――

はじめての「ムショ暮らし」は、
どんな毎日でしたか。

ええ、イスラム教信者の人たちが
いっしょの部屋だったので、
１日に５回くらい
「アザーン」がかかるんですよね。

礼拝の合図。

そう。早朝の５時に
イスラム教の礼拝の声がはじまって、
それが終わったら、
今度、午前６時くらいから
仏教徒のみなさんの
「南無阿弥陀仏‥‥」がはじまって。

――

おお。各宗教が、かわりばんこに。

ぼくらの部屋には、
受刑者のトップに君臨する人がいて。

ヒゲモジャ顔で、ものすごい威厳で、
案外40歳くらいだと思うんですが、
彼がひとこと発するや、全員、黙る。

――

カリスマですね。

ヒゲモジャ顔が「点呼！」と言えば、
「エカ、デカ、トゥナ、ハタラ‥‥」
つまり、
「１、２、３、４‥‥」とはじまる。

すごい統率力。

受刑者のなかに、
スミッスという名の元警察官がいて、
押収した麻薬を売って、
捕まっちゃったって人なんですけど。

スミッス。スミスじゃなくて？

「俺は、スミッスだ」って言うから、
「スミス？」って聞き返したら、
「いや、スミスじゃない。スミッス」

――

ちいさい「ッ」が入るんだ。

入った当初スミッスに言われたのが
「ここには、いいヤツもいるけど、
悪いヤツも多いから気をつけろ」
ということでした。

――

いい人もいれば、悪い人もいる。
刑務所の中も外の社会と同じですね。

「たとえば、
日本に行けるビザがほしいために、
親切なふりをして
お前に近づいてくるやつがいても、
そいつは絶対に悪いやつだ」
と教えてくれました。

それは、そうだ。

そのスミッスも、ぼくのところに
日本大使館の人が
面会に来ていることを知った途端、
「俺にもビザをくれ」と。

わかりやすい人だなあ（笑）。

中でも、いちばん良くしてくれたのは
サンパックンってやつで、
警察に爆弾を投げ込んだ重罪犯でした。

うわ。

――

刑務所では、いい人だったんですか？

いちばん良くしてくれたんですよね。
なぜだかわからないけど。

警察署に爆弾を投げ込むような人が。

そいつ、片足がないんです。

「なんで片足ないの？」と訊いたら、
「バン、バン、バン！　
ポリスヒットミー！　バーン！」
とか言って、笑ってました。

――

はああ。

彼は、いろいろ教えてくれましたね。
刑務所での、お湯の沸かしかたとか。

お湯って‥‥そんなに特殊なの？

トイレの便器の上のほうから
電熱線が２本、出てているんですが、
そこにポットを押し当てて、
電熱線の熱で、水を温めるんですよ。

――

それは、わからないや。

東インド会社の時代から
変わってないんじゃないのってほど、
塀の中って時が止まってる。

触ったら感電するから気をつけろと、
懇切ていねいに教えてくれて。

――

でもサンパックンさん、重罪だから。

まだ、おつとめだと思います。

――

そんな親切な仲間に囲まれていても、
パンダさんは、
あちらでは親類縁者もいないわけで、
やっぱりそうとう
心ぼそかったんじゃないでしょうか。

日本大使館のＨさんが、
ほぼ毎日、面会に来てくれたんです。

日本で大騒ぎにならないように、
ニュースに出ないよう、
報道的な面で配慮してくれたりして。

日本人がスリランカで捕まってる、
みたいなニュース、
そういえば、聞かなかったもんね。

ふつうの面会は面会室なんですけど、
Ｈさんは偉い人なので、
２階の刑務所長室で面会できました。

他の受刑者は
面会のときは地下１階へ降りるのに、
ぼくのときは
「ジャパニーズ、お前は２階だ」
と言われて上がると、
Ｈさんが、日本料理店から
カツ丼買ってきてくれてたりして。

やさしい！

――

泣けてきますね。

泣きながら食べました。
毎日カレーです‥‥とか言いながら。

――

毎日。

毎日カレーなんですよ。３食カレー。

朝カレー、昼カレー、夜カレー。
朝カレー、昼カレー、夜カレー。
朝カレー、昼カレー、夜カレー‥‥。

――

その繰り返し。

永遠にね。

それはキツい。

キツいです。

――

どんなにカレー好きな人でもね‥‥。

Ｈさんには本当にお世話になって、
当時『サウンド＆レコーディング』
という雑誌で連載を持っていたので、
編集部にも、
Ｈさんから連絡してもらったりして。

――

パンダさん、
スリランカで捕まっちゃってますと。

恩人じゃない。

そう、恩人です。恩人なんですけど、
投獄の発端になった葉書を
送る前に見せたとき、
「あはは、いいんじゃないですか」
と言ってくれたのも、
そのＨさんだったんですけど‥‥。

――

な、なるほど。

面会に来てくれたＨさんに
「俺‥‥
どれくらいになるんでしょうか？」
と聞いたら
「最悪、懲役２年です」と。

――

２年！　さぞ愕然としたでしょう。

それが‥‥まったく現実味がなくて、
「海外で逮捕されても、
カツ丼を出してもらえるんだなあ」
と思いながら聞いてました。

――

Ｈさんも
「犯罪者にはカツ丼かな」と‥‥。

思ったのかもしれないですね。

でも、Ｈさんのおかげで、
刑務所長が「最良の環境を用意する」
と約束してくれたんです。

最良の環境！

Ｈさんに何がしんどいか聞かれて、
「とにかく38人部屋がしんどい」
ということを強く訴えてたんです。

――

ゴザもなく、じかに、
硬く冷たいコンクリートの床に、
寝てるんですもんね。

そしたら、Ｈさんが
「ぼくが、よく伝えておきましたんで、
もう大丈夫ですよ。
刑務所長についてってください」
と言うので、ついていったら‥‥。

――

最良の環境にお引越し！

また同じ38人部屋に到着しました。

なんで（笑）。

そこが「最良」だったんです。

スイートだったのか‥‥。

つまり、他の部屋の収容人数って、
130人とか
200人くらいいたんですよ。

――

ああー‥‥。

マジでヤバそうなやつとかもいて。

――

じゃあ、38人部屋の人たちって、
模範囚みたいな‥‥？

そう。あとはお金を積んだ人。

さっきのスミッスも同じ部屋？

うん。
警察のこといろいろ知ってるから。

――

弱味を握ってたんですかね。

サンパックンは？

彼も同じ。とにかく、
それまで俺の暮らしていた場所が
「最良の環境」だったんです。

青い鳥だ。

――

幸せがあまりに身近すぎると、
人はそれに気づかないという、あの。

幸せ‥‥。

＜つづきます＞

2019-05-30-THU