大好きな映画監督のひとりに
フィンランドのアキ・カウリスマキがいます。
彼の映画が好きな理由は沢山ありますが、
ひとつ挙げるとしたら、
同じ役者さんとずっと仕事を続けている
ということがあります。
役者さんの演技力の幅を作品ごとに楽しめるうえに、
物語に欠かせない名脇役たちが全体の表情を豊かにし、
どっしりと安心して観ていられる、
そんな映画になっているということかもしれません。
いささか強引かもしれませんが、
凱風館という建築も主役である建築本体の柱や壁、
あるいは空間に差し込む光などのほかにも
実に多くの要素から成り立っており、
今回はそんな脇役たちについてお話ししたいと思います。

まずは家具。どんな部屋にも家具は必要です。
なにもない部屋で人は生活することができませんから、
家具は部屋での行動を規定する重要な要素になります。
凱風館でひときわ力を注いだのが、
書斎の本棚と客間サロンのベンチです。
書斎は、内田さんが原稿の執筆をする大事な仕事場です。
先人たちの仕事を参照するためにも、
たくさんの書籍を収める必要があります。
そこで本の収容能力もさることながら、
知的好奇心を触発するような本棚のあり方を
模索しました。

僕はひとの家に行くと、必ず書棚に見入る癖があります。
というのも、書棚はその持ち主について
多くのことを語ってくれるからです。
書棚にずらっと並ぶ本たちが実際に読まれたかどうかは、
じつはそれほど重要ではなくて、書棚に並ぶ本は
「自分はこうした本を読むような人間でありたい」という
その人の意思表示だと思うからです。
こむずかしい哲学書から
小説、詩集、写真集、カタログ、雑誌、マンガまで、
あたかもその人の脳の中を覗いているようで
面白いのです。

内田先生の書斎は、
高さ3メートル以上の棚が部屋を
360度ぐるりと囲うように設計しました。
梯子を使って本の出し入れをする上部には
巻数の多い全集などを納めるように計画し、
(酸化鉄顔料である)黒と白のベンガラを混ぜて
塗装したグレーの棚にしました。
下部は雑誌やアルバム、大きな本などが入るように
奥行きを深く確保して、
落ち着きのあるダークブラウンに塗りました。
本棚の上に蛍光灯を仕込み、
間接照明の柔らかい光で書斎を包みました。

▲凱風館の本棚に納まった内田さんの
 約1万2千冊の本たち

書斎から続く客間サロンには、ベンチがあります。
天井の棟木に使っている美山町の杉の丸太と同じものを、
ベンチの背もたれ上部に用いることで
室内の統一感を図りました。
人が肌で触れるものなので、
杉材のカンナ掛けは角が取れるまで
充分にやすってもらい、
丸太の年輪が綺麗に見えるように
試行錯誤を重ねました。
ベンチの足下は引き出し式の収納にして
機能性を高めつつ、
客人たちがゆっくりと腰掛けられるように設計しました。

▲ベンチの初期アイデア・スケッチ

▲客間サロンのためにデザインされた杉のベンチ

道場で使う机も新たに計画したものです。
内田さんは道場を利用して寺子屋を開催する予定です。
畳の上で机と座布団を使って
生徒さんたちと一緒に勉強します。
使わない時はコンパクトに収納できるように、
小さく折り畳める机の設計を依頼され、
軽さや安定感を何度も検討し、
試作を3度重ねて完成しました。
寺子屋机は30卓をつくり、
生徒さんたちには、授業料として
マイ寺子屋机を購入してもらうシステムになっています。

▲寺子屋机の検討を重ねた初期スケッチ

▲加子母村の工場で寺子屋机の試作品を確認する筆者

家具にもまして心地よい生活に必要な設備が空調です。
凱風館ではPS(ピーエス)社のHR-Cという
放射冷暖房システムを採用しました。
何枚も連ねた板状のフィンの中に水を循環させ、
その水の温度を暖めたり、冷やしたりすることで、
室内の空気をいつでも一定に保つことができる
画期的なシステムです。
この効果は、いわゆる空調機のそれとは
肌合いがまったく違います。
空調機から冷たい空気や温かい空気が
吹き出すのとは異なり、
PSは室内環境を放射熱によって上げ下げするので、
ホコリを巻き上げることもありませんし、
たいへん心地よいのです。
夏場は室温よりも冷たい水を循環させるため、
フィンが汗をかき、湿度まで下げてくれる優れものです。
凱風館の書斎と客間サロンの間に
4メートルを超える大きなHR-Cが設置されています。
この大きな部屋の空調を
これ一台でまかなえるように設計しましたが、
夏場にたくさんの人が宴会をする時などのために
補助用の家庭用空調機がスタンバイしています。

▲プライベートのキッチン・ダイニングに設置された
 PS社のHR-C(ホワイト)

まだまだあります。
凱風館では「オルガヘキサ」の導入も試みました。
この聞き慣れない名前は、
再生繊維のフェルトを炭素化することで
防虫、防湿、防臭などの効果をもたせた
新しい素材のことです。
昔から日本の木造住宅の最大の敵は
湿気と言われています。
基礎に潜む湿気が土台を腐らせたり、
結露から来る湿気がシロアリ被害に繋がったりします。
その対策には、炭を床下に敷く
埋炭という昔からの知恵もありますが、
オルガヘキサは独自の技術で
炭よりも細かい気泡を持つ布状に
植物性繊維を炭化させたものです。
備長炭の4倍の吸収力を実現したオルガヘキサは、
水分や悪臭を吸収してしまうのはもちろんのこと、
電磁波など人の身体に良くないものもしっかり吸収し、
しかも血液循環も良くしてくれるというから驚きです。
この新素材を、友人の厚意で提供してもらい、
75畳の道場の床下に敷き詰めました。
凱風館の基礎の上にすきまなく敷かれた
オルガヘキサの黒い絨毯が、
湿気や虫、電磁波などから
建物を守ってくれているのです。

▲道場の床下にびっしり敷かれた画期的な新素材、
 オルガヘキサ

最後にエネファームをご紹介します。
21世紀の建築は、環境への配慮が
とても重要な要素となっています。
地球の自然環境にできるだけ負荷をかけない
建築を目指すべく、さまざまな研究が進んでいます。
エネファームというのは、
家庭用燃料電池コージェネレーション・システム
のことです。
名前は長いですが、簡単に説明すると、
まず都市ガスなどから燃料の水素を取りだし、
空気中の酸素と反応させて発電します。
その発電の際に生まれる熱で
給湯もまかなうという合理的な技術で、
配電のロスも少ないスマートなシステムです。
凱風館の2階、プライベートなお風呂や
台所、和室の床暖房をエネファームのお湯でまかない、
その際につくられる電気で
毎月の電気使用量を減らすことに成功しています。
まだ発展途上の技術ですが、
こうした環境に対する最大限の配慮は
今後の建築設計にはますます欠かせません。

▲北側の機械室に設置されたエネファームの機械

複雑に構成された建築にとって、
家具や設備機器、素材などが担う役割は
とても大きなものです。
主役の演技を引き立てるのは、
こうした名脇役たちの支えがあってこそなのです。
建物は、設計したら「はい終わり」ではなくて、
全体のバランスを意識して
丁寧にすべてのパーツをつくっていくことを
凱風館では心掛けました。
それがカウリスマキ監督の映画のように、
多様で面白い物語を伝えると信じて。

次回につづきます。

2012-01-13-FRI
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