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ベルリンのど真ん中にティアガルデンという森があり、
その中にフィルハーモニー・ホールが
ひっそりと黄金色に輝いています。
世界最高峰のオーケストラ、ベルリン・フィルの本拠地です。
設計したのはドイツ表現主義の
建築家ハンス・シャローン。
強面の顔をした建築家ですが、
でき上がった空間は実にやさしくて
表情豊かなうえに動きに満ちています。
コンサート前にワインが飲める
吹き抜けのホワイエも魅力的ですが、
なんといってもホールの内部空間が素晴らしくて、
ステージを囲むように
360度ぐるりと観客席が配置されています。
ホールの中が音楽で満たされてくると、
音楽を聴くというより、
音楽の中に自分のからだが
すっぽり入りこんだような感覚を覚えます。
幸福にも音楽の丘に迷い込んだようです。
そんな空間の中心、
ホールの文字通りど真ん中に指揮台があります。
一般的なホールでは
ステージと観客が向かい合うことで
音楽にゆるい方向性が生まれますが、
フィルハーモニーでは
中央に位置するオーケストラを
客席がぐるりと囲むので、
一体感が生まれるんです。
シャローンも粋なことを考えたもんですね。
当時のベルリン・フィルを率いた生ける伝説、
カラヤンの指揮ぶりを
どう見せるかを考えてのことだと想像します。
その指揮台の位置する
屋根の上(つまりは建物の頂上)には
象徴的な鷲らしき彫刻が乗っています。
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▲ポツダムセンターから見下ろしたフィルハーモニー・ホール
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▲音楽家たちを囲むように配置された観客席が特徴的な
フィルハーモニー・ホールの内観スケッチ
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僕は4年弱のベルリン生活の中で幾度となく
このフィルハーモニー・ホールに足を運びました。
そして名演を聴くたびに指揮者たちに感銘を覚えました。
実際に弦をこすり、マウスピースに息を吹きこんで、
音を奏でるのは楽団員たちですが、
楽譜の海から
音楽という道なき道を導きだしてイメージを膨らませる
指揮者の創造力に僕は深く感動します。
指揮者は譜面をとおして
作曲家と対話しながら曲の世界を理解し、
それを実際に音として奏でるべく
プレーヤーたちを鼓舞して演奏を築きあげます。
指揮者のタクトによってそれぞれの音が束ねられ、
深く美しいハーモニーが生まれ、
観客を音楽の森へと誘うのです。
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▲ティアガルデンより見た夜景に浮かぶ
鷲のような彫刻が見えるフィルハーモニー・ホール
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音楽がオーケストラという共同体によって
奏でられるように、
建築もまた多くのメンバーの力が
一つになって出来上がります。
優等生だけが集まっても
いいチームをつくれるわけではないように、
いろいろな個性を持った人がぶつかりあいながらも、
がっちりタッグを組んでひとつのチームになって初めて、
魅力ある建築は完成します。
この凱風館という音楽を奏でるプレーヤーにも
錚々たる顔ぶれが集まりました。
ここでメンバー全員を簡単に紹介させてください。
まずは、建物の柱や壁になる木材を提供してくださるのが
京都の美山町で林業を営む小林直人さん。
柱のない幅9メートル、奥行き13.5メートルの道場をはじめ、
建物全体の強度などを計算する
構造設計をお任せしたのが
金箱構造設計事務所の金箱先生。
外側の漆喰壁や内部の土壁をつくってくれるのは
左官職の井上良夫さん。
玄関の敷き瓦や外構の瓦は、
名カメラマンでありながらも
淡路の「カワラマン」こと山田脩二さんの手によるもの。
カーテンなどはテキスタイル・デザイナーの安東陽子さん。
道場に作る能の敷き舞台の背景画「老松」を描くのは、
内田さんの本の装幀なども手掛け、
ミラノと神戸を拠点に創作する山本浩二画伯。
そして、建築全体の施工にあたるのが
岐阜県加子母村を本拠地として檜の山を守りながら、
自然素材を使った家づくりを唱える中島工務店のみなさん。
これだけの方々を前にして、
建築家1年生が
生意気にもタクトを振るのですからびっくりです。
しかし、相手をリスペクトする気持ちとともに
熱意をもって伝えれば、できないことなどありません。
図面やスケッチ、言葉を通して対話を重ねることによって、
建物のイメージをしっかり共有していくこと。
その時に妥協しないこと。
何時間でも話し合い、打ち合わせをすること。
寸分違わず分かりあうのは難しいものですが、
丹念にキャッチボールを重ねていけば、
熱い思いはゆっくりとではあっても確実に伝わります。
そして建築に関わるみんなと
気持ちのいい関係が築かれていくのです。
そうした強い思いはできあがった空間にも必ず宿ります。
数値で表せるものではありませんし、
ましてやほかの建物と比較できるものでもありませんが、
肌が感じるんです、愛のある空間は。
そう、「凱風館」は僕が初めてタクトを振る交響曲なのです。
建築という音楽を豊かに奏でるべく、
僕もマエストロへの階段を
一歩ずつ上っていこうと思います。
今でも忘れられないシーンが浮かびます。
フィルハーモニー・ホールで
大汗をかきながら躍動感溢れる指揮をする
佐渡裕(さど・ゆたか)さんのコンサートです。
心や感情を超えて、からだに訴えかけてくる音楽でした。
建築家と指揮者はどこか似た職業なんじゃないかと
考えるようになったのは、
そのマエストロの大きな背中を見たときからなのです。
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▲控え室にて佐渡裕さんと筆者、2005年頃
※写真は佐渡裕氏のご厚意により掲載しています。
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