糸井 | さっきおっしゃってましたよね、 その、 「弟子からお金をとる」という制度について。 |
志の輔 | いわゆる上納金制度ですね。 「茶道とか華道は師匠に金を払って習ってるんだろ。 だったら、お前たちも上納金おさめないとおかしい」 という。 |
糸井 | そう、それです(笑)。 それがたぶん、談志さんが言いたかったことの ひとつの正体のような気がするんですよ。 |
志の輔 | 正体、ですか。 |
糸井 | つまり、アイデアでしょう、金額って。 |
志の輔 | ああー、そうですね、アイデアです。 |
糸井 | 表現ですよね。 |
志の輔 | そうですね。 まあとにかく、師匠談志は お金に対しては、「ユニーク」でしたね。 われながら、いい表現だなぁ(笑)。 |
糸井 | ユニーク。いい表現です(笑)。 |
志の輔 | たとえば、たとえばですよ。 もしも独演会の会場に、観客が半分しかいなかったら、 普通はどう考えるかはともかく、 師匠談志はきっと 「ギャラを倍もらわないと合わない」 と考える人なんですよ。 |
糸井 | ‥‥おおー。 |
志の輔 | もしこれを主催者が聞いたら 目が点になって‥‥ |
糸井 | あっけにとられる(笑)。 |
志の輔 | ですよねえ(笑)。 「お客が半分だから半額でいいよ」 って言う人はいても、 「ギャラを倍出さないと俺はやらない」って考えは、 「そんなバカな!」ってことですよね。 でもこれが「談志哲学」じゃないかと‥‥。 「この程度の支度しかしないで、 俺を呼んで、普通のギャラで済むか!」 という。 談志スピリッツならきっとそういうだろうと。 それを「思ってても言わない」というのが 日本人の普通の神経なんでしょうけど そこをあえて言わないと気が済まないところが‥‥ |
糸井 | 談志さんなんですよね。 それを言わないと バランスが壊れてしまうんでしょう。 ‥‥でも、ふつうは言えないですよ? そんなチャレンジャーは、なかなかいないと思います。 |
志の輔 | いやぁ、世間ではなかなか チャレンジとは思ってもらえない チャレンジですけど(笑)。 |
糸井 | でも、そういう挑戦をしたからこそ、 足の裏が強くなるというか、 石ころ道を歩けるようになるんですよ。 その意味では、 ぼくらはやっぱり逃げてきたんだと思います。 「みんながよろこんでますよ」 みたいなところでまとめてますよね。 |
志の輔 | 常にいい人でありたいのであります(笑)。 |
糸井 | いや(笑)、ふつうはそうですから。 よろこばれることで十分ですよね。 |
志の輔 | うーーん‥‥。 でね、 もしも「ギャラを倍にしてくれ」の話が 主催者とまとまらないときの師匠談志の考え方が、 これまたすごい。 |
糸井 | お、どうなるんでしょう。 |
志の輔 | 「わかった。じゃあ、俺、 二席やる予定だったけど、一席しかやらない」 と答える。 楽屋中が爆笑、主催者が引きつる(笑)。 |
糸井 | ははぁ(笑)。 |
志の輔 | あのー‥‥ 「たとえば」で始めた話なので、 架空のことだと思ってたかもしれませんが、 いまの話はぜんぶ、ぼくが入門したての頃に カバンをもってついて行った楽屋で、 目の当たりにした光景なんですよ(笑)。 |
糸井 | え。 実話だったんですか‥‥(笑)。 はああーー、それがもう「作品」ですね。 |
志の輔 | そうなんです。 すでに楽屋で落語を聴いてるようでしたよ。 師匠のカバンをかかえながら、 笑いをこらえるのに必死でしたから。 「お客さんが半分ですか。 わかりました、予定通りにやりましょう」 って言って、きちんと落語を終わらせて、 「あんな状況なのに師匠はちゃんと二席、 気も悪くせずやってくれたよ」 とか言われるほうが、結果的にはラクなはずですよ。 |
糸井 | でも、つまらない。 |
志の輔 | そう。 ラクだけど何も起こらない。 |
糸井 | それは「談志作品」じゃない。 |
志の輔 | そうなんですよねぇ‥‥。 入門したての頃は、 なんでわざわざ逆のことを言うんだろう、とか なんでこんな細かいことに目くじら立てるんだろう、 と思ってましたが、だんだんわかってくるんですね。 談志独特の「こだわり」が、 状況が面白いほうに、面白いほうにと、 ころがっていくんだと。 |
糸井 | 「ギャラを倍出せ」 「出せないなら二席を一席にする」 こういう逸話がいくつも語られて、 談志さんが作られていた印象はありますね。 |
志の輔 | 「俺がしゃべることや俺がやることを、 こいつが必ず人に伝えるようにしてやろう」 と常に思ってたんじゃないかと思いますよ。 たとえば、 「俺がもし地面に落ちたせんべいを洗わずに食ったら、 こいつはきっと、 談志さんって落ちたせんべい食べちゃうんだよ、 と言いふらすにちがいない」 と思ったならば、 もう、わざとでも、 せんべいを落として食べる師匠でしたよ(笑)。 |
糸井 | そうするでしょうね、談志さんなら。 |
志の輔 | ‥‥いや、やってませんよ。 たとえですよ、たとえば。 なんで、こんなに念を押さなきゃいけないんだ(笑)。 |
糸井 | つまり(笑)、 談志さんにとっては、 森羅万象、一切がメディアだってことですよね。 |
志の輔 | そうです、そうです。 自分を取り巻くすべてを、 メディアにしてたんですねぇ。 (つづきます) |