地元で育った森から伐り出した木で
自分の家をつくるというのは、
ひと昔前まではごく一般的なことでした。
地元で育て、地元で使う、
まさに地産地消ですね。
これが一番いいに決まっているんです。
その木が育った同じ気候の中で使われれば、
木材は反ったり割れたりもせず、
立派に家を支える柱や梁、床、屋根と
なってくれるからです。
ただ、天然の木材は自然のものですから、
集成材とちがって、もちろんひび割れしたり、
乾燥が甘いと反ったり、扱いづらい面もあります。
しかし、熟練した技術で正しく扱えば、
時間とともに味わいが出る
丈夫な建材が木材だと言えます。
また、なにより豊かな木の香りが
部屋を和やかなものにしてくれますし、
みっちりと目がつまった木材は
なにより美しいものです。

凱風館は京都府南丹市美山町(みやまちょう)の
杉の木をふんだんに使って建てます。
ただの国産材ではありません。
長い年月をかけて山で杉を育て、伐採した、
その人の顔が見える木々を使うのです。
つまり、家の柱や梁になっている木材を
伐り出した森がどこのどんな森なのか分かるのです。
その人が小林直人さん、内田さんの古い友人です。

内田さんは直人さんを
「哲学する木こり」と呼びます。
学生時代に哲学を専攻していた直人さんが、
いつでも思慮深い言葉を語られるからでしょう。
直人さんは大学を卒業してから林学を学び、
家業を継ぐために
京都北部の山間の集落・美山町に来て、
30年以上に渡って
杉を中心とした林業を営んでいます。
今では珍しい茅葺き屋根の家に、
奥さまの節子さんと二人でお住まいです。
目の前には田んぼが3枚あり、
自分たちの食すお米を自分たちでつくる
自給自足の生活を送っています。

▲京都・美山町にある茅葺き屋根の家に住む小林直人さんとその家族

内田さんは、神戸女学院大学に職を得たばかりで、
娘さんがまだ幼かった20年前から
直人さんとの交友を続けています。
いまも毎年5月のゴールデン・ウィークになると
必ず美山町に出かけて、
直人さんと山を歩き、
山菜のてんぷらを楽しむことを
恒例の行事にしているのです。
年に一度の大事なルーティーン。
神戸で多忙なシティ・ライフを送る
内田さんにとって、
日本の里山の景色を代表するような
美山町の美しい山並みと川の流れは、
大きな安らぎを与えてきたのではないでしょうか。

内田さんに招待されて、
僕も昨年からゴールデン・ウィークを
小林ファミリーと一緒に
美山町で過ごすようになりました。
透きとおるような水と美味しい空気、
みずみずしい新緑。
時間がゆっくり流れ、
心持ちが和やかになるような場所です。
山で摘んだばかりのタラの芽や
コシアブラといった山菜を
その場で揚げてもらい、
美味しい天ぷらにみんなで舌鼓を打つ。
そんな楽しい時間は
あっという間に過ぎていくものです。

直人さんと節子さんには、
初めて美山町を訪れた時から
大変あたたかく迎え入れてもらいました。
小林家の食卓は、
どこか小津安二郎監督の映画に出てくるような
雰囲気があります。
ぼくのことを息子のように接してくださるので、
まるで自分の故郷にいるかのように落ち着きます。

▲今まで味わったことのないほど美味しい
 小林家の山菜てんぷら

そんな直人さんが
丹精を込めて育てて管理している杉だけを
凱風館では使っています。
道場を始め、建物の柱はすべて美山町の杉です。
柱と柱を結ぶ梁や屋根を組む木材にも使っています。
屋根の要として一番高いところに位置する材料を
「棟木(むなぎ)」と言いますが、
そこには美山町の杉の皮だけを剥いだ
丸太のまま使っているんです。
部屋の中から見上げると、
立派な丸太が家の象徴に見えるように設計しました。
いまの多くの木造の家は、
平らな天井を張ってしまうため、
屋根裏にスペースができますが、
建物の構造体が見えません。
でも僕は、屋根と同じ勾配に
天井を仕上げることにして、
建築を構成する部材を室内側にも
存分に見せることを意識しました。
なぜなら美山の杉が、
天井で隠してしまうにはもったいないくらいの
とても立派な木材だからです。

▲凱風館の構造材に使う杉が伐られた美山町の山
▲凱風館の客間の棟木に杉の丸太をイメージしたスケッチ

棟木には丸太を使う、と書きましたが、
一口に丸太と言っても、
その扱い方にはいろいろな工夫が必要です。
まず、「背割り」といって、
丸太の中心に向かって
一本の切り込みを入れる必要があります。
背割りを入れることで
内部からの乾燥を促すのです。
また、皮をむいた状態が
そっくりそのまま仕上げになるので、
丁寧に皮をむく必要があります。
そんな手間暇をかけてやっと、
大地に根付いた木々に、
建築の部材としての
新たな命が吹き込まれるのです。

自分でも皮むきにトライしてみたのですが、
この皮むき一つとっても試行錯誤の連続です。
まずは最初に美山で手斧(チョウナ)を使って
皮を剥いでみましたが、
丸太が水分を含みすぎていて
上手くいきませんでした。
どうしても表面にトゲのようなものが
残ってしまうのです。
そこで、今度は岐阜の工場で
乾燥機に入れて含水率を下げてから、
再度電気ガンナで少しずつ丸太をむいていきました。
固さがぜんぜん違いますが、
20センチほどの円形のくりぬきを連続させて
丹念に削っていき
(例えて言うならアイスクリームを
 丸くスクープですくい取るような感覚です)、
クリスタルのような光と影が生じるように
イメージしました。
すると木の年輪がとっても綺麗に現れて、
じつに複雑な表情を出してくれます。
職人の技による納得の仕上がりです。

その丸太のどの面をどちらに向けて、
どこに使うのか? 
家の中を人が動くにつれて
場所ごとに多彩な表情が生まれるようにしたい、
つまり、見る場所によって異なる存在感を
丸太が発揮するように工夫しました。
そんな杉の丸太が
凱風館の2階の屋根の棟木などに
架かっているのです。

▲美山で挑戦した手斧(チョウナ)での
 最初の皮むき挑戦(左)と背割りの様子(右)
▲乾燥した後に丸太を再度削り出すと、美しい年輪が現れる

次回につづきます。

2011-09-16-FRI
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