PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙71 ミスを防ぐために・その後
「役に立つ実践編と役に立たないかもしれない実践編」



こんにちは。

失敗について書くというのは、
どうしても気が重くなるもので、
「最後のあたりは、本当に終わらせたいって気持ちが
 にじみ出ていたねえ」と友達に笑われた、
「ミスを防ぐために」のシリーズもようやく終わり、
秋の始めからずっとお伝えしたかった
チャリティ・サイクリング大会を、
ついにご紹介することができて
とてもうれしく思っていました。

このところ、読んだ方からいただくメールが
とても増えています。

特に、「ミスを防ぐために」に関しては
患者・患者の家族・医師・看護婦・薬剤師から
医療政策史の専門家まで、いろいろな角度から見た、
それぞれのお考えを聞かせていただいて、
とても参考になりました。

それぞれの立場で実践できる、
ミスを防ぐための方策についてとても印象的なメールが、
その中に2通ありました。

1通は、患者として。
もう1通は、医療機関の対応について
詳しく知る機会のあった方からでした。

この2通のメールを
みなさまにも是非お知らせしたい、と思い
以下にご紹介することにします。

終わったつもりだった「ミスを防ぐために」のその後。
「役に立つ実践編と
 役に立たないかもしれない実践編」です。


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【患者編】

こんばんは。
初めておたよりします。

先日、卵巣嚢腫の手術を受け
今日退院してきました。

産科もある婦人科の医者。
小さい病院ですが、
良い手術をしてくれるとの紹介で選びました。

本田さんのページを読んでいたので、
やはり手術の種類と名前はきちんと言ったほうが
いいなぁと思いました。
とにかく自己紹介しまくってしまいました。

術前の点滴をしてくれる人、取り替えてくれる人、
血圧を計ってくれる人、
抗生物質の注射を打ってくれる人……。
すべての人に
「左卵巣嚢腫の手術をします、***です。」
何度言ったか……(笑)。

でも、帝王切開の人や普通分娩、他の手術の人など、
いろいろいるわけですから、
「あなた、わかりやすいわね。」と
助産婦さんのおばあさんに誉められてしまいました。

私は開腹術をしたのですが、
先入観で帝王切開だと思ってしまっていると、
ついついお産の後用の薬……
という頭になっちゃうみたいで。
ミスを未然に防ぐ為には、
やはり自己紹介は欠かせないですね。

大きな病院ほどいろいろな人が関わる分、
やはり事故が起こりやすいということもあるので、
自己紹介は、大事だなぁと実感しました。

本田さん、ありがとうございました。
思わず実際にやってみてしまいましたが、
とてもよかったので、他の人にも勧めています。
それでは、これからも楽しみにしております。
どうもありがとうございました。

のぞみ


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【病院編】
    
私は日本で医学部を卒業した医師で、
約2年間オーストラリアの病院に勤務しています。
日本での仕事と比べて、何が違うのかと
よく人に聞かれます。
臨床医療のレベルは日本とそれほど違うとは思いません。
でも、貴女が今感じておられるように、
危機管理のシステムについてはずっと進んでいます。

投薬ミスについての話がありましたが、
こちらの某小児病院では、薬剤師の訪問が1日1回あり、
薬の量が(体重当り)適切かどうか、
配合禁忌の薬が処方されていないか、
腎障害を起こし得る抗生剤を投与されている場合
血中濃度が測定されているか……
というチェック機構があり、
私達にもとても心強かったです。

現在勤務している病院でも、
ミスorニアミスは無記名で報告書に書き、
2週間に一度皆で検討します。
どうしたら同じようなミスを
他の人が避けられるかを話し合います。
幸いにここでは当事者が詰問されることはありません。

実は、私が日本でかつて研修医時代に働いていた病院で、
心臓手術の術後の心停止がICUで見逃され、
蘇生には成功したものの
患児に重篤な脳障害が残るという事件がありました。

先日一時帰国した折、そのかつての職場を
訪れる機会があったのですが、
そういう事件を経てまでも、システムの見直しが
全くなされていないということに大きく失望しました。

そこは規模の大きな公立病院で、
勤務する医師は公務員です。
長く務めていると、客観的に物事が見られなくなるうえ、
何も変化を望まず安定した身分に
しがみついておくことが大切になってくるのでしょうか。

とはいえ、現場の医師が皆そうだとは思いたくありません。
きっと、危機管理の必用性を感じる者がいて
意見を出しても、何事も従来の慣習重視で
新しいことに対応しない体質に
飲み込まれてしまうのが実情なのではないかと思います。

近い身内にも日本で公立病院に勤める医師がいますが、
最近あった厚生省からの通達によって
病院がしたことといえば、
事故があったときのための報告書を作っただけだそうです。

これでは何も対策になっていない!

彼は自分の科の患者に
リストバンドを導入しようとしたところ、
「先例がない」
「委員会にかけないと……」
「組合の承認を得ないと……」等
あまりにも抵抗が大きいのに呆れ、
結局上層部の決定を待たずに
自分の科にだけ先に導入したと言っていました。

話は変わりますが、
私も日本では毎晩遅くまで無制限な
時間外労働が当たり前になっていました。
朝から勤務したあと、当直でろくに寝る間もなく
一晩中働いても、翌日は朝から全く同じ仕事が待っている、
これは日本ではまだいたる所の病院で
当たり前になっていることです。

長く働くということが美徳とされる
悪しき伝統がまだあることは事実です。
でも、医師も人間である以上、
質のいい仕事をするためには
自分の心身の安定が第一だと思います。
日本で、勤務医の仕事のスケジュールに
もう少し余裕があれば、
ミスの起こり方も違ってくるのではとも思います。

それでも、
「忙しいということは言い訳にならない」と
日本医師会の会長がコメントしているうちは
事態は改善しないのでしょうね。
もっとも、この人達には徹夜明けで
更に仕事をこなすのがどれほどしんどいか
わかってないからこそ言えるのでしょうが。

更に考えると、こういった態度は
「本来の業務をまっとうするより
 自分達の身分を守ることのほうが大切」という
考えに基づいている点で、
某自動車会社のリコール隠しや
選挙前だけ慇懃になる政治家に
共通するものがあるように思います。

コアラのつぶやき

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どちらも、とてもいいメールでしょう?

読んでくださっている方々の大多数は
おそらく患者として医療に関わることが多いと思います。
ミスを防ぐための第一歩、自己紹介
どうぞ試してみてください。

そして、少なからずいらっしゃる、
ということがわかってきた
医療供給の側の方々へ。
大切なのは、報告書の書式ではなくて
当事者が集まって話し合うことなんだ、と思います。
わたしたちの職場を、より安全な場所とするために。

では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2000-11-26-SUN

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