凱風館の外壁を左官仕上げにすることが決まったので、
僕はすぐさま外壁をどんなふうに仕上げようかと、
あれこれアイデアを練りました。
土という大地から生まれる素材を
建築という人工物にどのように取り込むのか、
考えどころです。
建物の外壁を敷地の下に横たわる地層の延長として捉え、
幾つかの色味の左官壁を
下のほうから積み重ねるプランや、
まったく無関係にグラフィック・デザインとして
外壁を彩るプランにも挑戦しました。
しかし一番しっくりきたのは、
3つの特徴をもつ内部の様子を
外側にも反映させるという案でした。
つまり、パブリックな性格を持つ道場の外壁は
黒寒水石(黒い炭酸カルシウムの結晶)の洗い出しで、
書斎やサロンなどの
セミ・パブリックなスペースは白漆喰で、
キッチンや寝室などの
プライベートな部分は肌色(クリーム色)漆喰で、
それぞれを仕上げるのです。
内部の部屋の性格を外部の色で表現するという、
凱風館にはごく自然なこのプランは、
内田さんにもすぐに納得していただきました。

▲外部の仕上げのバリエーションを検討し、
 採用された案のスケッチ

▲外部の仕上げのバリエーションを
 検討するための模型たち

左官の仕事は、長期間にわたる建築工事の
終盤に登場します。
木造の建物には当然のことですが、
工事の主役となるのは
棟梁をはじめとする大工さんたちです。
左官職人が登場するのは、
その大工さんたちが壁の下地を完成させてからなので、
そういう意味では脇役とも言えます。
しかし、井上さんはこう言います。
「現場の大工仕事を生かすも殺すも左官次第やで。
 棟梁の仕事に対して、綺麗に土を添えていくと
 見栄えが全然ちゃうからな。
 生き物のように柔らかい土が
 しっかり柱や梁に対して塗り込まれると、
 お互いの素材が呼吸もするし、引き立て合うさかえ」と。

凱風館では9月に入ってから、
いよいよ左官仕事がスタートしました。
井上さんを親方として、
総勢5人の職人さんが息の合った仕事ぶりで
壁を塗り込んでいきます。
この時から現場では水が多く使われるようになります。
土でも、砂でも、漆喰でも、セメントでも、
すべての材料が水と一緒に混ぜて作られるのです。
つまり左官職人は水の職人なんです。
まずは外壁から丹精を込めて塗っていきます。
現場で井上さんの仕事ぶりを
後ろからじっと見ていて驚いたのが、
土の重さを計量し、
水とゆっくり丁寧にまぜながら材料を準備するのが
親方の仕事だったことです。
親方が調合したその材料の具を、
お弟子さんたちは鏝板(こていた)に載せて
手際よく壁に塗り込んでいきます。
もちろん井上さんは塗る作業にも参加するのですが、
材料の調合というのは、
何度もサンプルをつくって試行錯誤した末に作られた
秘密のレシピのようなものなので、
絶対に間違いのないように
井上さんが自らつくるんですね。
弟子に食材の仕込みをさせて、
大事な調理をするのが料理長、
というイメージがありましたが、
実際はその真逆でした。

▲道場の土壁の材料を大きなミキサーで
 丁寧に調合する井上さん

▲左官職人の道具箱(岡持・おかもち)と
 鏝板(こていた)

左官職人さんたちが鏝(こて)で
材料を壁の中にこすり込んでいく
その佇まいには、見ていてホレボレさせられます。
ピリッとした緊張感の中、
鏝で壁に塗り込んでいくと心地よい音がします。
最初は砂などの粒子がこすれ合う
「ザラッ、ザラッ」という荒っぽい音でしたが、
次第に「シャリ、シャリ」と押さえ込まれて
壁の中の密度が増し、
最後は「スー、スー」と土をなでるような
優しい奥行きのある音が響きます。
これは、大地の土が自然界から建築へと移行する、
まさにその境界線上にある音楽なのかもしれません。
この歯切れのいい音と共に、
赤ちゃんの肌のような
しっとりとした壁ができあがっていきます。

▲鏝で外壁(左)/道場の内壁(右)を塗り込む井上さん

下塗りをして乾燥を待ち、中塗りをして乾燥を待ち、
仕上げを塗ってまた乾燥、という具合に
時間のかかるのが、水の職人である左官職人の仕事です。
規格化された建材が流通するようになって、
現場のスピードは向上し、
大量生産が可能となったことで、価格も下がり、
日本の家づくりは一変しました。
左官仕事の出番は壊滅的に減ってきています。
でも、土の壁は水でできていますから、
時間が経つにつれ風情が出てきます。
もちろんひび割れすることもあります。
部屋の空気を呼吸しながら、
完成してもなお乾燥して
新しい表情をみせてくれるのです。
人間が歳を重ねると、
しわが増えることで熟成された顔になっていくように、
土壁もまた時間に耐えて味わいを増す立派な素材です。
それもこれも、今では珍しくなってしまった
職人の中の職人気質をもつ井上さんのおかげ。
こうして凱風館は立派な佇まいを獲得していくのです。

▲美山町の道場の杉の柱に寄り添って、
 中塗りされたばかりの美しき土壁

ベルリンで働いていた頃、
仕事帰りによく同僚のドイツ人たちと
クナイペ(バー)に寄ってビールを飲みました。
水のようにがんがん飲む彼らのペースには
とてもついていけないため、
一人だけウィスキーを飲む習慣が身に付いたので、
ぼくはワインはそれほど飲みません。
しかし、ワインが微妙な温度や湿度の調整を必要とする
デリケートな飲み物であることは知っています。
その豊潤なワインの世界への道先案内人として
ソムリエという仕事があるように、
腕のたつ井上さんのような左官職人は、
まさに土のソムリエとして
建築の精度を脇からしっかりと
支えてくれているのです。

次回につづきます。

2011-11-04-FRI
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