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柱や梁など建物の構造というのは、
人間のからだに例えると骨にあたります。
とすると、外壁は人の皮膚や洋服のようなものだ
と言えるでしょう。
当初、凱風館の外壁は
杉を黒く焦がした焼き杉で仕上げる計画でした。
木でできた建築ですから、
外壁も木でつくるのが自然だと考えたのです。
道場や書斎など、機能の異なるスペースに合わせて、
その外壁は焼き杉の色や質感に
グラデーションで変化をつけるつもりでした。
ですが、太陽光や雨風に容赦なくさらされる外壁を
木で仕上げると、
どうしても早く劣化するという弱点があります。
そのため、塗装や張り替えといった
メンテナンスが必要となります。
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▲外部を焼き杉のグラデーションで
計画していた初期の凱風館
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もっとも大きな問題となったのは法律による規制です。
凱風館が建つ場所は駅にも近く、
第一種住居地域/準防火指定となっていて、
ひじょうに高い防火性能が求められます。
当初は、焼き杉と組み合わせる下地材や
壁の中の断熱材を防火性能の高いものにして、
防火の基準をクリアしようとしたものの、
仕上げに焼き杉を使うかぎり、
それは困難であることが分かりました。
そこで考えたのが、モルタル(セメントからできた材料)を
下地にした上で、漆喰で仕上げるプランでした。
大いなる方向転換です。
漆喰仕上げということは、つまり土の壁ですから、
「昔の武家屋敷のような家」という
内田さんのご要望にはむしろぴったりだと気付き、
デザインを進めていきました。
木造建築では木材を切ったり、
繋げたりという加工をする木工事は大工さんがやり、
土を扱う仕事は左官職人さんが担当しますが、
現在この左官職人の仕事はすごく少なくなっています。
つまり、日本の家づくりの現場から
水がなくなってきているのです。
どういうことかというと、土の壁をつくるには、
材料の調合にも、作業を進めるときにも、
とにかく沢山の水を必要とします。
スピーディーにつくれる壁紙やボード類を使った壁と違って、
土の壁は下塗り/中塗り/仕上げという具合に
工程が多いため、時間もかかります。スローなんです。
でもだからこそ耐久性があって、味わい深いのが土壁です。
鏝(こて)を使って丁寧に進められる左官仕事には
「手」の痕跡が残るのです。
凱風館の土壁を作ってくれるのは、
京都の綾部地方を拠点にして、
寺社/文化財の修復保存などの仕事を手がけてらっしゃる
井上良夫さんです。
中島工務店とも多くの仕事をともにしてきた職人さんで、
その技術には定評があるとのことでした。
井上さんと初めてお会いしてみると、
「土のことは俺に任せろ」という強いオーラを感じさせる、
笑顔が素敵な方でした。
陽気でよくしゃべる井上さんの言葉は、
謙虚でありつつも腕のよい職人ならではの
絶対的な自信に支えられています。
その自信は、左官の世界に飛び込んで以来、
長い経験によって培われた強靭なものです。
一切おごることなく、
より良い物をいかにつくるかを
自由な感性で考え続けているところに
井上さんの凄みがあります。
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▲左官職人の井上良夫さん
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そんな井上さんの姿にぼくは、
湖畔に建てた小屋でひとり“森の生活”を送った
アメリカの作家ヘンリー・デヴィッド・ソローを
思い浮かべていました。
マサチューセッツの森の中、
ウォールデン湖に面した小屋で生活する
ソローがもっていたであろう生命体としての強さを、
井上さんにも感じたからです。
森に落ちている枝を使って物干竿をつくったりするような、
ありものだけで
最低限の生活を送ることのできる(ブリコラージュ)
研ぎすまされた感覚の持ち主ということです。
それを成り立たせているのは
豊富な知識とたゆまぬ努力でしょう。
エピソードをひとつご紹介します。
凱風館の外部も内部も、
土の壁は井上さんにおねがいしようと決まったのは、
ちょうど美山町で林業家の小林直人さんが
杉材の最終調整をしている頃でした。
井上さんも同じ京都を本拠にしているわけだし、
凱風館に使われる杉材を見たいということで、
顔合わせのため美山町にご一緒した時のこと。
製材がすんで乾燥中の杉を見ながら話していると、
「この杉が育った山の土はどんなんかいね?
もし、ええ土が取れるんやったら、
その土をもろて調合したらええ土壁が出来るんちゃうかな?
そりゃ、美山の杉の家は、美山の土でつくるんが
一番やさかいに。
ずっと山で一緒に生活しとったんやから」
と仰るんです。ハッとしました。
山の中で木々が立派に育つことができるのは、
太陽の光と土の大地があってのこと。
その木が柱となって建築を支える壁に
同じ山の土が寄り添っていれば、
相性が抜群にいいに決まっています。
まさに大地で壁を作るということ。
これには内田さんもすぐ共感され、
実行に移すことになりました。
5月のゴールデン・ウィークに内田さんと美山を訪れた際に、
井上さんも合流し、
山に入って美山の土を持って帰ってもらいました。
それをすぐにあれこれ調合して、
井上さんは綺麗な土壁の見本をいくつもつくってくれたのです。
そんな魅力的な左官職人の井上さんによって、
凱風館の土壁はゆっくり丁寧に
作り込まれていくことになりました。
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▲美山町の山で井上さん自ら土を掘り出す
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▲凱風館の内外の壁のためにつくられた
数々のサンプル板を前にして打ち合わせ
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そして、10月に入って外壁から内壁へと
左官工事が進んでいき、
ついに美山で取った土が
凱風館の壁に塗り込まれていきます。
その絶妙な色合いは大地を感じさせ、
井上さんの鏝さばきも
華麗なダンスのように壁の上を踊ります。
丸太の壁となっている美山の杉と
美山の土がここで再会を果たしたのです。
「おう、お前も来たか?」という丸太の声が
聴こえてくるような、ウキウキする瞬間でした。
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▲凱風館2階の客間サロンの壁に
塗り込められた美山の土
(上部と下部には美山の杉の丸太)
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