PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙56 胸が痛いとき6
     わたしたちは何をすべきか


こんにちは。

昨日はちょっと用事があって
ニューヨークに行きました。

久しぶりに会う友達と
ご飯を食べながらいろんな話をして
とても楽しい時間を過ごしたのですが、
ちょうど良い機会だったので
今日書こうと思っていることの内容を相談してみました。

わたしたちは
房総半島の海辺の町の病院で一緒に働いた後
それぞれアメリカに来て
内科のトレーニングを受けています。

遊び仲間であると同時に
いろんなことを相談できる大事な友達です。

で、メキシコ料理を食べながら3人で考えてみた、
『胸が痛くなったとき、わたしたちはどうすべきか』
ということについて、今回はご紹介していこうと思います。

1 生まれて初めて胸が痛くなったとき

「胸が痛いとき2」でご紹介したように
胸の痛みにはいろいろな可能性が考えられるのですが、
「胸が痛い」というのは、もう十分な救急疾患です。

生まれて初めての胸痛を感じたら、
何はともあれすぐに医療機関を受診してください。

このときに大切なのは、なるべく一人で行かないこと。

以前「運の悪いひと4」で触れたように
救急病院に向かう人が、一人で、ましてや
自分で車を運転していくことは絶対に危険です。


胸が痛いときに、
救急車を呼ぶことをためらう必要はぜんぜんありません。
でも、どうしても呼びたくないときは
タクシーでもいいですから、
ともかく誰かに連れて行ってもらってください。

医者が知りたいのは、
いつ、何をしているときにどんな痛みが起こったのか。
また、それに伴う症状はないか、ということです。

胸が痛くて苦しいときに、そんな説明をしろ、なんて
ひどすぎる、と思われるかもしれませんが
痛みの原因を知るためには、
これはとても大切なことなんです。
自分で言うのが辛くても
もし一緒に来てくれている人がいれば
その人に説明してもらって、
横から補足するだけで済むこともあります。

その点からも、もし誰か
(家族でも同僚でも、ほんとに誰でもいいです)が
一緒に来てくれる、というのは大切なことです。


2 2回目以降の胸痛が起こったとき

これまで胸が痛くなったことがあって
その原因の診断がついている場合は、
今度の痛みがいつもの痛みと同じかどうか
ということが大切になります。

たとえば、気胸という
突然肺が破れてしまう病気がありますが
これはいきなり息が苦しくなって胸が痛む、
というのが典型的な症状です。

この時のことを覚えておけば、
2回目以降に同じ症状が出たとき
「まただ」と思って、病院へ駆けつけることができます。

また、初めて胸が痛かったときに
主治医から、次に同じ症状が出たときにどうすれば良いか
ということを聞いておくことも、
きっと役に立つと思います。


3 狭心症や心筋梗塞を起こしたことのある場合

「胸が痛いとき」のシリーズは
このことを言いたくて始めたのですが
ここにたどり着くまでちょっと時間がかかりすぎました。

どんな痛みが、典型的な狭心症や心筋梗塞の症状か、
ということについては前回の
「胸が痛いとき5」をご覧になってください。

もし、これまでに
狭心症や心筋梗塞の診断がついている場合、
おそらく既にいくつかの薬が処方されていると思います。

で、手持ちの薬をどのように飲んで
自分の命を守るか、ということについて。

(1)座る。
体が必要とする酸素の量を
できるだけ減らすためもありますが、
これから飲む薬(ニトログリセリン)は
体中の血管を一気に広げるので、
ひどい立ちくらみが起こります。

いきなり床に倒れこんで
怪我をするような危険から身を守るため、
ともかく座ってください。

(2)人を呼ぶ。
しつこくて、すみません。
でも、とても、とても大切なことです。
誰かに自分の異常をわかってもらって、
病院への搬送や、状況の説明の手助けをしてもらうために。

(3)ニトログリセリン舌下錠を1個舌の下に入れる。
狭心症や心筋梗塞の診断がついたことのある人には
多くの場合、毎日飲む薬とは別に
「胸が痛いとき、舌の下に入れてください」といって
小さなニトログリセリンの錠剤か、
スプレーが渡されていると思います。

この薬は、お財布などいつも持ち歩くものの中に
入れておいて、いつでもすぐ取り出せるように
しておいてください。

これを1錠、舌の下に入れて、5分間様子を見ます。

(4)5分後、もし痛みが変わらなければ、
  もう1錠(2錠目)入れる。


(5)更に5分待っても痛みが変わらないときは、
  もう1錠(3錠目)を飲む。


(6)更にあと5分様子をみる。

このときまでに、痛みがなくなっていれば
おそらくその痛みは狭心症だろうと考えることができます。
痛みがなくなった場合も、すぐに主治医に連絡をして
どうすべきか、相談してください。

(7)3錠目のニトログリセリンも効かないとき。
これは、本当に緊急事態です。
すぐに、救急車を呼んで病院へ行ってください。


すぐに受診してほしいのには、理由があります。

『胸が痛いとき3』でご紹介したように
心筋梗塞は心臓の血管が詰まって
その先に血液が送られなくなるために、
その部分の心臓の筋肉が死んでいく過程で
痛みが起こっています。

その詰まった部分をすぐに取り除くことで
再び血液が流れるようになり
心臓の筋肉を救うことができるのです。

血栓溶解療法、と呼ばれるこの治療法は
発症後6時間以内でないと
効き目がない、といわれています。

つまり、夜8時の夕食の後胸が痛くなって
「調子が悪いけど、朝まで様子をみよう」と、
翌朝の9時ごろまで我慢してしまうと
もう、緊急の治療を行なうことが
できなくなってしまうのです。

すぐに受診してもらえたら救えたかもしれない
心臓の筋肉をみすみす死なせてしまう、という
後悔してもしきれない、残念な結果になりかねません。

「胸が痛いとき」は、本当に人生の一大事です。

・ まず座って、ニトログリセリン舌下錠を
 3回飲んでみる。
・ もし、効かなければすぐに受診する。
・ 一人で行かない。
・ 絶対に自分で運転しない。
  救急車を呼ぶのをためらわない。
・ もし、あればバファリン
 (アスピリンで160mgから325mg量)を飲む。

バファリンにはアスピリンが含まれています。
血を固まりにくくする働きがあります。
これは、血管の中に血栓が詰まって起こる心筋梗塞の
予後を改善すると考えられています。

なんだか書いてるうちに、
調子が強くなってきてしまいましたが
ともかく、人生の一大事「胸が痛いとき」に
わたしたちは何をすべきか、ということについて
今回は書いてみました。

では、今日はこの辺で。
みなさまどうぞお元気で。

本田美和子

2000-07-23-SUN

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