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このあいだ、鍼の治療に行ったときに、
先生にうかがったことがあるんです。
スポーツマンがこの頃
どんどん怪我するでしょう?
あれは筋トレのやりすぎが原因だと言うんです。
体を外の鎧で守っちゃうから、
インナーマッスルが
鍛えられなくなるんですって。
だから、ねじったりなんかすると
すぐに故障が起きるらしいんです。
「それがだいたいの、怪我の原因なんですよね」
って、その鍼の先生は言っていました。
勝ち負けのゲームをしてる人たちに
ステロイド打ってでも勝ちたい、という気持ちが
あるのはわかります。
そういう本能みたいなものって、
いわゆる競走馬と同じですよね。 |
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骨折ってでも走りたい、それはわかる。
でもそれは、人間じゃないんですよ。
鍼の先生は、こう続けました。
「でも、引退のない世界がある。武道だ」
考えてみると、合気道の先生は
年寄りほど強い。
あれは「勝ち負け」で決まる
スポーツじゃないからです。
おそらくこれからの社会のイメージも、
競争ではない場所で活かしあうほうに
行くのではないでしょうか。
僕は、
「年寄りだけが尊敬できる」というのが
唯一の価値になればいいと思う。 |
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核家族と同じで、
社会もまた、
年配の方々と若者が
分かれつつあるでしょう? |
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会社でも、今までは
60歳70歳の方が相談役や会長など、
ちゃんと表舞台にいたんですよ。
その人たちは、10年や20年に1回起こるような
会社の大事件を
知識的に経験的に処理できた。
でも、今、そういう人たちが
リストラでいなくなったでしょう?
だから大変なんです。
家に帰って、親父とかお袋は
勉強せえ、ああだこうだ叱るけど、
おじいちゃん、おばあちゃんは、
「あんたあんた、ええとこあるんやから。
これ食べ」
とか、ものをくれたりするわけです。
子どもながらに、それが効くんです。
やっぱり若者って
誉められたり、ちょっと何かされると
よみがえるんですよ。 |
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僕の祖父母は
「今日もあんた新聞取ってきてくれた。
おばあちゃん取りに行こう思うたら、
あんた先に取りに行ってくれたおかげで、
おばあちゃん今日は楽やわあ」
しょうもないことを誉めてくれたんですよ(笑)。
その愛しいおじいちゃん、おばあちゃんが
亡くなったら、どうなります?
慈しみや愛や死を
子どもなりに見つめるわけです。
見つめることによって命の尊さがわかるわけ。
それが、今は別々に暮らすでしょう?
別々にいたら、
死を見つめるチャンスもなければ、
愛を感じることもないわけ。
家は核家族、
会社はリストラで老人がいなくなる、
社会全体としても、老人ホームを建てたりする。
学生は学生で、土地が高いから
地方のキャンパスに通う。 |
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隔離ですね。
混ざることやうねりがなくなっていく。 |
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年配の方々のいろんな知識が
伝授されることもなくなるだろうし、
小学生が味わうべき感性も
乏しいものになっていくでしょう。 |
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(明日につづきます!) |
2006-09-14-THU |
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