第7回 メチャクチャ回り道。

お菓子づくりって、すごくたのしいものです。
ぼくの会社のスタッフなんて、
みんなでワイワイ言いながら
材料を混ぜてつくっています。
アメリカに行くと、
たのしいキッチンウェアのお店がたくさんあって
行くだけでワクワクドキドキするのに、
日本の業務用のお店は
あんまりたのしいところがありませんでした。
うん。買えることは買えるけど‥‥。
プロ相手のお店は
「いらっしゃいませ」も
言ってくれないようなところもありますから、
ちょっと特殊な材料を買おうとすると
そういうところに行くしかありませんでした。
つくるのはたのしいのに、買うのはたのしくない。
ぼくは、お菓子材料をたのしく買える店が
世の中にあるべきだと思って、
斎徳の高松営業所で
お店をはじめることにしました。
高松で?
徳島のお隣、香川県です。
そこの営業所は私が管轄していたので、
棚をひとつ置いて、
25キロ入りの業務用小麦粉を
夜中に家内と2人で
1キロずつに小分けして売っていました。
またホームページと同じ、
「夜」の作業からなんですね。
そうです。粉が売れはじめたら
今度は夜中に業務用の
チョコレートのブロックを
ガンッと、ふたりで割りつづけました。
店のシールを
インクジェットプリンターで出して貼り、
ぼくが高松に車で運んで並べました。
チラシをコピーでつくって
近所のマンションに投げ入れて、
「今日はお客さまが3人来ました」
そんな状態からはじめました。
それも1998年ぐらいです。
だけど、東京でなくて高松で、でしょう?
徳島香川あたりはおそらく、
パンを焼いてる人は
日本の中では少ない場所なんじゃないでしょうか。
それを逆算したら、
東京にはそういう人が
わんさかいるという計算ができますよね。

岡本太郎さんの、
「どちらかに行くか悩んだら
 難しいほうに行け」
という有名な言葉がありますが、
それはどうも本当だなぁと思うんです。
いちばん優しいところでやったんじゃ、
摩擦熱が出ないんですよ。
高松でやれれば
どこに行ってもやれるんじゃないかな、
という感じはしましたし、
高松でやれなくても
東京ならできるんじゃないかな、
とも思ってました。
夜中の作業は、その後も
長い期間つづいたんですか?
昼間は斎徳の社長をやり、
ホームページを明け方までつくって
お客様からの注文に返信するのは
3年間やりました。
その間、1滴もお酒を飲まなかったし、
1日も休みませんでした。
出張に行ってどこかで宴会するときでも、
宴会を抜け出して、
宴会場の事務所に入り込んで、
「ちょっとモデム、FAXにつながせてください」
とか言って。
あぁ、そういうことありましたよねぇ。
絶対無理だ、ってときにも
「公衆電話がここにあります」
ドライバーセット持ってて、
旅館の電話をばらして
クリップで線を留めてつなぎました。
ぼくも海辺の民宿で、やりましたよ。
パカッとカバーを外して、
だけど、その現場を見られたら
なんとなくまずいんで、
背中で隠して。
ええ(笑)、見られたらまずいんで。
民宿の人に「大丈夫?」って訊かれて
「ええ、大丈夫です」なんて言って。
なかなかもとに戻らなくなっちゃって、
「えーい」ってメチャクチャになって
無理矢理もとどおりに
つなぎなおしたこともありました。
しかも「ピーガラガラ」の時代ですから、
その場で電話代がかかっちゃうんです。
「お支払いはどうしたら」と訊いても
民宿の人にはわかんないから
「いいよ」って言われちゃう。
「じゃ、これだけですいません」って、
3000円置いて。
そんなこと、いっつも
やってました。
今になって思えば、
あれだけ一生懸命やる必要は
なかったのかもしれない。
もっと上手に、いなしてれば
よかったかもしれないんだけど、
ちょっと余計なことまでやったことが
今の栄養になってるような気が、
ぼくはするんです。
絶対にそうだと思います。
ぼくはもう、いろんな意味で
メチャクチャ回り道してます。
ぶつかって、こっちに逃げて、って
やってますけど、
本当によかったなと思います。
それで、後戻りした気持ちに
なったことはないでしょう。
ありません。
インターネットを選んだ時点でも
そうでしたよね。
初期の頃、ぼくはずいぶん
「もう遅い」という言い方をされました。
今考えてみれば、遅いどころじゃなくて
早くてうまくいかないだけだったと思います。
あぁ、わかります。
ネットにくわしい人にそう言われると、
実はめげましたね。
「ネットで小麦粉なんか売れるか」
というようなことを、さんざん
実の親からも言われたりしました(笑)。
「小麦粉がネットなんかで売れたら苦労せんわい」
汗をかかないことはよくない。
そうなんです。
嘘じゃないんですよ、それは。
汗かかないことはよくないんです。
だけど、そうじゃない汗をかいてるんですよね。
そう、そう。
(つづきます)

2009-03-23-MON


(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN