第6回 勝ち取らないけど、やめない。

ぼくは1997年に
インターネットの騒ぎを見て驚いて、
1998年に「ほぼ日」をはじめました。
仕事になるかどうかは見えないけども、
「こっちしかないな」という感じは
たしかにありましたね。
ええ。FAXや電話と同じようなインフラに
将来必ずなるだろうなと思いました。
当時、まだ携帯はありませんでしたし。
「ピーガラガラガラ」と、
ダイヤルアップ回線でつなぐ時代が
長かったですよね。
あそこの辛抱はけっこう大変でした。
ページを重くしないように工夫したり、
よそのページを見るのに自分も苛立ったり。
あの摩擦感を、
「いや、もっとよくなるはずだ」
と思うには、勇気が要りましたよ。
今以上に電話代がかかったので、
自分にもお客さまにも
辛抱が要りました。
インターネットがスイスイつながるような
そんな時代が本当に来るのか、
不安はすごくありました。

ただ、ぼくはアメリカが好きで、
年に1度は西海岸に旅行していました。
アメリカの環境を見て
「きっと大丈夫」と思うことができたんです。
だけど、徳島でひとりでやってたら
孤独で、不安でね。
親父も柱の影から見ていました。
「お前! インターネットとかやらないで、
 お客さまのところに1軒でも
 砂糖かついで行ったらどうや!」
そういう視線がビンビン背中に
刺さっていました。
(笑)そうでしょうね。
そのころは
昼間は斎徳の社長をやって、
夜中から明け方まで
ホームページをつくりました。
その「夜中の作業」は、
ちょっと趣味が入ってますよね。
たのしかったでしょう、きっと?
ええ。たのしくなければ
つづかないです。
「これは仕事としてありうる」と
いうことだけじゃ、やれないことですね。
誰かに雇われて「やれ」と言われたら
できなかったでしょう。
ええ。これを仕事だと思ったこともないし、
これまでずーっと、たのしかったです。
アサヒビールの人はビールをいっぱい飲む、
というのと同じことですね、きっと。
ここまでのお話を聞いてて思うんですが、
斎藤さんは「言ってもだめだ」というところで
絶対に闘争しないですね。
「突破しよう」じゃなくて
「別の方法を考えよう」としている。
うーん、そうかもしれない。
斎藤さんは親父さんに
「パソコンはだめだ」と言われたとき、
説得するんじゃなくて
妻に頼んで36回ローンにしました。
そのパターンですよ。
「勝ち取る」とか、そういうふうにはしない。

勝ち取らないけどやめてない、絶対に。
壁を触りながら迷路を探るネズミのように
やめないで、いろんな道を進んでいく。
なるほど、なるほど。
いやぁ、糸井さん、
そうです、ぼくは、そうですね。
それは、今の時代には特に難しいことに
なってしまっているんじゃないでしょうか。
「もっと見えるものをやりたい」
「勝つんだったらやります」
そういう気持ちが、
今は強くなってしまっているから。
ええ、ええ。
今ふうにするとしたら、きっと
「親父がパソコンを買ってくれないけど、
 俺のほうが正しいから、
 親父を説得しきったんです」
とか、そういう話になると思います。
たまには、ぶつかることや
乗り越えることも必要でしょう。
だけど、誰かに被害が及ぶようなことは
やっぱりよしたほうがいいと思う。
「自分」はひとりしかいないので、
闘争をやってる間に
ほかのことができなくなっちゃいますから。
ええ、それはそうです。
そんなことにかまっていたらできなかった。
それよりも、ローンのパソコンで
月商3000円からスタートして、
今、クオカがあるんです。
3000円からスタートして
収入としてあてにできるまで
いろいろあったと思います。
どこがいちばんの転換期でしたか。
一般向けに
お菓子の材料を販売しようとしたところでした。
つまり、そこでわかったことというのは、
いい材料でお菓子をつくればおいしくできる、
ということだったんです。
ああ、そこなんですよね。
斎徳でも、
プロ用の材料は少なからず扱っていました。
それを使うと、うちの家内も
お菓子がおいしくできると言うんです。
これは、今日の対談のポイントの部分ですよ。
ポイントの部分ですか。
だって、大発見でしょ、そりゃやっぱり。
太字にしといてください。
いい材料でお菓子をつくれば
おいしくできる。
そうですね、お菓子づくりが趣味の人でも
「小麦粉なんて何でもいっしょ」
という方がまだたくさんいますから。
「材料じゃなくて、私の腕が上手だ」って
思ってます。
ええ、でも、そうじゃない部分が多いんです。
プロのシェフのレシピ本にも、
薄力粉何グラム、
製菓用チョコレート何グラム、
と書いてあるけど、
どこのどんな粉を使うかは書いてない。
だから、どんなにレシピどおりにつくっても
「あのお店のシェフの味にならない」
ということが起きたりするんですよ。
そうなんですよねぇ。
「クオカには、なんでこんなに
 小麦粉がいっぱいあるの? どこが違うの?」
と、よく言われます。
いい材料でつくればおいしくできるということは、
裏返して言うと、
いい材料でつくらないと
おいしいお菓子はできないんだということです。
ぼくはそこをやりたいと、まず思いました。
それは、もともと
お客さまから教えていただいたことなんです。

斎徳の問屋の事務所に
「小麦粉を売ってください」
「チョコレートを売ってください」
と、一般のお客さまが
買いに来てくださったんです。
最初は、
「小麦粉は25キロ入りなんですけど、
 こんなの買ってどうするんですか?」
と訊ねてました。
「みんなで分けるんです」
「これで焼いたらおいしくパン焼けるんで」
とか言ってらして。
なるほどねぇ。
(つづきます)

2009-03-19-THU


(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN