ろう。
本番で絶対に失敗しないぞ、できるぞ!」
と踏ん切りのつくところまで持っていけたら
少しはおちつけるだろう、と思っていました。
もちろん勝敗を左右する場面では緊張しますが、
準備さえできていれば周りが見えるようになって、
緊張感を制御できるようになります。
先発ピッチャーは調子の悪い日でも
マウンドに上がらなければいけません。
ぼくは調子が悪い日にこそ、
事前の準備でおちつけたかったんじゃないかな。
──
準備ができていれば、緊張していても
いいパフォーマンスができるんですね。
昌さんが緊張とうまく付き合っていくために
考えていたことはありますか。
山本昌
相手に向かって立ち向かう気持ちであったり、
「大事なところを任せていただいているんだ」
という期待に応えたい気持ちであったり、
気の持ちようで緊張を和らげていました。
緊張感があるからこそ、出せる力もあるんです。
ヘラヘラしながらやる仕事なんて
たいしたことないなと思っているので。
「おちつけ」のなかにもね、
適度な緊張感が必要じゃないでしょうか。
緊張感がなかったら、いい仕事はできませんから。
──
それだけ重要だから緊張するんだ、
とも言えますよね。
実績や経験がない若い人の場合、
どうやっておちつかせたらよいでしょうか。
山本昌
自分をおちつかせてくれる言葉や
エピソードを覚えておくと、
いざというときに心の支えになると思いますよ。
これは人づてに聞いた話ですが、
野村(克也)さんのエピソードが
ひとつのヒントになるかもしれません。
──
野村監督のエピソード、
教えてください。
山本昌
野村さんが監督をしていた頃、
緊張している選手に対して、こんな質問をしました。
「どうせその場に出て行くんだ。
ビクビクしてびびってやるのか、開き直ってやるのか。
お前はどっちでやるんだ?」と選手に聞くわけです。
ほとんどは「開き直って頑張ります!」と答えるから、
野村さんは「そう言うんなら開き直って頑張れよ」と。
勝負は1回きりですから、
開き直って立ち向かったほうがいいですよね。
実績や経験に裏づけされるおちつきもありますが、
本を読んだり人の話を聞いたりして、
「ああ、これはいい話だな」と思ったら、
しっかり覚えておくといいですよ。
言葉を覚えておくだけでも
おちつくことはできると思いますから。
──
奮い立たせてくれる言葉や、
冷静にさせてくれる言葉ですね。
山本昌
ぼくは先発投手として1週間に1度、
緊張する場面を迎えていましたが、
いつまで経っても慣れることはなくて
毎回緊張していたんです。
会社で働いているみなさんも、
大きな仕事を任されたり、
大切な発表や、大事な契約の場面、
そういうものに向かうと緊張しますよね。
すぐには慣れないかもしれませんが、
おちついていないと本来の力が出せません。
では、おちつくために何をするべきか。
その意識が大事じゃないかと思います。
写真
──
昌さんは、緊張を抑えるために
何をされていたのでしょうか。
山本昌
ぼくは現役時代に、朝起きてから試合で投げるまで、
自分で決めたルーティンを守っていました。
服を着るときには、まず上着から。
次がズボン、靴下やスパイクを履くのは
必ず右からと決めていました。
グラウンドでは、練習でも試合でも、
ファウルラインをまたぐのは必ず右から。
ブルペンで投げる球種、コース、数も、
すべて同じように決めて続けていました。
試合前にはグラブを磨きながら、
「きれいにするから、今日も頑張ってくれよ」
と心のなかで語りかけるのが、ぼくのルーティン。
ゲン担ぎなら負けたときに変えるのですが、
勝っても、負けても、同じように続けていました。
自分で決めたルーティンを欠かさないことで、
気持ちを高ぶらせたり、
体を試合に向かっていかせる雰囲気を作れるんです。
みなさんも、なにか大事なことを抱えたときに、
神社にお詣りに行くことがありますよね。
それもきっと、自分をおちつかせるための
ルーティンと言えるんじゃないでしょうか。
──
それだけプレッシャーを感じていたとなると、
緊張や不安で眠れなくなったりとかは。
山本昌
あ、眠ることに関しては
なんの心配もありませんでした。
どんな大一番が控えていても、
夜はしっかりと寝られたんです。
眠れるのはいいことだなと、
プロに入ってから気づきましたね。
どんな日でもちゃんと寝られたのは、
ぼくの強みかもしれません。
──
試合前日にぐっすり眠って、
朝起きてからの心境は?
山本昌
めちゃくちゃ緊張してる(笑)。
(つづきます)
2019-09-12-THU