|
糸井 |
とにかく、大沢さんに楽しんでやってもらうのが
うち的にも、いいことだと思うんで。
|
大沢 |
いやぁ、まぁね、さっきも言いましたけど
「ほぼ日」で書かせてもらうのは
なんかおもしろそうだというのが先ですね。
パターンでやる仕事が、イヤなんで。
|
|
糸井 |
よかったです。
|
大沢 |
むかしやったことと「同じことをやる」のって、
ぜっんぜんヤル気が出ませんから。
|
糸井 |
あの‥‥演歌歌手の人たちって、
歳ともに「歌いかた」が変わるじゃないですか。
|
大沢 |
ええ、はい。
|
糸井 |
たぶん「声の出方が変わるから」なんでしょうけど、
それに加えて、
あれも「自分を飽きさせない」というか、
「同じことをやりたくない」のひとつですよね。
|
大沢 |
演歌の場合、同じ歌ばっかり歌ってるからね。
|
糸井 |
しかも、どんなふうに変わるのであれ、
「この歌いかたが、うまいんだ」というふうに
思わせちゃいますよね。
|
大沢 |
はい、はい。
節回しも、へんなところで区切ったりとかして。
|
糸井 |
そうそう、あれって「歌がうまくなった」とか
「味が出てきた」というより
「オレが支配してるんだ」という表現だと思うんです。
|
大沢 |
それを「上手い」と思わせるだけの「巧みさ」も
当然、持ってるわけですけどね。
|
糸井 |
ああ、そっちの「巧(うま)さ」か。
|
大沢 |
シャンソンなんかでも、まったく同じですよね。
ろくに声も出てないようなヨレヨレのバァさんが
歌ってんだけど、
「こっちのほうが人生あるわ」と思わせちゃう。
|
糸井 |
つまり、そういうことが小説の場合にも‥‥。
|
大沢 |
ああ、ありますね。あります。
つまり、物語の「構想力」とか「構築力」みたいなことは、
若いころのほうがあるんですよ、絶対に。
ところが「見せかた」というかな、
「見得の切りかた」みたいな「技」の部分は、
長くやればやるほど、磨かれていく。
|
|
糸井 |
そのへん、今の大沢さんくらいになったら、
そうとう意識的に、
いろんなことをやってそうですね。
その「技」や「巧みさ」の部分で、
題材が似通っていても新しくみせたりとか。
|
大沢 |
まぁ、まったく同じ内容を書いたとしても、
20年前のオレだったら
もっと読みづらくて
つまんない話になるだろうな、とは思いますね。
|
糸井 |
おもしろいですねぇ。
|
大沢 |
たとえば「こってり書きまくったけど、脇役」
みたいなキャラを
話のなかでうまく動かせるかどうかは、
その「技」の上手ヘタに関わってきますよね。
|
糸井 |
ああ、なるほどなぁ。
|
大沢 |
‥‥ところが、不思議なのは
ぜんぜん「こってり書いてない」のに
「ものすごくこってりした印象を
読者に残す脇役」が、
たまーに、出てきたりするんですよ。
|
糸井 |
ああ、います。いますねぇ。
|
大沢 |
こういうのは「技」とはべつの部分ですよね。
たった2行ぐらいしか出てこないのに
読者から「あの人をまた出してほしい」とか
「すごく印象に残ってる」
みたいに言われるキャラが出てくるってのは。
|
糸井 |
ええ、ええ。
|
大沢 |
強烈な印象を与えるつもりで書いていない人物が、
どういうわけだか、
読者によっては強烈な印象を残しちゃうんです。
そこが、小説の持つ「曖昧さの強み」なんですよ。
|
|
糸井 |
ああ‥‥おもしろいです。
|
大沢 |
自分でコントロールしてない部分だからこそ
読者から指摘されると、すごく楽しい。
シリーズものの、おもしろみのひとつですね。
|
糸井 |
なるほどなぁ‥‥。
つまり、そういうことを積み重ねながら
『新宿鮫』も、続いてきたわけで。
|
大沢 |
‥‥まあね、ぶっちゃけた話をしちゃいますと
4作目で直木賞もらった以降は、
書かなきゃしょうがねぇなという状況ですよね。
『新宿鮫』について言えば。
|
糸井 |
そうですか。
|
大沢 |
まぁ、読者も待ってくれてるみたいだし、
オレの本のなかでは
このシリーズがいちばん売れてますしね。
|
糸井 |
うん、うん。
|
大沢 |
もう「二つ名」になっちゃってるわけですから、
小説家・大沢在昌の。
|
糸井 |
ええ。
|
大沢 |
ただ、続ける以上、おもしろくなきゃならない。
逃げ出しちゃうってわけにもいかないから、
主演を暗殺者にしたり女にしたり、
自分を飽きさせないような工夫をしつつ‥‥。
「ゴルフに行きたい」「釣りしたい」
「おネェちゃんと遊びたい」
「めんどうくせえなぁ」
「他より疲れるんだよこのシリーズは!」
‥‥とか言いながら、まあ、サボってサボって。
|
|
糸井 |
ええ、はい(笑)。
|
大沢 |
ようやく「10作目」にたどり着くわけです。
|
糸井 |
いちばん最初の『新宿鮫』は‥‥。
|
大沢 |
1990年。それで、今9作でしょう?
|
糸井 |
じゃあ、もう18年。
※この対談は2008年に行われました。
|
大沢 |
そう‥‥で、ぼくは今まで「80冊」ぐらい
本を出してますから、
そのうちの「9冊」って「9分の1」なんです。
|
糸井 |
そう聞くと「それだけなんだ」って思いますね。
|
大沢 |
でしょう?
だから、大沢在昌といえば『新宿鮫』みたいに
言われるのも、
そろそろ、つらくなってきてるんです。
|
糸井 |
あ、そう‥‥。
|
大沢 |
つまり、パターン化がイヤだとか言うんなら、
根本的には
『新宿鮫』自体が、そろそろイヤなんです。
|
糸井 |
あのー‥‥(笑)。
|
|
大沢 |
いやいや、書きますよ。もちろん書きます。
おもしろいって言ってもらえるような
「10作目」にしますよ。
だって、これで「やっぱりやめたわ」って
帰っちゃったら、
糸井さんと、楽しくおしゃべりしただけに
なっちゃいますからね。
|
|
糸井 |
そういうオチだったら、すごいな‥‥(笑)。
<つづきます!> |