ベルリンの裏通りには
小さくて魅力的な飲食店がたくさんあって、
どの店に入ろうかよく迷います。
友人からのお勧め情報も
レストラン・ガイドもない時は、
自分の嗅覚だけを頼りに店選びをしますよね。
ふらっと入ったお店が
極上の料理や飲み物を提供してくれると
喜びは格別です。
凱風館を実際に立ててくれる施工者を決めるときも、
旅先でナイスなレストランを
直感的に見つけた時に似た感覚があったのを
覚えています。

初めてのプレゼン以来、
内田さん夫妻との打ち合わせは
月1回のペースで続きました。
毎月新しい模型を制作し、図面とスケッチで
あらゆる可能性を検討していきます。
室内の壁が斜めになっている案を出して、
「これが美術館なら
 劇的な空間でいいかもしれないけど、
 日常の生活を送る家では、
 直角でまっすぐな壁が良いな。
 そのほうが自分のいる場所が今どこなのか、
 という自分を定位させる感覚が有効になる」
といった反応をもらったこともあります。

▲斜めの壁を多用することで空間の動きを表現したものの、
 内田さんに却下された提案の平面図

こうして少しずつ建築家とお施主さんとのあいだで
プランがまとまってくると、
次は、この建物をだれに実際に建ててもらうのか、
工務店を決める、という課題が浮上してきます。

凱風館に関しては、
多くの先輩建築家や先生方から
信頼できる建設会社を紹介していただききました。
木造建築がしっかりとつくれることや
会社の規模などを考慮し、
見積もりに参加してほしい、
と声をかけた建設会社は4社。
作成した図面一式をもとに、
1ヶ月弱をかけて見積書を制作してもらいます。
各社それぞれに土台、屋根、天井、壁、柱、
さらにはネジ1本から窓やドアはもちろんのこと、
キッチンやトイレといった設備器具に至るまで
すべてのコストを洗いだして、
工事にかかる材料費や人件費を計算し、
最終工事費をはじき出すのです。
工事を進めるうえで必要な工程表も提出してもらいます。

はたしてどんな数字が上がってくるのか、
すごく緊張しながら見積書が届くのを待ちました。
なんだか通知簿をもらう小学生のような心持ちです。
そして締め切りきっかりの当日、
分厚い茶封筒が4つ、事務所に届きました。
ドキドキしながら開封すると、
そこにはぎっしり数字が書かれた
見積明細書が入っています。
各社の総工費をまずは確認し、驚きました。
最初の見積りではよくあるように、
予算をオーバーしていたのはともかく、
1社を除く3社の数字がとても近かったのです。
もっと数字がばらけていれば、
判断しやすかったのですが、
いかんせん数字が似ていたので
100ページ以上もの見積書を
それぞれ細かく比較検討していく日々が
続くことになりました。
基礎工事/木工事/ガラス工事/内外仕上げ/設備機器/
家具/外構植栽/諸経費‥‥とリストは続きます。

自分が設計した建築が
お施主さんの予算内で成り立つように
コントロールすることも建築家の大切な仕事です。
各社の見積書をにらめっこしながら、
値下げできそうな項目や、
必要な材料の数が多めに計上されている箇所を
蛍光ペンでマークしていくうちに、
予算内に収まる方向を示せる手応えも
やっとつかめてきました。
そんな中、内田さんとの打ち合わせの日が
近づいてきます。
4社の見積りに対する分析結果を
僕なりに順位づけして準備しました。

打ち合わせの当日、
見積もりの結果を報告する僕の説明もほどほどに、
なんと内田さんは
「この檜の家づくりをしている中島工務店にしよう」と
即決してしまいました。
見積りを比較検討したすえに、
木造建築を得意とする中島工務店が一番いいと
僕も思ってはいましたが、
内田さんは事前にお渡しした4社の会社案内を見た時点で
直感的に「ここがいい!」と思っていたというのです。
きっと人生で最大のお買い物でしょうに、
その鋭敏な感覚と潔さには驚かされました。

こうして、岐阜県加子母村を本拠とし、
木造建築の技術に定評のある中島工務店(神戸支店)に
凱風館を施工してもらうことになりました。
一つの建築が完成するには、
この施工者とお施主さん、建築家のトライアングルが
しっかりと対話を重ねて
がっちりとタッグを組むことが大切です。
そして、このさき中島工務店と仕事を進めていくなかで、
街中でふと素敵なレストランを発見したときのように、
感謝の気持ちと幸福感でいっぱいになる瞬間を
何度も味わうことになるのですが、
このときが、その嬉しい出逢いの始まりだったのです。


次回につづきます。

2011-09-30-FRI
前へ 最新のページへ 次へ
メールをおくる ほぼ日ホームへ