気仙沼のほぼ日便り

2011年5月初旬。

震災から2ヶ月くらいたったときに
僕たちは
はじめて東北を訪れました。

セキュリテ被災地応援ファンドの設立に
大きく関わっていた
宮城県庁の山田康人さんにご案内いただき、
3つの食品会社を
取材させていただいたのですが、
最初に訪問したのが
気仙沼の斉吉商店さんでした。

なにしろ、はじめての「東北の取材」で
緊張していた僕たちを、
和枝さんのお母さまが握ってくださった
あったかいおにぎりが、
すうっと
ほぐしてくれたこと、よく覚えています。

(そのときうかがったお話は
 『東北の仕事論。』の第1弾として
 コンテンツになりました)

その後も、志の輔さんのさんま寄席
美味しいお弁当を
プロデュースしてくださったりとか、
斉吉商店さんには
本当にお世話になっているんですけど、
このたび、専務の和枝さんが、
本を出版されました。

タイトルは『おかみのさんま』

さっそく読ませていただきましたが
本当に、よかったんです。
なんか、元気が出てくる本なんです。

斉吉商店さんの「廻船問屋」部門を
立ち上げた祖母・みさほさんのこと。

震災前、水産加工品に進出したときの
失敗談、成功譚、すごいアクシデント。

大好きだった、潮見町の工場のこと。

そして、震災の日のこと。

震災後、奇跡的に見つかった
「金のさんま」の「かえしだれ」の話は
「東北の仕事論。」にも出ていますけど
あらためて、すごいです。

そして、なにより「最高」なのが
純夫社長と和枝さんが
ご結婚されたときの、くだりです。
この部分は、とくに必読だと思います。

‥‥とまぁ、本当におすすめなので
ぜひ、お手にとってみていただきたいです。

和枝さんからも
こんなコメントをいただきました。

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震災後、
たくさんの方にご心配をお掛けしました。

また、
たくさんの方に大変にお世話になりました。

みなさんへ
「おかげさまで、元気です」ということを
報告させていただく機会をいただき、
本ができました。

震災後お世話になったと思い
書きはじめたのですが 
ずっと前から、はじめから、
周囲のみなさんに
お世話になってばかりいることが
よくわかりました。

自分たちだけでできたことなど、
何ひとつ、ありませんでした。

ただただ、いただいたご縁のおかげで
今日、元気でいられるということです。

「箱根山 駕籠に乗る人 担ぐ人 
 そのまた草鞋を作る人」
と教えてくださったかたがいます。

みんなが、それぞれの持ち場で
力を合わせなければ
箱根の峠は、越せません。

そういう意味なのだそうですが
「まったく、そうだ!」と
全身で納得するような気持ちです。

恩返しなどとはほど遠いのですが
こつこつと自分の持ち場でできる仕事をして
僅かでも
明るい空気を発信できればと思います。

心より感謝申し上げます。

斉吉商店 斉藤和枝

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ちなみに、左の写真は
3月25日の「気仙沼さんま寄席」のときに
本を先行販売したときのもの。

ふつうに「お客さま」としていらしていた
新潮社の『できることをしよう。』
担当編集者、
松本太郎さん&四角英未さんコンビ、
そして
日経BPの高島三幸さんが
進んで売り場に立ってくださいました。

(出版社の枠をこえた、
 超強力な助っ人チームでした!)

そうそう、『できることをしよう。』には
斉吉さんの
「東北の仕事論。」も載っていますので
『おかみのさんま』ともども
どうぞ、よろしくお願いいたします。