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ジョン・パーリンの『森と文明』(晶文社、1994)
という本を読んで、
水の都ヴェネチアの繁栄は森を制覇(伐採)したことで
可能になったことを知りました。
海上に浮かぶ宝石のような
街・ヴェネチアを支えているのは、
海上に埋められた何万本もの木の杭なんです。
でもそれらの杭を見ることはできません。
考えてみると、建築物の構造も
外からは見えないことがほとんどです。
でも、だからこそ大事なのであり、
決して妥協してはなりません。
表面の仕上げにどんなに手間とお金をかけても、
肝心な建物の土台などの構造が
しっかりしていなくては、
地震などの災害にも太刀打ちできません。
構造に欠陥があると住む人の命にも関わりますから、
見えないからこそ、
手を抜いてはいけないのが建物の構造なんです。
凱風館の構造設計は、
金箱温春(かねばこ・よしはる)先生にお願いしました。
僕の事務所と金箱先生の事務所が
ご近所というご縁です。
内田さんと設計の打ち合わせを重ねて、
徐々に全体像が固まってきた頃、
僕はそろそろ実施設計に進むためにも、
構造計算を誰に頼もうか、あれこれ考えていました。
そんな時、駅前でランチを済ませて
事務所に戻る途中、
いつもと違う道を通って帰ってみました。
建築家アントニオ・レーモンドが設計した
聖アンセルモ目黒教会を覗こうと思って
寄り道したのです。
するとその教会の手前に
『金箱構造設計事務所』という看板をみつけました。
「あれ? 建築雑誌でよく見かける名前だぞ」と思い、
インターネットで調べたら、
やはり数々のプロジェクトの構造計算を手がけた
実績のある方でした。
一方的に運命のようなものを感じて、
さっそく構造設計の依頼メールと電話を
差し上げたところ、すぐに承諾していただき、
数日後には打ち合わせをスタートしていました。
力強い味方を得ることができて、
大変心強く感じたのを覚えています。
さて、建物というのはコンクリートでできた
基礎の上に載っています。
基礎というのは、つまり土台ですね。
木造/鉄骨造/コンクリート造、
どんな建築もコンクリートを
流し込んで固めた土台としての
基礎の上に建っているんです。
その基礎がしっかりしていればいるほど
安心なのですが、
しかし、基礎を強くしようとするあまり、
コンクリートを使いすぎると
コストも上がってしまいます。
そこで金箱先生は、
地盤改良のための杭を打ち込むことによって
基礎の下にある地盤そのものを強くし、
当初の計画よりも薄くスマートな基礎にすることを
提案してくれました。
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▲敷地の基礎の下、地面から深さ2mの支持層まで、
コンクリートの杭を「モグラ叩き」のように
合計55本打ち込んで地盤改良を施す
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コンクリの基礎の中には、
鉄筋(鉄の棒)が網目状に組み込まれています。
この鉄筋が横揺れなどの引っぱりの力に抵抗し、
コンクリートが荷重など
垂直方向の圧縮力に抵抗することで、
地震や強風にも揺らぐことのない
安全な土台を形成するのです。
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▲鉄筋が計画通りに組まれているかどうかを
チェックする配筋検査。左端が金箱先生
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▲コンクリートを流し込む直前の配筋工事の様子
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凱風館の1階は75畳の道場です。
合気道の稽古をするのに柱は邪魔ですから、
幅9m、長さ13.5mという広さの道場の天井と
その上にある2階部分の荷重のすべてを
梁だけで支えなければなりません。
構造設計家は、柱の太さや梁の大きさ、
そしてもちろんあの美山の丸太の太さや
強度について安全性を計算し、
どのように組み立てれば強度を保てるかを
割りだします。
同時に建築家も、柱と梁の接合部の
取り合い(つなぎ方のこと)を
スマートに見せる方法や、
開口部の大きさ(つまり柱と柱の間隔)の
可能性などを検討します。
オープンマインドな構造家との対話は
じつにスリリングなものです。
金箱先生は、建築家の意図することをすぐに感知し、
イメージを共有したうえで、
より美しい魅力ある空間を
一緒になって考えてくれました。
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▲計算にあたって作成された構造模型
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計算の結果、この道場には
幅17センチ×高さ80センチの梁が
必要になることがわかりました。
そこで凱風館では通常よりも強度の高い集成材を
使うことにしました(材種は米松[べいまつ])。
集成材というのは読んで字のごとく、
薄くスライスした木を重ねて
のりで貼り合わせた木材です。
集めてくっつけると言っても、
木の向きによって強度にばらつきが出るので、
木を交互に並べることで
より安定した強度を作り出します。
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▲梁は1本がおよそ600キロの重さ。
クレーンで吊って所定の箇所に
棟梁が取り付けていく
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この立派な梁が1.5m間隔で8本組み上げられ、
人工地盤のような2階の床が出来上がります。
その上に和室や寝室、家事室、風呂場といった、
それぞれ屋根の形の違う部屋が作られるのです。
こうして金箱先生から構造について
太鼓判をもらってから、
棟梁にどんどん工事を進めてもらいます。
京都・美山町の直人さんの杉の柱や丸太の棟木も、
4月には図面通りに
現場で一つ一つ丁寧に組み上げられました。
この骨組みだけが建ち上がった
骸骨のような状態の時に、上棟式を行ないます。
工事の中間地点でお施主さんが
職人さんたちへのねぎらいや感謝の気持ちをこめて、
続く工事の安全祈願を祝うのです。
凱風館では晴天に恵まれた4月20日、
古式に則った厳粛な上棟式を行ないました。
式の最後は、節分の豆まきのように
2階のテラスから参列者や近隣の方々に
お餅やおひねりを投げて、ぶじ終了です。
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▲上棟式の様子、祭壇礼拝の儀
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▲最後に上棟式の参列者と一緒に全員で記念撮影。
道場の立派な梁が写っています
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建物の構造は外から見えないことが多いと
先ほど書きましたが、
凱風館では可能なかぎり
構造を見せることを心がけています。
道場では集成材の梁も柱も
仕上げとして露出していますし、
2階もそれぞれ大きさやプロポーションの異なる
屋根の形状に合わせて天井を仕上げているので、
棟木はもちろんのこと、
屋根を支える垂木などの部材や柱も
壁の中におさめず、部分的に表に見せています。
それは直人さんの杉や井上さんの土壁がもつ
素材の物語が建物の内側からもしっかり感じられて、
みんなに伝わることを願ってのことです。
こうした小さな物語を共有することが
建築への愛着を生みだすと信じて、
凱風館はつくられています。
建物が地盤改良された強い基礎の上に
載っていることを保証してくれる構造計算そのものは、
出来上がった建築に
書き記されているわけではありません。
凱風館にとってまさに縁の下の力持ちが、
この金箱先生の構造計算なのです。
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