ここでまた凱風館から離れて、
ポルトガルでの幸せな体験をひとつ。
僕が勤めていたベルリンの設計事務所では、
インターンシップの外国人学生が
たくさん働いていました。
彼らの多くは僕と同じくドイツ語を苦手とし、
英語で仕事をします。
当時コンペ(建築設計の競技)のチームにいた僕は、
同じチームのインターンたちと
ずいぶん仲良くなりました。
ヨーロッパの学生は、学生といっても、
スタッフとして働く僕よりも年上だったりします。
向うの大学は入学するより卒業するほうが難しいうえ、
日本のように新卒ではなくてもいつでも就職できるので、
いろんなことに好奇心をもって勉強しているうちに、
年齢が上がってくるのです。
そのぶん成熟した学生が多く、
うちの事務所にも大変優秀な学生が
多くの国から集まってきていました。
フランス、イタリア、英国、スペイン、デンマーク、
フィンランド、ポルトガル、ギリシャ‥‥。
ぼくが親しくなったのは、
なぜか北欧やポルトガル、ギリシャのような
ヨーロッパの周縁の国の学生たちでした。
辺境国の人々には中心にある強国がもつ傲慢さがなく、
彼らに対する劣等感からくる
自国のプライドが垣間見えるあたりに、
僕は親近感をもちます。
そして、半年間のインターンを終えて
それぞれの国に帰っていく彼らをたよって、
僕は休暇をとるごとに旅に出ました。

あるときの行き先はポルトガル第2の都市、
ポルトでした。
元インターンのジョアンナという素敵な友人と
再会を果たし、
彼女にあちこち連れて行ってもらいました。
建国の地・コヒンブラ宮殿、
エッフェル塔の設計で一躍有名になった
エッフェルの弟子たちが設計した橋がかかる
ドウロ川のほとりを散策しながら
宝石のような町並みを眺め、
夜はバッカリャオという魚の郷土料理と
美味しいワインを頂く。
黒く光る石畳の坂道が印象的なポルトの街を
満喫しました。

▲ポルトの街はドウロ川を中心に発展しました
▲川岸に座って美しきポルトの街並みをスケッチ

なかでも楽しみにしていたのが、
ポルトガルにモダニズム建築を開花させた
建築家アルヴァロ・シザの建築探訪です。
ストレートでシンプルな白い
王道のモダニズム建築ではなく、
地域の風土や伝統に根付いた独特な感性にもとづいて
シザの建築は設計されています。
それはポルトの町並み同様、
静止した目で見るだけでは
その魅力は簡単に実感できません。
じっさいに空間の中を歩いてみると、
その動きにつれて変化していく
シークエンス(連続する景色)が
すごく豊かな建築なんです。
ですから、シザの建築は
写真に収めづらい形態をしています。

とある日曜日。
シザが地元のポルトに設計した
セラルヴィッシュ美術館を観に行きました。
これぞまさにシザ建築の真骨頂。
ひと目見ただけでは分からないものの、
美術館の中を散策するように歩き回っていると、
刻々と建ち現れる
美しくも主張しすぎない控えめな空間に
心が浄化されるようでした。
そぎ落とされた中にある豊かな美学を堪能していたら、
ふとシザ本人に逢いたくなりました。
そんな思いに駆られたのは、
学生時代の一人旅の途中、
スイスでピーター・ズントーに逢いに行ったとき
(事務所まで行くも本人には逢えなかった)以来のこと。
圧倒的な空間に出くわすと、僕は
「こんな空間を作り出してしまう建築家は
 一体どんな人なんだろう」と
居ても立ってもいられなくなってしまう性分なのです。
シザの建築はそれほど衝撃的でした。

▲ポルトにあるセラルヴィッシュ美術館のエントランス
▲セラルヴィッシュ美術館のホール内観

すぐさま美術館の本屋にあった作品集で調べると、
シザ事務所の住所がそこからそう遠くないことが分かり、
歩いてアルヴァロ・シザ設計事務所に行ってみました。
ピンポーン!
「ベルリンの設計事務所で働いている
 日本人の建築家です。
 セラルヴィッシュ美術館に感動したので、
 シザ先生に逢いたいと思って訪ねてきました」
と英語でインターホン越しに話します。
するとなんと、日本語で答えが返ってきました。
「日本の方ですか? 
 僕はここで働く日本人スタッフの瀬下です。
 突然来られてもシザ先生に逢うことはできません」と
至極まっとうな返事がかえってきました。
彼が日本人であることに驚くよりも、
シザに逢いたいという想いの方が強くて、
僕は食い下がりました。
「でもせっかくポルトまで来たので、
 せめてもの思い出としてシザ先生に逢って、
 僕の旅のスケッチを見ていただきたいのですが、
 いかがでしょうか?」
「旅のスケッチですか? 
 では僕が今からそちらに行きますから、
 とりあえず僕が見せてもらっていいですか?」
と、瀬下さんは玄関先までやってきました。
挨拶もほどほどに黒いスケッチブックを見せると、
「凄いですね。これならシザもきっと喜ぶでしょう。
 ちょっとこのスケッチブックを見せて
 事情を説明してきますので、
 しばらくお待ちください」。
そう言って瀬下さんは事務所に戻りました。
数分して再びやってくると、
「シザが『あなたを自分の部屋に連れてきなさい』と
 言っています」!

▲若きシザが地元で設計した海岸沿いのプール
▲シザの代表作である聖マルコ教会の美しき天井(内観)

こうして僕は、70歳を超えてなお精力的に
素晴らしい建築を生み続ける憧れの巨匠
アルヴァロ・シザと対面することができました。
日曜日ということもあって、
15人ほどいるはずのスタッフが二人(日本人とドイツ人)
しか事務所におらず、
ゆったり仕事をしていたので
時間をつくってもらえたのです。
とてもフレンドリーな方で、
温かい人間味のある印象をもちました。
机を挟んで目の前に座ったシザは、
僕のスケッチブックを一枚一枚丁寧にめくりながら、
相手をしてくれました。
僕は、学生時代にシザの描いた旅のスケッチを
雑誌で見て以来
スケッチをすることが好きになったことや、
これまでに体験してきた建築について、
スケッチブックを見ながら話しました。

▲スケッチブックを覗き込む巨匠アルヴァロ・シザ

最後に、将来は日本に帰って独立したいと伝えると、
「あなたはこれだけ沢山の建築を
 実際に見て体験してきたんだ、
 きっと素晴らしい建築をつくるに違いないから、
 一生懸命頑張りなさい」
という言葉をかけてくれました。
この言葉は甘いポルト・ワインのごとく
ずっしりと今でも僕の胸にしっかりと刻まれています。
僕もシザのように長生きし、
沢山の魅力的な建築をつくる
アーキテクト(建築家)になりたいと
心に思った忘れがたいポルトガルの旅となりました。


次回につづきます。

2011-10-14-FRI
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